その3の1「夢魔と痛烈な一撃」
スミレコは、ほんの少し俯いた。
イツキ
「怖いか?」
スミレコ
「っ……別に……」
本音で言えば、怖いに決まっている。
ダンジョン科の生徒でも、夢魔との戦闘経験が有る者は少ない。
そのうえ、迷獣より遥かに強いなどと言われたら、不安にもなる。
だが、ダン無しと呼ばれるイツキに、弱みを見せたくは無い。
スミレコは、虚勢を張らざるをえなかった。
イツキ
「そうか」
イツキ
「俺は怖い」
タクミ
「怖いのかよ!?」
タクミは思わすツッコミを入れた。
学校で、イツキはずっと無表情だ。
そんな彼が、直球で感情を口にすると、違和感が凄まじかった。
イツキ
「夢魔は人よりも大きくて、獰猛だ」
イツキ
「怖くないわけ無いだろ」
当然……といった感じで、イツキが言った。
タクミ
「怖いのに、わざわざ夢魔退治に志願したのか?」
イツキ
「怖いからやらない……なんて言ってたら、何も出来なくなる」
イツキ
「俺は、怖がりだからな」
タクミ
「堂々と言うことかよ」
イツキ
「隠しても仕方がない。いや……違うな」
イツキ
「俺は、お前たちに、あまり興味が無い」
イツキ
「クラスが同じだけの、他人だ」
イツキ
「だから言えるんだろうな」
イツキは冷たい目でそう言った。
タクミ
「あっそ」
イツキ
「それより、急いだ方が良いかもな」
イツキの目が、ほんの少し、鋭くなった。
タクミ
「あ?」
イツキ
「近くに、夢魔の気配が感じられない」
スミレコ
(気配って何!? マンガ!?)
イツキ
「俺たちの想定より早く、夢魔は『ダンジョンコア』に近付いてるかもしれない」
スミレコ
(想定なんてしてないけど……?)
タクミ
「走るか?」
タクミがそう提案した。
夢魔がコアにたどり着くより先に、追いつく必要が有る。
コアを破壊された後で、夢魔を倒せても、何の意味も無い。
イツキ
「先生、走れますか?」
アンコ
「馬鹿にすんな。走れるに決まってるだろ」
イツキ
「最短ルートをお願いします。俺たちじゃ、道が分からない」
アンコ
「分かったよ。行くぞ」
アンコは全力で駆け出した。
平時の全力であれば、イツキの脚力では、追いつけなかっただろう。
だが、弱ったアンコの早さは、生徒たちにとって、丁度良い早さだった。
イツキとタクミで、アンコの左右を守るようにして、駆けた。
その後を、スミレコが続いた。
走っていると、前方に、十字路の交差点が見えた。
イツキ
「左、気をつけろ」
イツキは、走りながらそう言った。
スミレコ
「えっ?」
直後、交差点から、迷獣が飛び出して来た。
迷獣は、コウモリの姿をしていた。
イツキはすかさず木刀を振った。
1撃で、迷獣は撃退された。
コウモリを倒したイツキは、すぐに走りを再開した。
スミレコ
「居たじゃん。迷獣」
走りながら、スミレコは口を開いた。
マインドボディは、酸素を必要としない。
生身の時よりも、運動中の会話が、容易だった。
イツキ
「夢魔は、最短に近いルートで、ダンジョンコアを目指すらしい」
イツキ
「夢魔が出会わなかった迷獣は、普通にうろついてるだろうさ」
スミレコ
「最短? 夢魔には迷宮の道が、分かるっていうの?」
イツキ
「連中は、ダンジョンコアの匂いを、嗅ぎ分ける」
イツキ
「そういう説も有るな」
スミレコ
「それマジ?」
イツキ
「かもな」
スミレコ
「ヤバいじゃん」
イツキ
「だから走ってる」
イツキ
「気配が大分遠い。急がないとな」
スミレコ
「……うん!」
タクミ
「…………」
タクミ
(今、完全に、敵が来るのが分かってたみたいだ)
タクミ
(気配の察知は、ダンジョンレベルが高くないと、出来ないって聞いたが……)
タクミ
(ハッタリじゃないのか……?)
タクミ
「お前……」
タクミはイツキに声をかけた。
タクミ
「普通に戦えるんだな?」
イツキ
「悪いか?」
タクミ
「…………」
タクミ
「スキルがハズレじゃ、どうせプロにはなれねえよ」
イツキ
「勝手に人をハズレにするなっての」
4人は走り続けた。
徐々に強くなっていく迷獣を、なんとかやり過ごした。
迷獣から隠れる時、イツキの気配を読む力が、役に立った。
そして、一気に50階層まで駆け下りた。
普段の授業では、決してたどり着けない深さだった。
一同は、ダンジョンの最奥まで、たどり着いた。
ダンジョンコアの有る、コアルームだ。
コアとは、ダンジョンの力の源だ。
大部屋の中央に、それは有った。
コアは、赤く輝く宝石のような姿をしていた。
形状は、縦に長い。
大人の身長ほどの大きさが有って、地面から少しだけ浮かんでいた。
そして、ゆっくりと、右向きに回転していた。
そんなコアより手前に、夢魔の姿が有った。
タクミ
「間に合ったか……!」
イツキ
「ギリギリみたいだがな」
スミレコ
「お……大きい……」
夢魔
「クシュウウゥゥウ」
夢魔が、イツキたちへ振り向いた。
夢魔は、巨大な甲虫の姿をしていた。
体表の色は、病的な暗い紫だった。
地面から背中までの距離が、4メートルは有る。
体長は、その倍以上だ。
アンコ
(コアはなんとか無傷だが……)
アンコ
(大物だ)
アンコ
(不味いな。こりゃ)
イツキ
「かなりのサイズだな」
タクミ
「夢魔ってのは、でかいモンなんだろ?」
イツキ
「いや……」
イツキ
「それにしても大きい」
イツキ
「そもそも、普通の夢魔が、こんなに早く50階層までたどり着けるはずが無い」
スミレコ
「それってどういう……」
イツキ
「来るぞ!」
スミレコ
「えっ!?」
突然に夢魔が、口から体液を吐き出した。
高速で吐き出されたソレは、ドス黒い色をしていた。
スミレコ
「ッ!?」
速すぎる攻撃に、スミレコは動けなかった。
体液は、スミレコの右脚に直撃した。
スミレコの脚が、吹き飛んだ。
千切れた脚は、原型を残さず、地面へと撒き散らされた。
体重を支えられず、スミレコは倒れた。
太ももの傷口から、輝く血、『マインドブラッド』が流れた。
スミレコ
「ヒィッ!?」
スミレコ
「いやああああああぁぁぁぁっ!?」
抗いようの無い暴力に、スミレコは悲鳴を上げた。
ぶんぶんと尻尾を振りながら、涙を流した。
リンカーが輝き、スミレコの姿が消えた。
スミレコのマインドボディは、強制退避させられていた。
タクミ
「一撃でベイルアウトしたのか!?」
タクミは驚愕の声を上げた。
タクミ
(リンカーにはバリア機能も有るはずなのに……!)
そこらの迷獣の攻撃で、シフターが傷を負うことは無い。
リンカーが守ってくれるからだ。
だが、夢魔の攻撃は、バリアを貫通し、一撃でスミレコに重傷を負わせた。
普段戦っている迷獣とは、桁違いの攻撃だった。
アンコ
「お前たちも、早く退避しろ!」
アンコ
「こいつは……学生が相手を出来るような相手じゃない……!」
アンコ
(いや……ひょっとしたら、コマーシャルの1軍でも……)
アンコ
(ツイてないなぁ。くそっ!)
自分は今日死ぬ。
アンコは、そう思わざるをえなかった。
それほどまでに、眼前の夢魔は強い。
だが……。
イツキは平然と、前に出た。
アンコ
「おい! 聞いてるのか!?」
イツキ
「ここで俺たちが退けば、コアが無防備になります」
イツキ
「俺たちで、あの夢魔を倒します」
タクミ
(俺たちって俺も!?)
タクミは内心で、驚愕の声を上げた。
どう考えても、自分が相手を出来るような敵では無い。
アンコ
「リンカーが有っても、一撃で死んだら意味無いんだぞ!?」
アンコの忠告を聞き流し、イツキは木刀を構えた。
イツキ
「来ます!」
夢魔の尖った脚が、地面を踏み鳴らした。
そして夢魔は、イツキに突進をしかけた。
夢魔の巨体が、イツキに襲いかかった。
イツキ
「ぐうっ……!」
凄まじい突進だ。
イツキに回避できる速度では、無かった。
イツキは、体当たりの直撃を受けた。
イツキの体が、夢魔に跳ね上げられた。
アンコ
「アマノ!」
アンコは叫びつつ、夢魔から距離を取った。
イツキは地面に落下し、ゴロゴロと転がっていった。
タクミ1人が、夢魔の近くに取り残された。
夢魔は、距離の近いタクミの方へ、向き直った。
タクミ
「ひっ……!」
タクミの体が、怖気に震えた。