エピローグ「英雄と青い空」
高校の屋上。
イツキたちの精神が、現実世界に戻ってきていた。
イツキとユニコは、屋上の地面から、立ち上がった。
そしてユニコは、イツキの隣に立った。
イツキ
「そろそろ教室行くか」
ユニコ
「そうですね。サボりは良く有りません」
ノハラ
「見つけた……!」
少女の声が聞こえた。
イツキは、屋上の入り口を見た。
そこに、ノハラの姿が有った。
彼女はいつものように、無表情だった。
だが、足元のセカンドシャドウが、不安定に動いていた。
動揺しているらしかった。
イツキ
「俺に用か?」
ノハラ
「……そう」
イツキ
「よく分かったな。ここに居るって」
ノハラ
「イツキの気配なら、探せば分かる」
イツキ
「そ」
イツキ
(レベル高いらしいからな。こいつ)
イツキ
「……それで?」
イツキに問われ、ノハラはユニコを見た。
ノハラ
「コマーシャルの人たちが、ダンジョンで、その子を見たって言ってた」
ユニコ
「どうも。ユニコです」
ノハラ
「あっ、どうも」
イツキ
「……それで?」
ノハラはイツキに視線を戻した。
ノハラ
「イツキたちが、夢魔を倒したの……?」
イツキ
「そうだ」
ノハラ
「…………!」
イツキ
「って言ったら、信じるのか?」
ノハラ
「…………」
ノハラ
「それは……」
ノハラ
「イツキに夢魔を、倒せるわけが無い」
そう言って、ノハラはユニコに視線を向けた。
ノハラ
「そっちの子が、1人で……?」
ユニコ
「私は何もしていませんが……」
ユニコ
「そう思い込みたいというのであれば、好きにすれば良いでしょう」
ユニコは笑みを浮かべた。
その表情からは、優越感のようなものが、感じられた。
ユニコ
「ふふっ。行きましょう。アマノさん」
微笑みながら、ユニコはイツキに声をかけた。
イツキ
「そうだな」
2人は歩き出した。
そして、ノハラとすれ違った。
ノハラ
「待って……!」
ノハラは思わず、イツキに手を伸ばした。
ノハラの指が、背中の包みを掴んだ。
指に、硬い何かが触れた。
ノハラ
「あっ……」
イツキ
「…………」
ノハラ
「これ……竹刀じゃ無い」
イツキ
「ああ」
ノハラ
「貸して」
イツキ
「ああ」
イツキは背中から、コカゲを下ろした。
ノハラは包みを受け取り、解いた。
その中には、アシハラ刀、サムライソードが有った。
ノハラ
(この鞘は……)
ノハラは、刀を抜こうとした。
挙動に淀みは無い。
ノハラのマインドアームも、刀型だ。
扱いには慣れていた。
だが……。
コカゲ
「…………」
ノハラ
「抜けない……?」
刀の本体は、鞘からぴくりとも動かなかった。
イツキ
「貸してみ」
イツキはコカゲを手に取った。
すると、いとも簡単に、コカゲは本身を晒した。
コカゲの本体を見て、ノハラは息を呑んだ。
ノハラ
「オリハルコン……!」
オリハルコンの刀など、ノハラは見たことが無かった。
イツキ
「そうだけど……。もう良いか?」
ノハラ
「…………」
ノハラは答えられなかった。
イツキはコカゲを、鞘に納めた。
そして、包みにしまった。
ノハラ
「知らない……」
ノハラ
「イツキがそんな物持ってるなんて、知らなかった」
イツキ
「そりゃ、5年も経ってるからな」
イツキ
「5年もあれば、人は変わる。そうだろ?」
イツキ
「知らないことも、増えるだろうさ」
イツキ
「お互いにな」
ノハラ
「……………………」
ノハラ
「変わらない……」
ノハラ
「5年くらいで……変われないよ……」
イツキ
「そうか?」
ノハラ
「……そう」
イツキ
「…………」
イツキ
「なあ、ノハラ」
ノハラ
「何?」
イツキ
「またお前の、笑顔が見たいな」
ノハラ
「えっ?」
イツキ
「……もう行くわ。授業時間中だしな」
イツキはノハラに、背を向けた。
ユニコも、その後に続いた。
2人の姿が、屋上から消えた。
ノハラ
「イツキ……」
1人残されたノハラは、その両手を、ぎゅっと握りしめた。
……。
ユニコ
「アマノさん」
階段で、ユニコはイツキに声をかけた。
イツキ
「ん?」
ユニコ
「転げ落ちる前の場所には、戻れましたか?」
イツキ
「ん……」
イツキ
(そういえば、そんな話もしたな)
イツキ
「まあ……」
イツキ
「まだまだ、これからさ」
ユニコ
「そうですか」
イツキ
「けど、少し自信はついたかな」
ユニコ
「それは良いことです」
イツキ
「ありがとな」
イツキ
「お前が居なかったら、俺はノハラを助けられなかった」
ユニコ
「どういたしまして」
ユニコは立ち止まり、ぺこりと頭を下げた。
ユニコ
「ですが、私がここに居られるのも、アマノさんのおかげです」
ユニコ
「全てあなたの御力です。胸を張って下さい」
ユニコ
「ヒーロー」
イツキ
「……ありがと」
ユニコは窓を見た。
ユニコ
「もうすぐ夏休みですね」
イツキ
「ああ」
ユニコ
「どうやって過ごしましょうか?」
イツキ
「夢魔狩り」
ユニコ
「んも~」
イツキ
「牛?」
ユニコ
「牛違います」
ユニコ
「いつも頑張っているんですから、少しくらい、息抜きしたらどうですか?」
イツキ
「2学期になったら、セントラルDの、入場許可が下りる」
イツキ
「それまでに、腕を磨いておかないとな」
イツキ
(セントラルには、エリクサーが有る)
イツキ
(きっと)
ユニコ
「まったくもー。ストイックなんですから」
ユニコ
「1回くらい、海に行きましょう。海」
イツキ
「ナンデ?」
ユニコ
「夏だからです」
イツキ
「……ああ。そうか」
イツキは窓を見た。
そこからは、真っ青な天蓋が見えた。
イツキ
「夏だな」
……。
例年、トーキョーでの夢魔災害の件数は、10万を超える。
そして、被害者の多くは、命を落とす。
だが、5年前から少しずつ、夢魔災害の数は、減少傾向にあった。
それが、たった1人の少年のおかげだという事を、人々は知らない。
ひとまず、おしまいとさせていただきます。




