その32「心の傷と輝きの時」
イツキ
「……まあ、そんな所だ」
イツキは、昔話を断ち切った。
ユニコ
「…………」
イツキ
「それから俺は、道場で剣術を習ったりした」
イツキ
「それで、1人でも夢魔を倒せるようになって……」
イツキ
「後は、お前も知ってる通りだ」
ユニコ
「申し訳ありません」
ユニコ
「あなたに、辛い話をさせてしまいました」
イツキ
「5年も前の話だ」
ユニコ
「体はまだ、痛むのでしょう?」
イツキ
「ほんの少しな」
ユニコ
「…………」
ユニコ
「あっ、見て下さい」
ユニコの指が、右前方を指した。
イツキ
「あれは……!」
そこに、巨大な何かが、そびえ立っていた。
ユニコ
「あれが、セントラルDですよ」
よく見れば、それは大きなダンジョンなのだと分かった。
ただ、普通のダンジョンよりも、遥かに太く、大きい。
高さは倍以上。
その太さは、10倍程度では済まなかった。
色は、ドス黒い。
世界中のシフターを惹き寄せる、魔窟だった。
イツキ
「そうか。空を飛べれば、中央にも行けるんだな」
ユニコ
「セントラルへの不法侵入は、重罪ですよ」
イツキ
「……素直に2学期を待つか」
ユニコ
「そうして下さい」
ユニコ
「…………」
ユニコ
「アマノさんは、エリクサーが欲しいのですか?」
イツキ
「そうだ」
ユニコ
「…………」
そのとき、ルーが鳴いた。
ルー
「みゃあ」
ユニコ
「見つけたようです」
ルーは、ダンジョンの頂上に、着陸した。
それは、イツキの記憶通りの姿をしていた。
ノハラのダンジョンだ。
イツキは、ルーの背中から降りた。
そして、リンカーを外した。
イツキ
「ありがとな。それじゃ、ちょっと行ってくる」
ユニコ
「私も行きます」
イツキ
「好きにしろ」
イツキ
「ドジ踏んでも、助けないからな」
ユニコ
「はい」
イツキは、背中の包みを下ろした。
そして、解いた。
コカゲの柄を握り、抜刀した。
イツキ
「頼んだぞ。コカゲ」
コカゲ
「お任せ下さい。我が主」
イツキ
「え……?」
声が聞こえたような気がして、イツキは周囲を見た。
イツキ
「ユニコ、今なにか言ったか?」
ユニコ
「『はい』と言いましたけど」
イツキ
「いや。その後で」
ユニコ
「何も言っていませんが」
イツキ
「……? そうか」
ユニコ
「どうかしたのですか?」
イツキ
「何か、聞こえたような気がしただけだ」
ユニコ
「大丈夫なのですか?」
イツキ
「平気だ。急ごう」
ユニコ
「はい」
イツキ
「走るぞ」
ユニコ
「はい!」
イツキが走り出した。
ユニコがルーから降りようとしたそのとき……。
ルー
「みゃあ!」
ユニコ
「わっ!」
ルーが走り始めた。
ユニコの意思では無い。
ユニコはルーに跨ったまま、ダンジョンへと入っていった。
2人と1匹は、ダンジョンの攻略を始めた。
イツキは走りながら、遭遇する敵を、蹴散らしていった。
コカゲの力が有れば、迷獣など、イツキの敵では無かった。
ルーも軽々と、迷獣を倒していった。
ユニコはルーの背で、それを見ていた。
イツキ
「強いんだな。ルー」
ルー
「みゃあ」
ユニコ
「そちらこそ」
ユニコ
「ダンジョンでも、ちゃんと強いじゃないですか。アマノさん」
イツキ
「まあな」
ユニコ
「実習の時も、刀を使って戦えば、良いのではないですか?」
イツキ
「そりゃズルいだろ。皆マインドアームで戦ってるのに」
ユニコ
「マジメなのだか、不マジメなのだか」
イツキ
「不マジメ君だ」
イツキ
「そっちこそ、実習でルーを戦わせたら、良いんじゃないのか?」
ユニコ
「そういうワケにはいきませんよ」
ユニコ
「天獣に、ベイルアウトは有りませんからね」
イツキ
「……そうだな」
イツキたちは、迷宮を駆け下りていった。
やがて、アンコの背中が見えた。
アンコは夢魔と、交戦中だった。
相手の夢魔は、トカゲの下半身に、女の上半身を持っていた。
大型。
しかも魔人型だった。
アンコの薙刀が、魔人の長い爪と、ぶつかり合っていた。
武器の激突が、激しい火花を鳴らしていた。
アンコ
「チイッ……!」
教師でも、1対1で強い夢魔を倒すのは、難しい。
アンコに手傷は無い。
だが、攻めあぐねている様子だった。
イツキ
「先生」
イツキはアンコに声をかけた。
アンコ
「アマノか……!」
イツキの声を聞き、アンコは安堵した様子を見せた。
アンコ
「手伝ってくれるか?」
イツキ
「いえ」
イツキ
「代わります」
アンコ
「…………!」
アンコ
「やれるんだな?」
イツキ
「はい」
アンコは隙を見て、後ろに下がった。
入れ替わりで、イツキが前に出た。
夢魔
「ヒ」
イツキを見て、夢魔が短く笑った。
イツキ
(ノハラのやつ、女にモテるな)
内心で毒づきつつ、イツキは刀を構えた。
アンコ
「オリハルコン……?」
アンコはコカゲを見て、呟いた。
それを気にせずに、イツキは前進した。
夢魔
「ヒヒッ」
イツキ
「行くぞ……!」
イツキは駆けた。
夢魔がイツキに、長い手を伸ばした。
相手は大型だ。
その攻撃は、鋭い。
イツキ
「……ッ!」
イツキにとって、夢魔の手は、恐怖の象徴だった。
痛み、屈辱、敗北、挫折、蹂躙。
そして、別れ。
あらゆる負の奔流が、イツキの内面に沸き起こった。
イツキ
(こいつに負けたら……俺は……)
イツキの剣が、鈍りそうになった。
だが、そのとき……。
コカゲ
「…………」
ユニコ
「……!?」
イツキの刀が、輝いた。
次の瞬間、イツキには、敵が止まっているように見えた。
イツキ
(遅い……!)
イツキは輝きに包まれた。
ユニコ
「アマノさん!?」
ユニコはイツキを見失った。
夢魔
「ヒッ……?」
イツキ
「…………」
夢魔の上半身の、斜め後ろ。
イツキが納刀を終えていた。
夢魔の胴体に、1本の直線が見えた。
夢魔
「ヒ……」
ずるり。
夢魔の腹から上が、ずれた。
切断された体が、地面に滑り落ちた。
その数秒後……。
夢魔の断面から、マインドブラッドが撒き散らされた。
それはまるで、輝く雨のようだった。
ユニコにはイツキが、雨の中で、佇んでいるように見えた。
夢魔は光を放ち、やがて消滅していった。
イツキ
「ふぅ……」
イツキ
(弱い夢魔で良かった……)
イツキは安堵して、ユニコたちの方を向いた。
アンコ
「動きを全く追えなかった……」
アンコ
「これが……アマノの本当の力か……」
アンコは愕然として、イツキを見ていた。
イツキはゆっくりと、ユニコたちの方へ歩いてきた。
ユニコ
「今のは……」
イツキ
「どうした?」
ユニコ
「ひょっとして、自覚が無いのですか?」
イツキ
「んん?」
イツキには、ユニコが何を言っているのか、分からなかった。
アンコ
「疲れた……先に上がるわ……」
アンコが、げっそりとした顔で言った。
戦闘直後よりも、疲れているように見えた。
イツキ
「はい」
アンコ
「…………」
アンコは目を閉じて、離脱していった。
そのとき、足音が近付いてきた。
4人の男が、イツキたちの前に現れた。
4人とも、同じ制服を着ていた。
最後尾の男だけが、半透明だった。
シフターズA
「人……?」
シフターズB
「猫……?」
ナビゲーター
「オリハルコン……?」
男たちは、イツキたちを見て、間の抜けた声を上げた。
男たちの服装に、イツキは見覚えが有った。
イツキ
(この制服……。カゲトの所のシフターズか)
イツキ
(俺を助けてくれたのとは、別の人だな)
あの人はまだ、夢魔狩りをやっているのだろうか。
イツキはそう考えた。
だが、すぐに眼前に、意識を戻した。
イツキ
「さすがに早いですね」
イツキは男たちに、声をかけた。
隊長
「君たちは……?」
シフターズの隊長が、そう尋ねてきた。
イツキ
「通りすがりの者です」
イツキ
「夢魔は、俺たちが倒しました。悪いですけど、8割引きです」
戦闘前に、夢魔が無力化された場合、報酬を減額しなくてはならない。
イツキはそれを告げ、心層から離脱した。
ユニコ
「あっ。アマノさん」
ユニコ
「ルー。1人で帰れますか?」
ルー
「みゃあ」
ユニコ
「はい」
ユニコはシフターズを見た。
ユニコ
「この子、ルーをいじめないで下さいね。お願いします」
ルー
「みゃあ」
ユニコも、心層を離脱した。
後にはルーだけが、残された。
隊長
「何だったんだ……?」
シフターズA
「カゲトさんと、同じ制服みたいでしたね」
シフターズB
「そんなことより隊長。猫ですよ。猫」
ルー
「みゃあみゃあ」
隊長
「クラスメイトが、被害者を助けた……?」
隊長
「けど、リンカーも無しに、どうやって……」
ノハラに繋がるリンカーは、カゲトたちが、全て確保していた。
部外者がシフトすることは、出来ないはずだった。
銀ツノの少女がはめていたリンカーの色は、ノハラの物とは異なっていた。
シフターズB
「隊長。一緒に猫撫でませんか」
ナビゲーター
「猫カフェにでも行けよ」
シフターズB
「猫カフェに、こんなおっきな猫居ませんよ」
隊長
「帰還して、報告するぞ」
シフターズB
「えっ? 猫撫でないんですか? 本気で?」
隊長
「…………」
隊長
「3分だけな」
ルー
「みゃあ」
彼らは、ルーを撫でることが出来たのか。
それはまた、別のお話。
……。
現実世界の特別教室。
ノハラ
「ん……」
椅子の上で、ノハラが目を覚ました。
カゲト
「ノハラ?」
目を開いたノハラに、カゲトが声をかけた。
ノハラ
「あれ……? 寝てた……?」
本人には、眠るつもりは無かった。
だが、いつの間にか眠ってしまったらしい。
カゲト
「そうだな」
ノハラ
「あ……」
気だるさが、無くなっている。
ノハラはそのことに気付いた。
ノハラ
「夢魔が倒された。多分……」
カゲト
「シフターズがやってくれたか」
ナビゲーター
「…………」
シフターズのうち、ハーフシフトだった者が、2人の会話を聞いていた。
ノハラは、教室の時計を見た。
ノハラ
「もう来たの? ボランティアが?」
カゲト
「いや。俺がコマーシャルを呼んだ」
ノハラ
「頼んでない」
カゲト
「関係無いさ」
ノハラ
「…………」
そのとき、シフターズが椅子から立ち上がった。
隊長
「カゲトさん。ただいま帰還しました」
カゲト
「良くやってくれた」
隊長
「それが……その……」
カゲト
「どうした? 夢魔はちゃんと倒したんだろう?」
隊長
「夢魔は倒されました」
隊長
「ですが実は、夢魔を倒したのは、我々では無いのです」
カゲト
「どういうことだ?」
隊長
「先客が居ました」
カゲト
「先客? イトー先生のことか?」
カゲトはアンコの方を見た。
いつの間にか、アンコも現実に帰還していた。
アンコ
「私じゃないぞ」
カゲト
「…………?」
カゲト
「余分のリンカーは無いんだぞ?」
隊長
「ですが、事実ですから」
カゲト
「何者だ?」
隊長
「それが……」
隊長
「夢魔を倒したのは、この学校の生徒のようでした」
隊長
「1人は、ツノの有る少女。そして……」
隊長
「もう1人は、薄緑の髪の少年でした」
ノハラ
「っ……!」
ノハラは飛び起きた。
そして、教室を駆け出していった。
カゲト
「ノハラ……!?」




