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その30「凶器と盾」




 3人は、さらにダンジョンを進んだ。


 カゲトは強かった。


 浅層において、迷獣たちは、カゲトの敵にはならなかった。


 そのおかげで、3人は無傷のままだった。



イツキ

「夢魔は、何層に居るのかな?」



 イツキは歩きながら、カゲトに質問した。



カゲト

「さあな」


カゲト

「けど、レベリングをしてないなら、10層以上ってことは無いはずだ」



 5以上、10以下。


 ほとんどの人は、それくらいのDレベルで生まれてくる。


 たまに、例外が居る。


 生まれながらにして、ディープシフターだった少女も居た。


 彼女の存在は、イツキのダンジョン無しと同様に、大きなニュースになった。


 だが、そんな確率は、宝くじの1等に当たるよりも低い。



イツキ

「そうか……」


カゲト

「良いことじゃないぞ」


カゲト

「ダンジョンが浅いってことは、夢魔がコアに、たどり着きやすくなるってことだ」


カゲト

「うかうかしては、いられないぞ」


イツキ

「ああ……」



 3人は、先を急いだ。


 そして……。



夢魔

「…………」



 長い通路の先に、夢魔の姿を発見した。


 おぞましい姿が、イツキの瞳に映った。


 下半身は、大きなムカデ。


 その上に、女の上半身が生えていた。


 女の素顔は、長い黒髪で隠されていた。



カゲト

「魔人型……!」


ノハラ

「あれが……夢魔……」



 ノハラの体が、ぶるりと震えた。



夢魔

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」



 夢魔が、イツキたちに気付いた。


 ムカデ型の下半身が、わさわさと動いた。


 夢魔の顔が、イツキたちへと向けられた。



夢魔

「ふ、ふ」


イツキ

「気付かれたぞ」


イツキ

「カゲト。俺が……」



 俺が隙を作るから、カゲトが仕留めて欲しい。


 イツキはカゲトに、そう言おうとした。


 だが……。



カゲト

「アレは無理だ……」



 カゲトの目が、閉じられていた。


 次の瞬間、カゲトの体が輝いた。



イツキ

「えっ?」



 カゲトのマインドボディが、イツキの隣から消えた。



イツキ

(逃げ……)



 主戦力だったはずの、カゲトが逃げた。


 イツキはその事実に、呆然としかけた。



イツキ

(いや……)



 イツキは心を奮い立たせた。



イツキ

(最初から、一人で戦うつもりだった)


イツキ

(途中で逃げたからって、責めるのは筋違いだ)



 カゲトを責めても、何にもならない。


 ここまで来られたのは、カゲトのおかげだ。


 イツキはカゲトを恨まなかった。


 そして、1人で立ち向かうと決めた。



夢魔

「ふ、ふ、ふ」



 イツキは木刀を、ぎゅっと握った。


 そして、前に出た。


 駆けた。



イツキ

「おおおおおおおおおおぉぉぉっ!」



 イツキは木刀で、夢魔に殴りかかった。


 夢魔は逃げなかった。


 イツキの木刀が、夢魔の体を打った。



イツキ

「どうだ! どうだ! どうだ!」



 何度も何度も、夢魔を殴りつけた。


 だが、ダメージが入っている様子は無かった。



夢魔

「…………」



 夢魔は少しの間、じっとイツキを見ていた。


 だが、やがて夢魔の手が、イツキに伸びた。


 びゅんと。



イツキ

「ぎゃっ!」



 イツキは頬を、強く打たれた。


 そして、地面に転がった。



ノハラ

「イツキ……!」


イツキ

「大丈夫……!」



 イツキは、すぐに立ち上がった。


 リンカーを外していたおかげで、ベイルアウトせずに済んだ。


 不思議なことに、イツキの頬には、傷一つ無かった。


 イツキは再び、夢魔に向かっていった。



イツキ

「はああああっ!」



 イツキは木刀を、夢魔に叩きつけた。


 全力だった。


 だが、夢魔は意に介さない。



夢魔

「…………」




 夢魔の平手が、イツキの頬を打った。


 イツキの体が、宙を舞った。



イツキ

「あぐっ!」



 イツキは、迷宮の壁に、打ちつけられた。



ノハラ

「イツキ……! もう良い! 逃げて!」



 ノハラがすがるように言った。



イツキ

「まだまだ……!」



 イツキはまたしても、夢魔に向かっていった。


 だが……。



夢魔

「ふ」



 夢魔がイツキに、手を伸ばした。



イツキ

「えっ……?」



 今までのような、打撃ではなかった。


 夢魔の手が、イツキの胴体を掴んだ。


 イツキは宙吊りになった。



イツキ

「はなせ……!」



 イツキはもがいたが、びくともしなかった。


 手足だけが、じたばたと振り回された。


 夢魔のもう一本の手が、イツキの左腕に伸びた。


 イツキの腕が、掴まれた。


 夢魔は思い切り、イツキの腕を引っ張った。



イツキ

「イギッ……!?」



 マインドボディにも、骨格は存在する。


 イツキの肩が、脱臼させられた。


 激痛が走った。



夢魔

「ふ、ふ、ふ」



 暴力は、それだけでは終わらなかった。


 夢魔は、脱臼したイツキの腕を、強引にひねった。


 ぎりぎりと。


 ぎりぎりと。


 絞られた雑巾のように、イツキの腕が、痛めつけられた。



イツキ

「ぃぎゃああああああああああぁぁぁっ!」



 想像を絶する痛みに、イツキは絶叫した。



ノハラ

「放して! イツキを放して!」



 ノハラは夢魔に駆け寄り、叩いた。


 だが、少女の平手など、何の効果も無い。



イツキ

「いたいいたいたいゆるしておとうさんおかあさんごめんなさいごめんなさい」



 イツキは、恥も外聞も投げ捨て、何かに謝罪した。


 そして……。



イツキ

「のはら、たすけて」



 イツキはノハラに懇願した。



ノハラ

「っ……!」


ノハラ

「イツキイイイィィッ!!!」



 叫びと共に、ノハラの手が、セカンドシャドウに伸びた。


 影が、力を呼び出した。


 力は、刀の形をしていた。


 ノハラは刀を、手に取った。



ノハラ

(お願い……! イツキを助けて……!)



 ノハラは刀に祈った。


 ノハラには、それの使い方が分かった。


 マインドパワーを、刀の鞘に集めた。


 『シースチャージ』。


 それがノハラのスキルだった。


 鞘に溜まった力をバネに、必殺の一撃を繰り出す。


 格上にも届く。


 強力な力だ。


 たとえハーフシフトの状態であっても、夢魔を殺し得る、殺傷力が有った。


 ノハラは全霊で、力を溜めた。


 二の太刀は要らない。


 全てのマインドパワーを、ただの一刀へ。


 彼女が持ちうる限りの力が、鞘に集中した。


 ノハラは抜刀した。


 鋭い刃が、夢魔へと走った。


 そのとき。



夢魔

「ふっ」




 夢魔は、イツキを、盾にした。




イツキ

「ぶぎゃっ……」



 イツキは、豚のように鳴いた。


 ノハラの渾身の一刀が、イツキの横腹に刺さっていた。


 魔人型の夢魔には、知能が有る。


 殺気が、読まれていた。


 ノハラには、戦いの経験が無い。


 そんなことは、分からなかった。



ノハラ

「ぁ……………………」



 イツキの腹に、深さ5センチほどの、窪みが出来ていた。


 ノハラの刀が作ったものだった。


 からん。


 ノハラの手から、マインドアームが落ちた。


 それは、希望の刃などでは無かった。


 ただの凶器だった。



イツキ

「ご……ごぅぇ……ぐ……」



 イツキは、呻き声を上げた。


 人のモノとは思えないほど、無様な声だった。


 イツキの顔中の穴から、マインドブラッドが垂れた。


 目から、口から、鼻から、耳から。


 ぽたぽたと。


 ぽたぽたと。


 ノハラの眼前で、それは地面にこぼれていった。


 まるで、雨のように。


 それはノハラにとって、呪いの雨だった。



夢魔

「ふふふふふふふふふふふふふふふふ」



 夢魔は笑った。


 そして、ノハラが負わせた傷を、おもいきり押さえつけた。



イツキ

「あぎぎぎあぁがががぐごぁあげぐへえあっぁあるああがああぁあばああぁ」


ノハラ

「あ……あぁ……」



 ノハラは崩れ落ちた。


 何も出来なかった。


 それからおよそ、15分間……。


 イツキは夢魔に、強姦された。




 ……。




イツキ

「……………………………………………………………………………………」



 陵辱の限りを尽くされた。


 イツキは白目をむいて、意識を失っていた。



夢魔

「ふ、ふ?」



 反応を無くしたおもちゃに、飽きてしまったらしい。


 夢魔は、ダンジョンの侵攻を、再開した。


 だが、1度飽きたとはいえ、大事なおもちゃでは有るようだ。


 夢魔は気絶したイツキを、ずるずると引きずっていった。



ノハラ

「イツキ……イツキ……」



 ノハラは丸まって、すすり泣いていた。


 イツキが引きずられる音が、遠ざかっていった。




 ……。




 その数分後……。


 夢魔は、コアルームへとたどり着いた。


 ノハラのダンジョンコアが、夢魔の視界に入り込んだ。



夢魔

「ふ」



 夢魔は、イツキを引きずりながら、コアの前に立った。


 そして夢魔は、手に持ったイツキを、振り上げた。


 それは、とても楽しいことだ。


 そのように思えたのだった。



イツキ

「う……?」



 最悪のタイミングで、イツキは目を覚ました。


 イツキのマインドボディが、棍棒代わりに、コアへと振り下ろされた。



イツキ

「ひがっ!?」



 イツキの体が、ノハラのコアに叩きつけられた。


 ノハラのダンジョンコアに、ヒビが入った。


 イツキは、ノハラを壊すための、凶器となってしまった。



イツキ

「あ……あぁ……」



 イツキは半分、意識を失っていた。


 取り返しのつかないことをしてしまった。


 それだけは分かった。


 イツキの絶望した顔を、夢魔は覗き込んだ。



夢魔

「ふふふふふふふふふふふふふっ!」



 夢魔の体が、エクスタシーに震えた。


 夢魔は感極まった様子で、もう1度イツキを振り上げた。


 そして……。



シフターズ隊長

「そこまでだ」


夢魔

「…………!」



 夢魔の腕が、切り裂かれた。


 絶頂の余韻のせいで、夢魔は奇襲に気付けなかった。


 イツキの体は、夢魔から開放された。



イツキ

(あ……)



 落下するイツキを、大柄の男が抱きとめた。




シフターズ隊長

「しっかりしろ。もう大丈夫だぞ」



 男はイツキを励ました。



シフターズ隊長

「子供は保護した! かかれ!」


シフターズ

「「「了解!」」」



 現れたのは、最上位のコマーシャルシフターズだった。


 個として強く、チームワークにも優れていた。


 それからほんの数分で、夢魔は倒されていた。




 ……。




イツキ

「…………」



 見知らぬベッドの上で、イツキは目を覚ました。



イツキ

「ここは……?」



 イツキは、ベッドから起き上がった。



イツキ

(病室みたいだけど……)


ナツキ

「いっくん! 大丈夫!?」



 ベッド脇の椅子に、ナツキの姿が有った。


 その後ろには、ヤーコフも立っていた。



イツキ

「母さん……?」


ヤーコフ

「イツキ……。どうして無茶しやがった」


イツキ

「父さん……」


イツキ

「ごめん。俺はノハラを……」


イツキ

「っ! そうだ! ノハラは!?」



 イツキは、ベッドから飛び起きた。


 そして……。



イツキ

「ぐっ!? ああっ……!」



 イツキは、ベッドの脇でうずくまった。



ヤーコフ

「イツキ!?」


ナツキ

「いっくん!?」


イツキ

「あ……ああ……あ……」



 イツキの肩と脇腹に、激痛が走っていた。


 心層で、痛めつけられた場所だった。



イツキ

「うぐっ……おぇ……」


イツキ

「げええぇっ……」



 イツキの口から、胃液が溢れ出した。




 ……。




 ヤーコフとナツキは、診察室で、医師と向かい合った。



ヤーコフ

「イツキはどうなったんですか?」


医師

「肉体は、健康そのものです」


医師

「ですが、お子さんは、夢魔に、その、酷い暴行を受けました」


医師

「マインドボディに受けた傷が、現実の感覚にも、作用しているのだと思われます」


ヤーコフ

「リンカーは、作動しなかったんですか?」


医師

「救助された時、彼はリンカーを、着用していなかったようです」


ヤーコフ

「どうしてそんなことに……」


医師

「分かりません」


医師

「とにかく、外科的処置で、対応出来る症状では、無いようです」


ナツキ

「ちゃんと治るんでしょうか……?」


医師

「とりあえずは、日にち薬で様子を見るしか無いでしょう」


医師

「あるいは、エリクサーでも有れば、彼の症状も完治するかもしれませんが……」


ナツキ

「あなた。エリクサーって……」


ヤーコフ

「あらゆる怪我と病を治す、伝説のトレジャーだ」


ヤーコフ

「今、この世に現存しているかも怪しい」


ナツキ

「…………」




 ……。




 イツキの病室。


 イツキは無事な方の手で、脇腹を押さえていた。


 消えない痛みに、ただ耐えていた。



イツキ

「ぐ……っ」


イツキ

(痛い……体が……痛い……)


イツキ

(早くノハラの無事を……確かめないといけないのに……)



 そのとき、病室の扉が開いた。


 2人、病室に入ってきた。



ノハラ

「…………」


カゲト

「よっ」



 入ってきたのは、ノハラとカゲトだった。



イツキ

「ノハラ……!」



 ノハラを心配させたくは無い。


 イツキは、体のことを気付かれないように、意識して真顔になった。



イツキ

「それに……カゲトも」


イツキ

(カゲトは、何しに来たんだ?)


イツキ

(逃げたこと、気にしてるのか?)


イツキ

(別に、こっちは気にして無いんだけどな……)


イツキ

「無事だったんだな。良かった」


ノハラ

「…………」



 ノハラは無表情だった。



カゲト

「……無事?」



 カゲトは、苛立ったような様子を見せた。



カゲト

「ちっとも無事なんかじゃ無いさ」





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