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その27「勝者と敗者」




ジョイチ

「あー。俺抜けるわ。後は勝手にやってくれ」



 ジョイチは白けた様子で、教室に戻っていった。



カゲト

「…………」



 カゲトは僅かに目を細めたが、すぐに普段の表情に戻った。



カゲト

「カネの期限は、土曜日までだ」


カゲト

「持ってこられるな?」


ケンヤ

「……うん」


ノハラ

「…………」




 ……。




 週が空けた。


 入れ替え戦の日がやって来た。


 6限目の授業時間が、入れ替え戦の時間になった。


 関係の無い生徒には、1限早い帰宅が許されていた。


 選手と応援が、特別教室に集まった。


 教室の奥側で、1年の学年主任、トヤマ=アツシが口を開いた。



アツシ

「これより、1学年ダンジョン科の、クラス入れ替え戦を行います」


アツシ

「ルールは、1対1の直接対決」


アツシ

「試合場は、審判のダンジョンの屋上」


アツシ

「今回は、イトー先生に、審判を務めていただくことになります」


アンコ

「よろしくお願いします」



 アツシの隣に、アンコが立っていた。


 アンコは丁寧に、頭を下げた。


 これからの試合に、生徒の人生がかかっている。


 いつものような、ふざけた感じは、皆無だった。


 アンコが背筋を伸ばすと、アツシが言葉を続けた。



アツシ

「試合開始は、審判が『開始』と口にした、直後」


アツシ

「開始位置は、選手同士が10メートル離れた位置とします」


アツシ

「試合が始まるまでは、マインドアームの召喚は禁止です」


アツシ

「リンカー以外の、オリハルコン製品の持込みも、禁止とします」


アツシ

「先にリンカーが発動し、ベイルアウトした方の負けとなります」


アツシ

「また、試合中にリンカーを取り外すことは、禁止です」


アツシ

「応援の方々が、心層にシフトすることも、禁止となります」


アツシ

「また、試合中の選手の、肉体に触れるような行為も、禁止とします」


アツシ

「試合観戦は、教室に設置されたプロジェクターを、利用して下さい」


アツシ

「プロジェクターからは、審判であるイトー先生の、視界が投影されます」


アツシ

「何か質問は?」


タクミ

「…………」


ケンヤ

「…………」



 タクミもケンヤも、何も言わなかった。



ユニコ

「このルール、見事なまでの、アマノさん潰しですね」



 ユニコは小さな声で、イツキに囁いた。


 イツキたちは、応援のため、タクミの周囲に集まっていた。



イツキ

「……どうでも良いし」



 このルールだと、コカゲは使えず、イツキのスキルも意味を成さない。


 ちょっと派手なスキルを持っている連中には、イツキは勝ち目が無いだろう。


 だが、所詮は学校が用意した、お遊びのルールだ。


 勝ち目が有ろうが無かろうが、自分には関係が無いことだ。


 イツキはそう考えていた。



アツシ

「それでは、スレイブリンカーを受け取って下さい」



 アツシは金属箱からリンカーを取り出し、そう言った。


 タクミとケンヤが、アツシの前に立った。


 2人はリンカーを受け取った。


 そして、リンカーを手首にはめ、自分の席へと戻った。


 同様に、審判のアンコも、自分の席に向かった。


 タクミは、レイヤーシフト用の椅子に、腰掛けた。


 そこへ、イツキが声をかけた。



イツキ

「勝てよ」


イツキ

「俺の努力を無駄にするな」


タクミ

「お前のかよ」


ミカヅキ

「タクミどのは、この短期間で、見違えるほどに強くなった」


ミカヅキ

「己の実力を、信じるでござるよ」


ユニコ

「骨は拾ってあげますね」


タクミ

「どうも」


イチロー

「…………」



 タクミのパーティメンバーだったイチローが、複雑な面持ちで、タクミを見ていた。


 一方、ケンヤたち。



カゲト

「落ち着いてな。普段の動きが出来れば、勝てるはずだ」



 リーダーらしく、カゲトがケンヤに、励ましの声をかけた。



ノハラ

「ん……」


ノハラ

「勝って」


ケンヤ

「うん……。頑張るよ」



 そこに、ジョイチの姿は無かった。


 カゲトがパワーレベリングの話をしてから、ジョイチはあまり、3人と絡まなくなっていた。



アツシ

「準備は万全ですか?」



 2人の選手に、アツシが声をかけた。



タクミ

「はい」



 タクミは堂々と答えた。



ケンヤ

「っ……! はい!」



 ケンヤは少し、浮き足立っていた。


 声に震えが有った。



アツシ

「それでは、シフトして下さい」



 アツシの言葉を受け、2人は目を閉じた。


 2人の体が、輝いた。


 2人の精神が、心層世界へと旅立った。


 アンコのダンジョンの頂上に、タクミ、ケンヤ、アンコの3人の姿が出現した。


 アンコの体は、半透明だ。


 ハーフシフトだった。


 アンコは両手を使い、2つの方向を、指し示した。


 そこに、金属質の輪っかが、配置されていた。


 その直径は、90センチメートルほどだった。



アンコ

「そこに見えるオリハルコン製の輪が、最初の立ち位置になります」


アンコ

「各選手、位置について下さい」


タクミ

「…………」


ケンヤ

「…………」



 2人は無言で、輪の中央に立った。


 そして、お互いの敵と、見つめ合った。



アンコ

「それでは、用意は良いですか?」


タクミ

「はい」


ケンヤ

「はい」


アンコ

「開始!」



 アンコは大声で言った。


 試合が始まった。


 2人はセカンドシャドウから、マインドアームを召喚した。



タクミ

「…………」


ケンヤ

「…………」



 武器を手に、2人は睨み合った。


 タクミの武器は、大斧。


 ケンヤの武器は、ロングソードだった。


 タクミは上段に、ケンヤは正眼に、武器を構えた。


 武器を構えたまま、2人は距離を詰めていった。


 じりじりと。


 じりじりと。


 そして……。


 タクミがケンヤの、一足一刀の間合いに入った。



ケンヤ

「はっ!」



 ケンヤは1歩、踏み出した。


 そして、タクミめがけて、突きを放った。



タクミ

(あれ……?)



 タクミは意外そうに、ケンヤの動きを見ていた。



タクミ

(遅いな。こいつ)



 タクミには、ケンヤの突きが、はっきりと見えた。



タクミ

(これがパワーレベリングの力か)



 よほどのレベル差が有るのだろうか。


 イツキたちのおかげで、レベルを上げすぎてしまったのか。


 そう思いながら、タクミは斧を振った。


 タクミの斧が、ケンヤの剣を叩いた。


 このとき、タクミのレベルは44。


 ケンヤのレベルは、46有った。



ケンヤ

「あっ……!」



 ケンヤの剣が、地面に落ちた。



タクミ

「悪いな」



 レベルのせいで勝つのは、少し申し訳ない。


 タクミはそう思わざるをえなかった。


 だが、それでも、敗れるわけにはいかなった。


 タクミは踏み込んで、斧でケンヤを突いた。


 斧は、ケンヤの胸に命中した。


 ケンヤの体が、宙を舞った。



タクミ

「俺の方が上だ」



 地に落ちたケンヤの体が、光を放った。


 そして、心層から消滅した。


 ベイルアウト。


 タクミの完全勝利だった。



アンコ

「……勝者、ノガミ=タクミ」



 神妙な顔で、アンコは、タクミの勝利を宣言した。




 ……。




 選手たちは、現実に戻った。



ケンヤ

「嘘だ嘘だ嘘だ……!」



 シフト用の椅子の上で、ケンヤは錯乱状態に有った。


 エリートである4組から、転落した。


 その事実を、受け入れられない様子だった。



ケンヤ

「そうだ……! スキルを……! スキルを使いさえすれば……!」


ケンヤ

「僕は……僕は本気じゃ無かったんだ……!」



 ケンヤのすがるような視線が、アツシへと向けられた。



ケンヤ

「先生……! もう一回やらせて下さい……!」


アツシ

「そうはいきません」



 アツシはきっぱりと言った。



アツシ

「入れ替え戦は、厳正なルールにのっとって行われました」


アツシ

「その結果を覆すことは、誰にも出来ません」


ケンヤ

「そんな……! だっておかしいじゃないか……!」



 ケンヤの視線が、カゲトに移った。



ケンヤ

「レベルさえ上げれば、勝てるって言ったじゃないか……!」


カゲト

「相手の実力が、俺の予想を超えていた」


カゲト

「だが、こうなってしまったのは、お前の怠惰が原因だ。そうだろ?」


ケンヤ

「そんな……僕たち仲間だろ……?」


ケンヤ

「助けてくれよ……」


カゲト

「これ以上、俺に出来ることは何も無い」


カゲト

「残念だよ。ケンヤ」


ケンヤ

「あ……」


ケンヤ

「ああああぁぁぁあああああぁぁぁ……」



 ケンヤは大粒の涙を流し、椅子から崩れ落ちた。


 そして、そのまま泣き続けた。


 それを見ていたタクミが、渋い表情を作った。



タクミ

「……お祝いってムードでもねえな」


イツキ

「向こうは向こうだ。俺たちは場所を変えよう」


タクミ

「そうか?」


イツキ

「他人に合わせてどうする」


タクミ

「……そうだな」



 イツキたちは、4人で特別教室を出た。



アンコ

「ノガミ」



 教室の入り口から、アンコがタクミを呼び止めた。



タクミ

「…………」



 タクミは振り返った。



アンコ

「頑張ったな」


タクミ

「っス」


アンコ

「けど、まだまだこれからだぞ」


アンコ

「気を緩めずに、精進するように」


タクミ

「はい」



 話し終わると、アンコはイツキたちを追い抜き、去っていった。



ミカヅキ

「兄上」


ニゾウ

「…………」


ミカヅキ

「∨でござる」



 ミカヅキは、廊下で待機していたニゾウに、∨サインを向けた。


 ニゾウも無表情で、∨サインを作った。



ニゾウ

「にん」


ミカヅキ

「にん」



 ニゾウと合流したイツキたちは、学校を出た。


 正門前の歩道で、5人は輪を作った。



タクミ

「これからどうする?」


ユニコ

「打ち上げパーティというのを、やってみませんか?」


タクミ

「あんまり金ねーぞ。俺」


イツキ

「今日くらいおごってやるよ。大将」


タクミ

「さてはお前、オートロックマンションに住んでやがるな?」


イツキ

「実はな」


ミカヅキ

「打ち上げというのは、何をするのでござるか?」


イツキ

「分からん」


ミカヅキ

「えっ?」



 イツキのぼっち歴は長い。


 集団での遊びなど、全く心得が無かった。



イツキ

「誰ぞ、リア充はおらんか」


タクミ

「高校生だったら、カラオケとかじゃねえの?」


ユニコ

「私たちは、高校生というものを、客観視して動かなくてはならないのですね」


ユニコ

「……高校生なのに」


ミカヅキ

「闇サイドの高校生でござるからな。我々は」


ユニコ

「行きますか? カラオケ」


イツキ

「良いけど、カラオケとか行ったこと無いぞ。俺」


ユニコ

「実は私も」


ミカヅキ

「拙者もでござる」


タクミ

「お前ら、闇すぎるだろ……」



 タクミは呆れてみせた。


 だが、その口元は、優しい微笑を浮かべていた。




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