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その26「過去と現在」



 イツキの言葉を受け、ノハラはタクミを見た。



ノハラ

「そんなに強いの?」


イツキ

「ああ。なにせ、俺の弟子だからな」


ノハラ

「イツキ……」


イツキ

「ん?」


ノハラ

「その冗談、面白いよ。ふふっ」



 ノハラは真顔で言った。


 そして、喉と肺だけで笑ってみせた。



イツキ

「冗談じゃないんだが?」


ノハラ

「……イツキは弱い」


イツキ

「昔の話だ」


ノハラ

「前会った時も、夢魔にやられるところだった」


イツキ

「手を抜いてたのさ」


ノハラ

「夢魔相手に、手を抜けるわけが無い」


イツキ

「他の連中は、そうらしいな?」


ノハラ

「イツキ……どうして背伸びをするの?」


イツキ

「背伸びなんか、してない」


イツキ

「俺は昔のままじゃないし、俺が鍛えたノガミも、相当に強い」


イツキ

「それが分からないのなら、お前たちの負けだ」


ノハラ

「……………………」


イツキ

「……………………」



 長い沈黙が訪れた。


 ユニコたちも、何も言わなかった。


 周囲は、食事の音と、季節の音だけになった。


 やがて、ノハラは弁当箱を閉じた。



ノハラ

「ごちそうさま」


イツキ

「ああ。ごちそうさま」



 ノハラは立ち上がった。



ノハラ

「シフターなんて、とっとと諦めるべき」



 彼女はそう言い捨てると、小走りで去っていった。



ユニコ

「……何なのですか? あの女は」



 ユニコは、屋上の出入り口を、睨みつけていた。


 その双眸には、明確な敵意が宿っていた。



ユニコ

「アマノさんのことなんか、何も知らず、無愛想で、無礼で……」


イツキ

「止めてくれ」


ユニコ

「えっ……?」



 ユニコはイツキを、意外そうに見た。


 ノハラはイツキを、悪く言った。


 だから、あいつは敵だと思った。


 だが、イツキにとっては、違うらしかった。



イツキ

「あいつを悪く言わないでくれ。頼む」


ユニコ

「ごめんなさい……私はただ……」


イツキ

「分かってる。けど……」


イツキ

「あいつが笑わなくなったのは、俺が悪いんだ」


イツキ

「俺が弱かったんだ」


イツキ

「だから、悪く言わないでやってくれ」


ユニコ

「…………」




 ……。




 ノハラは4組に、帰還した。


 カゲトたち3人が、1箇所に集まっていた。


 ノハラは3人に、歩み寄っていった。



ノハラ

「行ってきた」


カゲト

「おかえり。ノハラ」



 カゲトは薄い微笑で、ノハラを出迎えた。



ジョイチ

「おう。それでどうだった?」


ケンヤ

「…………」



 ケンヤは体を強張らせ、ノハラの次の言葉を待った。



ノハラ

「ノガミくんは……」


ノハラ

「強いって聞いた」


ケンヤ

「えぇ……」



 ケンヤはがっくりと脱力した。



ジョイチ

「そりゃあつえぇでしょ。入れ替え戦に来るんだからよ」


ケンヤ

「他に何か無いの?」


ノハラ

「……ごめんなさい」



 ノハラは無表情のまま、項垂れた。


 体は感情表現をしているのに、顔はぴくりとも動かない。


 彼女を知らない人から見ると、少し不気味な仕草だった。



カゲト

「俺が行ってくるよ」


カゲト

「元々、ノハラにこういうのは向いてないんだ」


カゲト

「やる気が有ったから、何か作戦が有るのかとも思ったけど……」


ノハラ

「秘策は有った」


ノハラ

「けど、ダメだった」


ノハラ

「5組の状況が、私が聞いてたのと違った」


ノハラ

「…………」


ノハラ

(イツキの周りは、敵ばっかりじゃ無かった)


ジョイチ

「ふーん……?」


カゲト

「じゃ、行ってくる」


ノハラ

「お昼休み、もうすぐ終わる」


カゲト

「手早くすませるさ」


ノハラ

「頑張って」


カゲト

「ああ」



 カゲトは教室を出て行った。


 そして、チャイムが鳴るギリギリで、帰ってきた。



ケンヤ

「どうだった……!?」



 ケンヤがそう問いかけた時、チャイムが鳴った。



カゲト

「次の休み時間で話すよ」


ケンヤ

「……うん」



 5限目の授業が、終わった。


 休み時間に、4人で再集合した。



ジョイチ

「で?」



 ジョイチはそう言って、カゲトの言葉を待った。



カゲト

「…………」



 カゲトは少し、言いづらそうな様子を見せた。


 だが、やがて口を開いた。



カゲト

「ノガミのダンジョンレベルは、40を超えているという話だ」


ケンヤ

「40……!?」


ジョイチ

「マジか?」



 レベル40は、プロシフターの下位に相当する。


 1年の1学期で40というのは、かなり優秀な部類だと言えた。



カゲト

「多分な」


ノハラ

「そんな凄い人が、どうして5組に?」


カゲト

「入学段階でのノガミは、そこまでのシフターじゃ無かったらしい」


カゲト

「それが最近になって、急に伸びてきた」


ケンヤ

「どうして……?」


カゲト

「パワーレベリングだそうだ」


ジョイチ

「金持ちなのか? ノガミは」



 アシハラには、パワーレベリングを請け負う業者が有る。


 金さえあれば、誰でもある程度までは、レベル上げが可能だった。



カゲト

「いや。業者に頼んだとかでは無いそうだ」


ノハラ

「それなら、どうやって?」


カゲト

「5組に、編入生がやって来たのは、知ってるよな?」


ケンヤ

「うん。2人とも、かなり可愛い子だったね」


ジョイチ

「一々見に行ったのかよ」


ケンヤ

「えっ? 普通は見に行くよね?」


カゲト

「…………」


ノハラ

「ディープシフターだって聞いた」


カゲト

「ああ」



 ディープシフターの存在感は大きい。


 4組の生徒であっても、無視出来る存在では無かった。


 だから、情報に疎いノハラでも、その程度のことは知っていた。



カゲト

「その2人が、ノガミのレベリングを手伝ったらしい」


ケンヤ

「モテるんだね。ノガミくんって」


ケンヤ

「美人のディープシフターを、2人も侍らせるなんて」


カゲト

「その辺の事情は知らないが……」


ジョイチ

「つまりは」


ジョイチ

「レベル頼りの、養殖のシフターってことだな?」


カゲト

「そうなるだろうな」


カゲト

「レベルが互角なら、4組のケンヤの方が、格上のはずだ」


ノハラ

「待って」


カゲト

「ん?」


ノハラ

「イツキが……ノガミくんを鍛えてるって聞いた」


カゲト

「イツキが? どういうことだ?」


ノハラ

「分からない。少し聞いただけだから」


カゲト

「……あいつは中学の頃、剣術道場に通ってたらしいな」


ノハラ

「そうなの?」


ケンヤ

「待って。イツキって誰?」


カゲト

「アマノ=イツキ。名前くらいは聞いたことが有るだろう?」


ジョイチ

「ダンジョン無しか」


ジョイチ

「お前ら……そいつと知り合いなのか?」


カゲト

「幼馴染だ。中学も一緒だった」


カゲト

「中学のクラスは、ずっと別だったけどな」


ジョイチ

「初耳だな」


カゲト

「付き合いが有ったのは、6年くらい前までだ」


カゲト

「今は他人だよ」


ジョイチ

「そいつ、本当にダンジョンが無いのか?」


カゲト

「ああ」


ジョイチ

「1度、潜ってみたい気もするな」


カゲト

「止めておけ。本当に何も無いからな。退屈だぞ」


ジョイチ

「ふぅん?」


ケンヤ

「そのアマノくんって、凄い剣の達人だったりするの?」


カゲト

「まさか。イツキはダンジョン無しだぞ?」


カゲト

「大して気にすることでも無いだろう。そうだよな? ノハラ」


ノハラ

「えっと……」



 ノハラは言葉に詰まった。


 イツキとのやり取りが、心のしこりとして残っていた。



『お前たちの負けだ』



 イツキの言葉は、ハッタリかもしれない。


 だが、5年前までのイツキは、下らない嘘をつく人では、無かった。


 ダンジョン無しとして、蔑まれる日々が、イツキを変えてしまったのか。


 たった数年で、人は変わってしまうものなのか。


 そんな風には、考えたくは無かった。


 だが、それならいったい、どういうことなのか。


 ノハラには分からなかった。



カゲト

「ノハラ?」



 答えられないノハラに、カゲトが疑問の目を向けた。



ノハラ

「……うん」


ノハラ

「イツキは、弱いよ」


ケンヤ

「良かった……」



 ノハラの言葉に、ケンヤは安堵した様子を見せた。



ノハラ

「…………」



 これで良いのだろうか。


 モヤモヤとしたものを抱えつつも、ノハラは何も言えなかった。



ジョイチ

「それで? これからどうすんだ?」


カゲト

「とにかく、ケンヤのレベルを上げよう」


ジョイチ

「レベル上げっつっても……入れ替え戦は来週だぞ?」


ジョイチ

「ノガミのレベルを超えるのは、キツいだろ」



 このチームには、ノハラが居る。


 ノハラのレベルは高い。


 時間さえかけられるなら、戦力的には十分だと言えた。


 だが、ダンジョン攻略に必要なのは、強さだけでは無い。


 マップを把握し、敵の特性を理解し、スタミナ配分をして挑む必要が有る。


 ダンジョン攻略において、ノハラのスキルは燃費が悪い。


 ただ、夢魔を殺す。


 彼女のスキルは、そのために存在していた。


 迷獣と、無計画に戦っていては、息切れしてしまう。


 1週間程度でケンヤを鍛えるのは、さすがに厳しかった。


 だが……。



カゲト

「普通のやり方なら、そうだな」



 カゲトは高いハードルを、意に介していない様子だった。



ジョイチ

「…………?」


カゲト

「教室じゃアレだな。ちょっと廊下に出よう」



 カゲトは廊下に向かった。


 残りの3人も、カゲトに続いた。


 4人で輪を作るようにして、立った。



ジョイチ

「で?」



 値踏みするかのように、ジョイチがカゲトを見た。



カゲト

「ケンヤ……」


カゲト

「お前、いくら出せる?」


ケンヤ

「いくらって……」


カゲト

「俺のコネが有れば、お前に格安で、パワーレベリングを受けさせてやることが出来る」


カゲト

「けど、タダってのはさすがに無理だ」


ケンヤ

「っ……いくら出せば……?」


カゲト

「そうだな……」


カゲト

「70万円」


ケンヤ

「ななじゅう!?」



 ケンヤは驚きの声を上げた。


 ケンヤの家は、カゲトのように裕福では無い。


 70万円というのは、大金だった。



カゲト

「そんな顔するなよ」


カゲト

「正規のルートで依頼したら、10倍じゃ済まないぞ?」


カゲト

「それに、たった70万で4組に残れると思ったら、安いモノだろう?」


ケンヤ

「けど……急にそんな大金……」


カゲト

「残念だな。良い話だと思ったのに」


ケンヤ

「待って……!」


ケンヤ

「なんとかする……」


ケンヤ

「なんとかするから……」




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