その25「ノハラとランチ」
タクミ
「って言っても、4組に行くのが、決まったわけじゃねえけど」
あくまでも、選手に選ばれたというだけの話だ。
試合に勝たなければ、4組には上がれない。
イツキ
「あれだけやったんだ。負けるなよ」
タクミ
「そりゃ、勝つ気でやるけどよ」
タクミ
「対戦相手がどんだけ強いのか、分からねえし……」
イツキ
「決まってるだろ」
タクミ
「え?」
イツキ
「出てくるのは、30位の奴だ」
タクミ
「そうか」
タクミはふっと笑った。
タクミ
「それもそうだな」
イツキ
「ああ」
タクミ
「勝っちまうかな。こりゃ」
イツキ
「勝てよ」
タクミ
「応」
……。
一方、4組の教室。
4人の生徒が、教室の前側の席に、集合していた。
ジョイチ
「まさか、俺たちのチームから、脱落者が出るとはな」
4組の男子、リンナイ=ジョイチが、サイトー=ケンヤを睨んだ。
ジョイチは金髪で、少し童顔なのだが、そこに弱々しさは無かった。
しっかりとした意思の有る眼光が、ケンヤを貫いていた。
入れ替え戦の対象になったケンヤは、ジョイチと同じパーティだった。
ケンヤ
「う……」
茶髪の少年、ケンヤが、居心地悪そうに目を細めた。
ケンヤはジョイチよりも、少し体が大きい。
だが、ジョイチには、頭が上がらない様子だった。
カゲト
「そういう言い方は止せ」
リーダーのオノデラ=カゲトが、ジョイチを窘めた。
カゲト
「まだ5組に落ちると、決まったわけでも無い」
ノハラ
「うん」
同じパーティの、キノシタ=ノハラが頷いた。
ノハラ
「入れ替え戦に、勝てば良い」
ケンヤを励ましつつも、彼女は相変わらずの無表情だった。
ジョイチ
「で? 勝てるのかよ? ったく……」
ジョイチ
「部活なんかにかまけてるからだ」
ケンヤは、軽音楽部に所属していた。
そのせいで、シフターとしての活動が、少し疎かになっていた。
無理に部活を止めさせる権限は、カゲトたちには無かった。
少しの注意はしたが、ケンヤは聞かなかった。
入試の段階では、ケンヤの成績は悪くなかった。
それからたった数ヶ月で、周りのメンバーと、差が出来てしまっていた。
ケンヤ
「か……彼女が欲しかったんだ!」
ケンヤ
「音楽をやったら、彼女が出来るって聞いて……」
ジョイチ
「はぁ? 彼女? 何言ってんだ? お前」
ジョイチ
「女なんて、普通にしてたら寄ってくるだろうがよ」
ケンヤ
「来ねえよ!?」
ジョイチは、彼女に困ったことは無かった。
普通にしていれば、女の方から告白してくる。
そういうオーラを持っていた。
今も、1組の女子と付き合っていた。
その子は、当然のように美人だった。
ジョイチ
「えぇ……? カゲト?」
ジョイチは困惑し、カゲトを見た。
カゲト
「俺に振るなよ」
カゲトもモテる。
見た目は良いし、何よりも、有名企業の社長の息子だ。
彼を優良物件だと思う女子は、たくさん居た。
だが、ノハラが居るので、言い寄る女子は居なかった。
ノハラ
「彼女、出来たの?」
ノハラは、完全なる無表情で尋ねた。
そこに悪意は無かった。
だが……。
ケンヤ
「……………………」
ケンヤの表情は、魂が抜けたかのようになってしまった。
ジョイチ
「えっぐ」
ノハラ
「?」
ノハラは首を傾げた。
カゲト
「彼女の話は良い」
カゲト
「入れ替え戦を、どう乗り切るかだ」
ジョイチ
「どうって、コイツの問題だろ?」
ジョイチ
「俺たちが、どうこうしてやる必要が有るか?」
ケンヤ
「う……」
カゲト
「ケンヤはまだ、俺たちの仲間だ」
カゲト
「出来るだけの事は、してやるべきだろう」
ケンヤ
「カゲト……! ありがとう……!」
ノハラ
「それで、どうするの?」
カゲト
「そうだな……」
カゲト
「とりあえず、やることは2つだ」
カゲト
「1つは、ケンヤのレベル上げ」
カゲト
「もう1つは、入れ替え戦の、対戦相手の情報収集だ」
ノハラ
「情報……」
ノハラは、教室の出口に向かった。
カゲト
「ノハラ?」
急に動いたノハラを、カゲトが呼び止めた。
ノハラ
「5組に行ってくる」
ジョイチ
「待て待て。授業始まるぞ」
ノハラ
「あっ、そっか」
ジョイチ
「抜けてんなぁ。キノシタは」
ノハラ
「…………」
ノハラ
「そうかも」
……。
昼休みになった。
ノハラ
「イツキ。一緒にお昼食べよう」
イツキ
「…………は?」
唐突に、ノハラがイツキに話しかけてきた。
今までは、無視されていたのに。
イツキは困惑した。
ノハラ
「お昼」
ノハラ
「ご飯」
ノハラ
「ランチ」
イツキ
「いや。聞こえたけど、なんで? ってか、カゲトは?」
ノハラ
「これは、カゲトの作戦」
イツキ
「…………?」
ノハラ
「お昼。お腹すいた」
イツキ
「……まあ、2人きりじゃないなら、良いか」
恋人が居る女子と、2人きりにはなりたくない。
イツキはそう考えていた。
だが、今はユニコたちが居る。
それなら良いかと思った。
イツキ
「行こうぜ」
ノハラ
「……? どこに?」
イツキ
「屋上」
ノハラ
「屋上は鍵が……」
イツキ
「今日は開いてるんだよ」
ノハラ
「そうなの?」
イツキ
「そうなの。さ、行くぞ」
ユニコ
「話は済みましたか?」
イツキ
「ああ。1人増えるけど、良いよな?」
ユニコ
「アマノさんが、構わないのでしたら」
イツキ
「じゃ、そういうことで」
ユニコ
「はい」
ノハラを加え、イツキたちは、屋上へと向かった。
ミカヅキ
「にん」
ミカヅキが、屋上の鍵を開けた。
ノハラ
「今、鍵開けた?」
イツキ
「開いてたんだよ」
ノハラ
「音が。カチッて」
イツキ
「俺が口で言った」
ノハラ
「ナンデ?」
ユニコが屋上に、ビニールシートを広げた。
ビニールシートの上で、面々は食事を始めた。
食事の合間に、ノハラはイツキに話しかけた。
ノハラ
「イツキ、友だち居たんだね」
イツキ
「俺を何だと思ってんだよ」
ノハラ
「イツキはダンジョンが無いから、クラスで嫌われてる」
ノハラ
「そう聞いてた」
イツキ
「そうだな」
イツキ
「6年前から、ずっとそうだ」
ノハラ
「あ……」
イツキ
「…………」
ノハラ
「…………」
ノハラは無表情で、箸を進めた。
今の彼女は、何を考えているのか。
イツキには分からなかった。
ノハラ
「あれ……?」
やがてノハラは、何かに気付いたようなそぶりを見せた。
イツキ
「ん?」
ノハラ
「そのお弁当、ハートマークが書いてある」
イツキ
「ああ。母さんのイタズラさ」
ノハラ
「ナツキさんは、そういう事する人じゃないと思うけど」
イツキ
「そそのかした奴が居るのさ」
ノハラ
「…………?」
イツキ
「そっちは?」
ノハラ
「え?」
イツキ
「カゲトに弁当作ってやったり、するのかよ?」
ノハラ
「ううん」
ノハラ
「自分の分だけ」
イツキ
「自分のは作ってんのかよ」
ノハラ
「うん」
イツキ
「たまにはアイツにも作ってやったら? 喜ぶぞ」
ノハラ
「……めんどい」
イツキ
「カゲトが聞いたら泣くぞ」
ノハラ
「……そう?」
イツキ
「そうだろ」
ノハラ
「……1度くらいは、作ってみようかな」
ノハラ
「イツキも、そうした方が良いと思う?」
イツキ
「そりゃそうだろ」
ノハラ
「うん……」
イツキ
「……で?」
ノハラ
「うん?」
イツキ
「本題は? 飯だけ食いに来たわけじゃないんだろ?」
ノハラ
「本題……」
ノハラ
「あっ、忘れてた」
イツキ
「相変わらず、抜けてんな」
ノハラ
「良く言われる」
イツキ
「カゲトに?」
ノハラ
「クラスメイト」
イツキ
「そ」
イツキ
「で、本題」
ノハラ
「実は……」
ノハラ
「ノガミ=タクミという男子について、教えて欲しい」
タクミ
「えっ? 俺?」
タクミは驚き、箸で自分を指した。
ノハラ
「えっ……?」
ノハラは表情筋を使わず、瞳孔だけで驚いて、タクミを見た。
ノハラ
「あなたがノガミくん?」
タクミ
「ああ。そうだけど」
ノハラ
「……こんにちは」
タクミ
「こんにちは」
ノハラ
「…………」
タクミ
「…………」
イツキ
「……入れ替え戦の話だよな?」
気まずく固まった2人に対し、イツキが助け舟を出した。
ノハラ
「そう」
ノハラ
「さすがイツキ。話が分かる」
イツキ
「4組から、スパイに来たわけだ?」
ノハラ
「その通り」
イツキ
「で? 本人居るけどどうする?」
ノハラ
「……どうしよう」
イツキ
「ちなみに、何が知りたかったんだ?」
ノハラ
「マインドアームの形状、戦闘スタイル、スキル、それと……」
ノハラ
「ダンジョンレベル」
イツキ
「ノガミ。教えてやっても良いよな?」
タクミ
「ああ……」
タクミ
「って、良いワケねえだろ!?」
タクミは大仰に、イツキにツッコミを入れた。
イツキ
「駄目か。なんかノリでオッケーくれるかなって」
タクミ
「俺の人生かかってんだぞ分かってんのか?」
イツキ
(人生……か)
イツキ
(相手の人生も、かかってるわけだ)
イツキはタクミの対戦相手を、名前でしか知らなかった。
顔も知らないその人にも、かかっているモノが有るはずだった。
イツキ
(どっちかは、負け犬になるかな)
イツキ
「ノハラ。入れ替え戦に出る奴と、仲良いのか?」
ノハラ
「同じパーティ」
イツキ
「なるほど。今のパーティが崩れるのは、具合が悪いわけだ」
ノハラ
「うん」
イツキ
「そうか。けど……」
イツキ
「ノガミが勝つ。悪いな」
イツキは不敵に笑った。




