その24「入れ替え戦と選抜選手」
7月。
トウケン高校の、会議室。
1室に、教師たちが集められていた。
その顔ぶれは、校長から平の教員まで。
そこでは、重要な職員会議が行われていた。
教頭の、ヨシダ=フクヤが、議題を進行していった。
フクヤ
「それでは……ダンジョン科の、入れ替え戦の有無に関して、1年から説明して下さい」
フクヤ
「トヤマ先生。お願いします」
アツシ
「はい。1年は……」
1年の学年主任、トヤマ=アツシが立ち上がり、口を開いた。
アツシ
「入れ替え戦の、基準に達した生徒が、3組存在しています」
フクヤ
「3組もですか?」
アツシ
「はい。ですが、5組側、生徒2名から、辞退の申し入れが有りました」
アツシ
「よって実際に、入れ替え戦の対象となるのは、1組のみとなります」
フクヤ
「詳しく説明していただいても、よろしいですか?」
アツシ
「はい」
アツシ
「5組の生徒のうち、アマノ=ユニコさん、エンマ=ミカヅキさん、ノガミ=タクミくんの3名が、優秀な成績を修めました」
アツシ
「ですが、アマノさん、エンマさんの2名は、入れ替え戦を辞退」
アツシ
「よって、ノガミくんが、4組最下位のサイトー=ケンヤくんと、入れ替え戦を行うことになります」
フクヤ
「2名もの辞退者が出た理由は?」
フクヤが尋ねた。
4組に上がることは、栄誉だと言われている。
5組のほとんどの生徒が、それを望んでいるはずだった。
だというのに、3分の2が辞退とは。
今までに無い、異例の事態だと言えた。
アツシ
「アマノ=ユニコさんに関してですが、彼女は例の編入生です」
フクヤ
「ああ。公安に依頼されたという……」
アツシ
「はい」
アツシ
「彼女の立場は不安定であり、卒業まで、本校に在籍するという保証も、有りません」
アツシ
「また、彼女は5組のアマノ=イツキくんを頼りにしており、彼と同じクラスで学ぶことを、希望しています」
フクヤ
「アマノ=イツキというと……」
アツシ
「はい。例の生徒です」
ダンジョン無しの存在は、教師の間でも、有名だった。
心中では、誰もがイツキを、ダンジョン無しの呼称で記憶していた。
だが、彼らには、教師としての立場が有る
あえて、ダンジョン無しという言葉は使わず、言葉を濁していた。
アツシ
「現在、アマノ=ユニコさんは、アマノ=イツキくんの家の、養子という扱いになっています」
アツシ
「そういった事情も有り、2人はとても仲が良く……はい。兄妹のようにですが」
2人は、恋愛関係には無い。
ユニコとは話したことも無い教師が、そう断言した。
今どきの高校生であれば、男女の関係になっていることは、珍しくは無い。
教師たちも、裏でやっている分には、それを咎めることも無い。
だが、公然と認めることだけは、出来なかった。
フクヤ
「不純異性交遊などでは、無いのですね?」
アツシ
「はい。不純異性交遊は、一切有りません」
カズオミ
「好ましくありませんな」
1年4組担任のミヤタ=カズオミが口を開いた。
グレーの髪をした、面長の男だった。
目つきはするどく、顎がシュッと鋭い。
黒縁の、太めのフレームの眼鏡をかけていた。
フクヤ
「ミヤタ先生?」
アツシ
「不純異性交遊がですか?」
カズオミ
「違います。不純異性交遊などは、どうでも良い」
アツシ
「まさか。不純異性交遊はいけませんよ」
カズオミ
「確かに。不純異性交遊はいけませんが」
カズオミ
「私がしたいのは、そういう話ではありません」
フクヤ
「不純異性交遊でないというのなら、何の話なのですか?」
カズオミ
「問題なのは、出来が悪い生徒が、優秀な生徒の足を引っぱっているということです」
カズオミ
「下らない馴れ合いで、貴重な才能が、磨かれずに終わってしまうかもしれない」
カズオミ
「まことに嘆かわしい」
カズオミ
「今からでも、彼女を説得して、4組に来てもらった方が良いのでは?」
アツシ
「そうはいきませんよ」
アツシ
「何よりも、本人の意思が最優先ですし……」
アツシ
「それにデータを見ると、彼女は既に、プロ級のシフターのようです」
アツシ
「無理に教育を押し付けるより、進路面でのサポートをしてあげるのが、良いのでは無いでしょうか?」
カズオミ
「……そうですか」
カズオミ
「まあ、無理強いは出来ませんからね」
そう言って、カズオミは口を閉じた。
これ以上、話を引きずるつもりは無いようだった。
フクヤ
「次。エンマさんについては?」
アツシ
「彼女は、公安のエージェント。プロフェッショナルです」
フクヤ
「アマノ=ユニコさんの護衛ということですね?」
アツシ
「はい。その通りです」
アツシ
「一応は、本校に籍を置いていますが、忍務が終わるまでの、一時的なものとお考え下さい」
フクヤ
「分かりました。それで……」
フクヤ
「3人目、ノガミくんは、普通の生徒なのですか?」
アツシ
「はい」
フクヤ
「ええと……」
フクヤは、手元のノートPCを、操作した。
会議室の巨大モニターに、タクミの情報が映し出された。
教師たちは、モニターを見た。
タクミの試験成績や、ダンジョンレベルなどが、そこに表示されていた。
フクヤ
「入学試験の成績は、ごく平均的といった感じですね」
フクヤ
「しかし最近になって、急に成績が伸びてきたようだ」
フクヤ
「いったいどうして……?」
アツシ
「彼は編入生2人と仲良くなり、彼女たちから、パワーレベリングを受けたようです」
カズオミ
「パワーレベリング?」
カズオミは、眼鏡の上下をつまみ、位置を直した。
内面の不満さが、眉根にあらわれていた。
カズオミ
「そんな一時的に得た力で、果たして4組で通用するものですかね?」
カズオミ
「そのまま5組に居た方が、彼自身のためにもなるのでは?」
アツシ
「確かに、パワーレベリングを受けて、大成する者は少ない」
アツシ
「そういう話は有りますがね」
そのとき……。
フミオ
「入れ替え制度は、数字に対して公正でなくてはならない」
校長のサカキバラ=フミオが、口を開いた。
長い茶ひげをたくわえた、長身の男だった。
年は50をこえているが、体躯はがっしりと逞しい。
瞳には、強い光が宿っていた。
カズオミ
「校長……」
校長の覇気を受け、カズオミは萎縮した。
フミオは言葉を続けた。
フミオ
「確かに、パワーレベリングという行為に、不信感を持つ者は多いだろう」
フミオ
「だが、それとこれとは話が別だ」
フミオ
「アシハラの国における高校とは、数字を伸ばすための機関だ」
フミオ
「故に、生徒が出した数字は、正当に評価されなくてはならない」
フミオ
「数字に対し、誤魔化しを行えば、生徒も教師も、進むべき道を見失ってしまう」
フミオ
「数字の価値を、曖昧な価値観で歪めてはならない」
フミオ
「入れ替え戦は、規定通りに行うように」
フクヤ
「畏まりました」
それで、1年の入れ替え戦の話は、終わった。
話の対象は、2年生へと移り変わっていった。
……。
3日後。
イツキのクラス。
朝のホームルーム。
担任の、イタノ=サトシが口を開いた。
サトシ
「今期の入れ替え戦の、選抜者を発表する」
タクミ
「…………!」
サトシ
「4組側、サイトー=ケンヤ。対する5組側は……」
サトシ
「ノガミ。お前だ。頑張れよ」
タクミ
「しゃあっ!」
タクミは勢い良く立ち上がり、両手でガッツポーズを決めた。
イツキ
「うるさ」
イツキは片耳を押さえ、そう呟いた。
タクミ
「嬉しいんだから良いだろ!?」
イツキ
「聞こえてんのかよ……」
タツヤ
「あの、1人だけですか?」
クラスメイトの、オオタ=タツヤが口を開いた。
サトシ
「そうだ」
タツヤ
「どういう基準なんですか?」
サトシ
「オリエンテーションで、説明したはずだぞ?」
タツヤ
「それは……すいません」
サトシ
「まあ良い。入学した頃は、空気も浮ついてるしな」
サトシ
「今度こそ、マジメに聞くように」
タツヤ
「…………」
サトシ
「入れ替えの、評価基準は4つ」
サトシ
「授業態度、試験成績、ダンジョン実習の成績、そして、ダンジョンレベルだ」
サトシ
「ウチは、プロのシフターを育てるクラスだから、座学より、シフターとしての実力が、重視される」
サトシ
「今回は、シフターとして一定の力を示せたのが、ノガミしか居なかった。そういう話だ」
サトシ
「理解したか?」
タツヤ
「……はい」
イチロー
「先生」
サトシ
「ん?」
イチロー
「タクミがシフターとして、そんなに優秀だって言うんですか?」
イチローが問うた。
サトシ
「ノガミは6月から、急激にダンジョンレベルを伸ばしている」
サトシ
「実習での動きも良い。それが評価された」
イチロー
「……パワーレベリングですか?」
イチロー
「あの2人が、タクミのレベルを上げた。だから……」
サトシ
「その辺は、俺が話すようなことじゃ無いな」
イチロー
「…………」
サトシは、話を断ち切った。
イチローは、納得がいかない様子だった。
だが、ああ言われては、問い詰めることも出来ない。
サトシ
「それじゃあノガミ」
サトシ
「クラス代表として、恥ずかしくないよう精進するように」
タクミ
「はい」
ホームルームが終わった。
サトシは教室から退出し、少し、自由な時間が出来た。
イツキたちが、タクミに近付いていった。
ユニコ
「ノガミさん。おめでとうございます」
ミカヅキ
「ぱちぱちぱちでござる」
イツキ
「……良かったな」
イツキは無愛想に、そう言った。
タクミ
「ああ」
タクミは微笑んで、イツキたちに答えた。




