その15「殺人鬼と警察官」
放課後になった。
タクミ
「アマノ。一緒に帰ろうぜ」
まっすぐに帰宅するつもりだったイツキに、タクミが声をかけてきた。
イツキ
「お友だちのマツイくんと帰れよ」
イツキは嫌そうに言った。
タクミ
「あいつ、チャリ通だからな」
イツキ
「最近は物騒だから一人で帰れよ」
タクミ
「矛盾してね?」
イツキはカバンとコカゲを持ち、下駄箱へ向かった。
タクミを突き放そうと、早足で歩いた。
だが、タクミは大股で、イツキに追随してきた。
イツキ
(このストライダーが)
イツキは下駄箱で、手早く靴を履き替えた。
そして、昇降口を出た。
校舎から出たイツキは、正門に脚を向けた。
その時……。
イツキ
「…………!」
イツキの体が、驚きで固まった。
タクミ
「どうした? アマノ」
タクミには、イツキが止まった理由が分からなかった。
イツキ
「なんか、ヤバいのが居る」
イツキは、正門の方を見ながら言った。
タクミ
「ヤバい? どこに?」
イツキ
「正門の所だよ。金髪の2人組」
タクミ
「お前、視力良いな」
そう言って、タクミは目を細め、正門を見た。
タクミ
「それで? 何がヤバいんだよ」
イツキ
「普通の奴とは、雰囲気が違う」
イツキ
「……父さんに似てる」
タクミ
「お前の父親、何者なんだよ」
イツキ
「公務員」
タクミ
「それじゃ、そいつらも公務員かもな」
イツキ
「だと良いが……」
タクミ
「何をビビってんだお前は」
イツキ
「昨日、銃の乱射事件が有ったのを、知ってるだろ?」
タクミ
「仲間だってのか? そいつらが」
イツキ
「分からんが……」
ユニコを助けるために、ヤバそうな奴を敵にした。
その仲間かもしれない。
イツキはそう考えていた。
タクミ
「妄想働かせすぎだろ。行こうぜ」
イツキ
「いや……」
イツキ
「裏手から帰る」
タクミ
「あっ、おい……」
イツキは、校舎へ戻っていった。
タクミ
「また明日な~」
タクミは、のんきな声でそう言った。
イツキ
「…………」
イツキは靴を脱ぐと、靴下姿になり、廊下を歩いていった。
校舎の反対側を、抜けるつもりのようだった。
タクミ
「ビビりすぎだっての」
タクミはイツキと一緒に帰りたかった。
だが、イツキの妙な行動には、共感が出来なかった。
意地のようなモノも有り、タクミは正門へ向かった。
近付くと、金髪の2人組が見えてきた。
タクミ
(ホントに居るな。金髪の2人組)
1人は男で、もう1人は女だった。
どちらもグレーのスーツを着ていた。
タクミはさらに、2人組に近付いていった。
やがて、容姿が分かる距離にまで来た。
2人とも、金髪で赤目だった。
背は高めで、スラッとした体格だった。
女の方は、長い髪を、腰まで伸ばしていた。
タクミ
(兄妹かな?)
タクミ
(っていうかえっ?)
謎の男/リン
「…………」
タクミ
(あの人……目ェ怖っ……!)
男の方が、凄まじい眼力を持っていた。
端正な顔立ちのはずなのだが、妙な殺気が感じられるのだった。
タクミ
(パッと見イケメンなのに、目つき怖すぎるだろ……)
『昨日、銃の乱射事件が有ったのを知ってるだろ?』
タクミ
「…………」
タクミは、イツキの言葉を思い出していた。
タクミ
(大丈夫……だよな?)
タクミは自身に、思い過ごしだと言い聞かせた。
そして、2人組とすれ違おうとした。
リン
「そこの生徒」
2人組の一人、長身の男が、タクミに声をかけた。
タクミ
「はいっ!?」
タクミの体が、びくりと固まった。
そして、ぎこちない動きで、男に向き直った。
リン
「少し聞きたいことが有る」
タクミ
「な……何ですか?」
ノリコ
「先輩。その子怖がってるっスよ」
女の方が、タクミの内心を察し、口を開いた。
リン
「そうなのか?」
タクミ
「……いえ。全然」
タクミ
(死ぬほど怖いけど)
リン
「ノリ。怖がってないらしいぞ」
ノリコ
「自分が話すんで、先輩は黙ってて下さい」
呆れた調子で、女の方がそう言った。
リン
「む……」
男の眼光を隠すかのように、女が前に出た。
そして、タクミに話しかけた。
ノリコ
「自分はネコタ=ノリコ。ヨコミゾ署の刑事っス」
ノリコ
「そして、あちらの人殺しの目をした人が、オオカワ=リン」
ノリコ
「同じく刑事っス。ヤクザじゃ無いっスよ」
タクミ
「刑事さん……?」
リン
「そうだ」
リン
「ヤクザ要素は一切無い」
タクミ
「アッハイ」
タクミ
「俺は……ノガミです」
ノリコ
「よろしくっス」
タクミ
「刑事さんが、学校に何の用事ですか?」
リン
「アマノ=イツキという生徒を知っているか?」
タクミ
「アマノ?」
タクミ
「どうして警察がアマノを?」
リン
「それは話せない」
リン
「上の方から、情報を漏らすなと言われてるんでな」
リン
「まあ、話すんだが」
タクミ
「えっ?」
ノリコ
「また減給されても知らないっスよ」
リン
「フン」
リン
「……先日の、銃乱射事件は知っているな?」
タクミ
「はい」
リン
「その犯人を、現行犯逮捕したのが、アマノ=イツキだ」
タクミ
「へぇ……」
タクミ
「やっぱり凄い奴なんですね。アマノは」
リン
「ん? まあそうだな」
リン
「問題は、その後だ」
リン
「昨日の深夜、留置場から、犯人が脱走した」
タクミ
「えっ? けど、今朝のニュースじゃ何も……」
リン
「民間人が捕らえた犯人を、警察が逃がした」
リン
「酷い恥だ。上層部はそう思っている」
リン
「だから、報道規制を敷いて、秘密裏に、犯人を再逮捕するつもりなのさ」
リン
「おかげで俺たちみたいな、閑職の人間も駆りだされてるってワケだ」
タクミ
「閑職?」
リン
「特捜係。知ってるか?」
タクミ
「いえ」
リン
「だろうな。まあ、それは良い」
リン
「問題は犯人が、アマノを逆恨みしている可能性が、有るということだ」
タクミ
「…………!」
リン
「アマノはどこに……」
タクミ
「アマノは……帰りました……!」
リン
「帰った? いつの間に……」
タクミ
「刑事さんを見て……」
リン
「俺たち?」
タクミ
「乱射魔の仲間かもしれないと、思ったみたいで……」
タクミ
「それで、裏門の方に行きましたよ」
ノリコ
「あー。完全に先輩のせいっスね」
リン
「お前のせいかもしれないだろ?」
ノリコ
「無いっス」
タクミ
「無いですね」
リン
「…………」
リン
「俺は走ってアマノを追う。ノリは車を頼む」
ノリコ
「了解っス」
ノリコ
「それじゃ、協力に感謝するっス」
リンは走り出した。
すれ違う生徒が、ビクリと怯えた様子を見せた。
ノリはタクミに頭を下げ、別方向に走り出した。
2人の姿が、正門前から消えた。
あとにはタクミだけが残された。
タクミ
(俺は……)
タクミ
(帰るか)
タクミは正門を抜け、校庭を出た。
正門沿いの歩道を歩き、少しして、角を曲がった。
タクミ
(そうだ……)
タクミ
(アマノと携帯の番号を、交換したんだったな)
タクミ
(刑事さんのこと、アマノに連絡入れとくか)
タクミは服のポケットから、携帯を取り出した。
そのとき……。
「あの~」
警官の制服を着た男が、タクミに声をかけてきた。
タクミ
(また刑事さん……。いや、おまわりさんか?)
タクミ
「何ですか?」
タクミは携帯をしまい、まっすぐに男を見た。
「そちらの学校に、アマノ=イツキさんという方がいらっしゃいますよね?」
タクミ
「はい……」
「あのガキの仲間だな。お前」
タクミ
「えっ……!?」
男の手が、タクミへと伸びた。
タクミは動けなかった。
タクミの首に、スタンガンが押し当てられた。
タクミ
「がっ!?」
高電圧の一撃を受け、タクミは倒れた。
警官制服の男/オウジロウ
「ハハッ」
オウジロウ
「人質ゲットォ~♪」
男の制服は、背中側が、焼け焦げていた。
……。
イツキは、普段とは違う経路で、自宅を目指していた。
そのとき……。
リン
「待て」
人殺しの目をした男が、イツキを呼び止めた。
リン
「アマノ=イツキだな?」
イツキ
「……何の用だ」
イツキは、背中の包みに手を伸ばした。
そして、包みからコカゲを取り出した。
リン
(アシハラ刀……?)
イツキ
「…………」
イツキは男を睨んだ。
そして、いつでも抜刀が出来るように構えた。
リン
「落ち着け。敵対する意思は無い」
リン
「俺はオオカワ=リン。ヨコミゾ署勤務の、刑事だ」
イツキ
「刑事さん……?」
リン
「ああ。警察手帳でも見るか?」
そう言って、リンは懐に手を入れた。
そして、警察手帳らしき物を取り出した。
イツキ
「見せられても、本物かどうか分からないんですよね……」
リン
「……そんなに疑わしいか? 俺が」
イツキ
「雰囲気が、普通じゃない」
リン
「雰囲気とか言われてもな……」
イツキ
(ディープシフター……? けど、それだけじゃ無いような……)
イツキ
「本物の刑事さんだとして、どうして俺を追ってきたんですか?」
リン
「昨日、お前が捕まえた男が、脱走した」
イツキ
「えっ……!?」
リン
「お前やその家族に、危害が及ぶ可能性が有る」
リン
「だから、俺が来た」