その13「イツキといつもの授業」
結局、イツキの意見は受け入れられなかった。
イツキはタクミと共に、ダンジョンに潜ることになった。
なってしまった。
そして、リンカー装着の時が来た。
タクミ
「ほら」
タクミはイツキに向けて、スレイブリンカーを放った。
イツキはロクに見もせずに、リンカーをパシリと受け取った。
イツキ
「…………」
普段付き合いの無いタクミでも、イツキが不機嫌らしいということは分かった。
タクミ
「まだ怒ってんのかよ?」
イツキ
「別に……」
イツキは俯いたまま、リンカーを手首にはめた。
それを見るとタクミは、イツキの隣の席に座った。
アンコ
「各自、レイヤーシフトを許可する」
タクミ
「行くぜ。今日は俺のダンジョンだ」
イツキ
「はいはい」
イツキは投げやりに答えた。
他のクラスメイトから少し遅れて、イツキは心層にシフトしていった。
……。
イツキとタクミのマインドボディが、心層に出現した。
2人が降り立ったのは、タクミのダンジョンの頂上だった。
イツキ
「…………」
イツキは、タクミの様子をうかがった。
そのとき……。
イツキたちから少し遅れて、アンコのマインドボディが出現した。
その体は、半透明だ。
ハーフシフトのようだった。
アンコ
「やっ」
アンコは挙手の敬礼を、崩したような仕草を見せた。
イツキ
「何しに来たんですか」
イツキはアンコを、嫌そうに睨んだ。
アンコ
「何って、生徒を見守るのも、教師の務めだからな」
イツキ
「いつも見てるでしょう。たまには他に行ったらどうです?」
アンコ
「嫌だよつまらん」
イツキ
「…………」
アンコ
「冗談だ」
アンコ
「新しいパーティが、上手く機能するか、見守る必要が有る」
イツキ
「もし機能しなかったら?」
アンコ
「ノガミには、元のパーティに戻ってもらうことになるかな」
イツキ
「なるほど」
イツキ
(わざとヘマをしたら良いワケだ)
アンコ
「わざとヘマすんなよ」
イツキ
「!?」
アンコ
「意外と分かりやすいやつだな。お前」
イツキ
「勝手に分かったフリを、しないで下さい」
アンコ
「ははっ」
アンコ
「お前の動きは、いつも見てるからな」
アンコ
「不自然な動きをしたら、すぐに分かるぞ?」
イツキ
(ストーカーか?)
タクミ
「観念しろ。アマノ」
イツキ
「…………」
3人で、ダンジョンの入り口へ向かった。
階段を降り、第1層へ。
特に合図をすることも無く、各自でマインドアームを出現させた。
ハーフシフトであるアンコは、素手のままだった。
イツキとタクミは、少し距離を取りつつも、並んで歩いた。
2人で、1層の敵を倒していった。
とっくに攻略済みの階層だ。
何のトラブルも無く、3人は、2層への階段にたどり着いた。
タクミ
「やっぱり、普通に動き良いよな。お前」
イツキ
「まさか」
タクミ
「謙遜すんなよ」
イツキ
(そんなんじゃ無いが……)
イツキ
「お前さ、どうしてそんなに、俺と組みたがるんだよ?」
タクミ
「言っただろ。俺は4組に行きたい」
イツキ
「5組の連中は、皆そうらしいな」
タクミ
「お前は違うみたいだが」
イツキ
「まあな」
アンコ
「そうなのか?」
イツキ
「ダンジョン科の生徒は、1年の2学期から、『セントラルD』の入場許可が得られる」
イツキ
「俺の目当てはそれです」
セントラルD、あるいは中央ダンジョンとは、心層に存在する巨大ダンジョンだ。
セントラルには、パーソナルダンジョンでは得られない宝が有る。
富と名声を得るために、多くのシフターが中央に挑んでいた。
アンコ
「なるほど。アマノは探索者-シーカー-希望か」
イツキ
「まあ、一応」
アンコ
「けど、授業もマジメにやった方が、良いぞ」
アンコ
「あんまり成績不良だと、許可が取り消されるかもしれないからな」
イツキ
「えっ?」
アンコ
「可能性の話だ」
イツキ
「……座学はちゃんとやってますよ」
学校の勉強に対し、イツキはマジメだった。
入学試験の成績も、トップクラスだった。
ただ、ダンジョンが無いので、上級クラスには行けなかった。
アンコ
「実習で活かすための、座学だ」
アンコが珍しく、教師らしい正論を言った。
イツキ
「ぐぬ……」
イツキは、言い返すことが出来なかった。
タクミ
「フッ」
イツキの様子を見て、タクミは失笑した。
イツキ
「…………」
イツキはタクミを睨んだ。
イツキ
「結局、お前は何なんだよ?」
イツキ
「4組に行きたいって? 俺にキャリーして欲しいのか?」
キャリーとは、実力上位の者が、実力下位の者を引き上げることだ。
ダンジョン界隈においては、パワーレベリングと呼ばれる行為が、主にそれに当たった。
タクミ
「そうだ」
イツキ
「堂々と言うことか?」
タクミ
「悪いか?」
イツキ
「格好良くは無いな」
タクミ
「知ってるか? アマノ」
タクミ
「この学校で、5組から4組への昇級は、滅多に起こらねえ」
イツキ
「そうなのか?」
タクミ
「お前……本当に興味ねえんだな」
タクミ
「とにかくだ」
タクミ
「4組と5組の生徒の間に、そこまで絶対的な、素質の差が有ると思うか?」
イツキ
「さあな」
4組も5組も、イツキにとっては大差が無かった。
どちらも、自分を見下してくる連中だ。
イツキ
「けど、入試で優秀だったから、連中は4組に居るんだろ?」
タクミ
「それにしてもだ」
タクミ
「入試30位の奴と、31位の奴で、そこまでの差が有ると思うか?」
イツキ
「無いかもな」
タクミ
「だろう?」
タクミ
「だったらどうして、4組下位と5組上位で、差が出来ちまうのか……」
タクミ
「4組上位の天才たちが、下位メンバーをキャリーするからだ」
タクミ
「俺は、そう考えてる」
イツキ
「……なるほど?」
タクミ
「有り得る話だろう?」
タクミ
「上位の連中だって、仲間に足を引っぱられたくは無いだろうしな」
タクミ
「それに、いちいち仲間が入れ替わってたら、足並みも揃わねえだろ?」
イツキ
「かもな」
タクミ
「気がねえな」
イツキ
「興味が無いんでな」
イツキ
「俺が興味有るのは、どうやったらお前と、パーティ解散出来るかって事だけだ」
タクミ
「無理だな。諦めろ」
イツキ
「……なんでだよ」
タクミ
「お前……」
タクミ
「実力を隠してるだろ?」
イツキ
「…………」
イツキ
「何の話だ?」
タクミ
「ごまかすな。いまさら隠せると思ってんのか?」
タクミ
「昨日、俺とイバラギは、夢魔に瞬殺された」
タクミ
「残りはお前と先生だけ」
タクミ
「どうせ、お前もすぐにベイルアウトしてくる」
タクミ
「俺はそう思ってた」
タクミ
「けど、お前は夢魔が倒されるまで、帰って来なかった」
イツキ
「隠れてたのさ」
イツキ
「お前らが倒されるのを見て、ビビっちまってな」
タクミ
「それなら先生は、生きちゃいねえよ」
アンコ
「うんうん。その通りだ」
アンコは大げさに、頷いてみせた。
イツキ
「先生……!」
タクミの援護をしたアンコを、イツキは睨みつけた。
アンコ
「アマノォ~」
アンコは、にやにやと笑いながら言った。
アンコ
「教師が生徒に、嘘つくわけにはいかんだろ~?」
イツキ
「教師なら、プライバシーって言葉の意味を、勉強して下さい」
アンコ
「何だそりゃ? 酒の名前か?」
イツキ
「…………」
タクミ
「詰みだ。諦めろよ。アマノ」
イツキ
「分かった。俺はお前の100倍強い。お前はザコで、俺は強者だ。認めるよ」
タクミ
「それはそれでムカつくな」
イツキ
「けど、お前をキャリーしてやるつもりは、無いからな」
タクミ
「先生の前で、堂々と手を抜くなんて、許されると思うのか?」
イツキ
「本気でやるさ」
タクミ
「よし。その意気だ」
イツキ
「…………」
イツキ
(……学校の授業のレベルでな)
いつもの通りにやる。
つまりはそういう事だった。
……。
イツキたちは、黙々とダンジョンを進んだ。
2人に増えた分、いつもより順調だった。
連携も、初めてにしては悪くない
だが、相対する敵も、徐々に強くなっていった。
そして……。
豚の迷獣
「ブヒャーッ!」
イツキ
「っ……!」
迷獣の体当たりが、イツキをふきとばした。
豚4頭の群れで、イツキのパワーは、その突進を止められなかった。
1頭は返り討ちにしたが、それまでだった。
結果として、イツキはモロに、豚の攻撃を受けてしまった。
バリアが消費され、リンカーが輝いた。
イツキ
「お先」
地面に転がったイツキは、タクミを見て言った。
意地悪そうな笑みを浮かべていた。
イツキの体が輝き、消えた。
ベイルアウトだった。
タクミ
「えっ!?」
あっさり敗北したイツキに、タクミは驚きの声を上げた。
アンコ
「あーあ。私も抜けるわ」
タクミ1人では、豚の群れを相手に、どうしようもない。
そう判断したアンコは、戦況に見切りをつけた。
アンコは目を閉じて、心層を離脱した。
タクミ
「えっ?」
後にはタクミと、3頭の豚だけが残された。
豚の迷獣
「ブヒュウウウウウゥゥゥッ!」
3対の豚の瞳が、タクミへと向けられた。
タクミ
「っ!」
タクミ
「うおおおおおおおぉぉっ!」
タクミはやけになり、斧を上段に振り上げた。
そして、豚へと突撃していった。
タクミ
「ぶげっ!?」
策の無い突撃は、あえなく吹き飛ばされた。
リンカーが発動し、タクミはベイルアウトした。
タクミの意識が、現実に戻って来た。
タクミ
「っ……!」
タクミは椅子から立ち上がった。
その表情からは、苛立ちが見て取れた。
タクミは、イツキの方を向いた。
タクミが席を移動したため、イツキの席は、すぐ隣に有った。
イツキ
「…………」
イツキは無表情に、タクミを見上げた。
タクミ
「お前……! マジメにやってるのか……!?」




