その9「夢魔とオリハルコンソード」
ユニコ
「区切り……ですか?」
イツキ
「俺は飯食ったら、心層に潜ることにしてるんだ」
イツキ
「マジメに戦ってる時に、風呂に呼ばれたら、興醒めだからな」
ユニコ
「なるほど?」
ユニコは、あまり釈然としなかったようだ。
だが、話を掘り下げることも無かった。
イツキ
「あ……。風呂の順番で、希望とか有るか?」
ユニコ
「順番?」
イツキ
「女子なら、色々と有るんじゃ無いのか?」
イツキ
「男の後は嫌だとか、アラフォールージア人のオッサンの後は嫌だとか」
ヤーコフ
(ソ連だが)
ユニコ
「いえ。お世話になっている身の上ですし」
ユニコ
「別にアマノさんの後でも、全く構いませんよ」
アキヒメ
「それでは、ユニコさんは3番目で良いですか?」
ユニコ
「はい。分かりました」
イツキはダイニングを出て、バスルームへ向かった。
湯船に栓をして、給湯器のスイッチを押した。
給湯器ちゃん
「湯張りします」
給湯器が、湯張りの開始を告げた。
湯船にちょろちょろと、お湯が流れ込む。
イツキは湯船の蓋を、閉めた。
そして、バスルームから出ると、自室へ戻った。
そこで20分ほど、学校の勉強をした。
勉強に区切りがつくと、再び風呂の方へ向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、バスルームへ。
体を洗い、湯船につかり、体を休めた。
風呂を出ると、部屋着を着て、リビングへ向かった。
リビングには、ヤーコフ、ナツキ、ユニコの姿が有った。
3人とも、ソファに腰掛けている。
テレビを見ながら、雑談しているらしい。
アキヒメとユーリの姿は、無かった。
自室に戻ったらしい。
ユニコ
「アマノさん」
ユニコがイツキに気付き、顔を向けてきた。
イツキ
「ゴチです」
イツキはユニコを見ながらそう言った。
ユニコ
「ゴチ……?」
ユニコは首を傾げた。
ナツキ
「いっくんは、お風呂から出るとそう言うのよ」
ユニコ
「???」
ユニコには、アマノ家の文化は分からなかった。
廊下の方で、扉が開く音がした。
イツキの位置からは見えないが、アキヒメが、部屋から出てきていたのだった。
アキヒメは、そのままお風呂へ入っていった。
イツキはそれを気にせずに、ヤーコフに声をかけた。
イツキ
「父さん、よろしく」
ヤーコフ
「ああ」
ヤーコフは、ソファ前のローテーブルに、手を伸ばした。
ローテーブルの上には、リンカーが置かれていた。
本来、リンカーは高級品だ。
あまり、雑に扱って良い物では無い。
にもかかわらず、大雑把に転がされていた。
ヤーコフの手が、2つのリンカーを掴んだ。
一つを自分の手首にはめ、一つをイツキに放った。
イツキはリンカーを受け取り、左手首にはめた。
ユニコ
「心層に行かれるのですね?」
ユニコがイツキに尋ねた。
イツキ
「ああ」
ユニコ
「見学させてもらっても良いですか?」
イツキ
「ハーフシフトなら良いけど……」
イツキ
「見ててもつまらんと思うぞ」
イツキはユニコの見学に、あまり乗り気ではないようだった。
だが、拒絶をすることも無かった。
ユニコ
「それは、見なくては分かりません」
イツキ
「……好きにしろよ」
イツキ
「父さん」
イツキは、ヤーコフに声をかけた。
するとヤーコフは、追加のリンカーに手を伸ばした。
ヤーコフ
「ほい」
ヤーコフは、リンカーをユニコに投げた。
山なりの軌道。
リンカーは、ぽてりとユニコの手中に落ちた。
ユニコ
「どうも」
ユニコは受け取ったリンカーを、手首に装着した。
イツキ
「俺は、自分のベッドから潜る」
イツキ
「……体冷やすなよ」
ユニコ
「はい。お気遣いありがとうございます」
イツキは、廊下へと向かった。
自室の前へ。
扉を開け、中へ。
部屋に入ると、一直線に箪笥へと向かった。
イツキは箪笥の上部、ハンガーラックの部分を開けた。
箪笥の隅に、細長い布包みが、立てかけられていた。
イツキは包みを取ると、箪笥を閉めた。
そして、包みを解き、中身を取り出した。
現れたのは、刀だった。
それも、ただのサムライソードでは無い。
刀の鞘は、オリハルコンで出来ていた。
オリハルコンの価値を考えれば、贅沢すぎる使い方だ。
ただの学生が、持っていて良いような代物では無い。
だが、それはイツキ自身の物だ。
イツキはそれを、疑っていない様子だった。
イツキは刀を持ったまま、ベッドへ横たわった。
そして、布団をかぶった。
イツキの体が輝いた。
刀も。
心層にシフトした証だった。
イツキ
「…………」
イツキのマインドボディが、ダンジョンの頂上に立った。
イツキには、ダンジョンが無い。
ここは、ヤーコフのダンジョンだった。
イツキは周囲をざっと見ると、右手で、左手首に触れた。
そして、リンカーを外した。
つまり、安全装置を外したということだ。
イツキはリンカーを、ボトムスのポケットに入れた。
そして、淀み無い所作で、抜刀した。
刀の扱いに慣れている様子だった。
刀の刃が、ぎらりと輝いた。
鋼の刃では無い。
オリハルコンの刃だった。
刀の銘は、コカゲといった。
イツキ
(始めるか……)
そのときイツキは、ユニコが見学にくるという話を思い出した。
イツキ
(あいつを待った方が良いか)
イツキは抜き身の刀を持ったまま、棒立ちでユニコを待った。
イツキ
「…………」
イツキ
(じれったいな)
イツキの心がはやったが、それでも我慢して待った。
何分か待つと、ユニコのマインドボディが現れた。
ユニコの銀ツノが、心層できらりと輝いた。
ユニコ
「お待たせしました」
イツキ
「どこからシフトしてるんだ?」
ユニコ
「リビングの、ママさんの膝の上から」
ユニコ
「ちなみに、毛布はフカフカです」
イツキ
「良い暮らしだな」
ユニコ
「そうですね」
イツキ
「ってお前……」
イツキは、ユニコの体が透けていないということに気付いた。
イツキ
「ハーフシフトにしろって言ったはずだろ?」
ハーフシフトであれば、マインドボディが透けていないとおかしい。
ユニコは、普通にシフトしてきたということだ。
リンカーの安全装置が有るとはいえ、危険はゼロでは無い。
ユニコ
「自分の身くらい、自分で守れますよ」
ユニコはそう言って、ツノを輝かせた。
すると、空から獣が飛来してきた。
イツキ
(夢魔……! いや……。天獣……)
獣は、ダンジョンの頂上に着地した。
イツキは、降りてきた獣の姿に、見覚えが有った。
イツキ
「俺を轢いた猫か」
ルー
「みゃあ……」
ルーは、申し訳無さそうに鳴いた。
イツキ
「いや。別に怒って無いけどさ」
ルー
「みゃっみゃ」
イツキ
「お前、戦えるのか?」
ルー
「みゃっ!」
イツキ
「なるほど?」
イツキ
「自分の身は、自分で守るって言って、猫を戦わせるのか?」
ユニコ
「ルーは、お友だちだから呼んだだけです」
ユニコ
「戦わせるつもりは有りませんよ」
ルー
「みゃふー」
イツキ
「やる気みたいだが」
ユニコ
「錯覚でしょう」
イツキ
「なるほど?」
イツキ
(まあ、リンカーが有れば、ユニコが死ぬリスクは少ないが)
イツキ
(先生の時みたいな、大物がやって来なけりゃだが……)
ユニコ
「アマノさんのマインドアームは、刀なんですね」
ユニコがイツキの刀を見て言った。
イツキ
「これか? これはマインドアームじゃ無いぞ」
ユニコ
「そうなんですか?」
イツキ
「オリハルコンで出来てる。だから、心層にも持ち込める」
ユニコ
「どうやって手に入れたんですか?」
ユニコ
「お小遣いで買えるような代物には、見えませんが」
イツキ
「父さんから貰った」
ユニコ
「ギフトですか」
イツキ
「ギフテッドだ」
ユニコ
「トーキョーで、4LDKのマンションに住んでるだけのことは、有りますね」
イツキ
「別に、都会だからって、そこまで高いものでも無いっぽいけどな」
ユニコ
「そうなんですか?」
イツキ
「近場に『ネオトーキョータワー』が有るからな」
かつてミナト区には、トーキョータワーと呼ばれる、赤い電波塔が有った。
パリのエッフェル塔を、模したものだった。
今はもう、存在しない。
1969年に、失われてしまった。
代わりに、天蓋まで伸びる、巨大な塔が出来ていた。
有毒な瘴気を放つ、人を寄せ付けない、魔の塔だった。
それは、かつてのトーキョータワーにちなんで、ネオトーキョータワーと呼ばれた。
イツキ
「タワーの瘴気は、有毒だ」
イツキ
「亜人が産まれてくるのも、タワーのせいって話も有る」
イツキ
「あくまで仮説だが、それを信じてる人は多い」
イツキ
「実際、アシハラは、外国より亜人が多いらしいしな」
イツキ
「トーキョー住まいなんて、そんなに羨ましいものでも無いんだよ」
ユニコ
「『スカイツリー』は綺麗ですけどね」
スカイツリーとは、スミダ区に浮かぶ大樹だ。
幹の直径は、1キロメートルは有る。
高さは、その50倍は下らない。
どうして出現したのか。
何のために。
何も分かってはいなかった。
ネオトーキョータワーと並ぶ、世界の謎だった。
ユニコ
「不思議で、幻想的で……」
ユニコ
「あの大樹は、どうやって空を飛んでいるんでしょうね」
イツキ
「さあな」
イツキ
「とにかく、身の安全には代えられない」
イツキ
「だから、本当の金持ちは、チバとかカナガワに住むのさ」
ユニコ
「サイタマは?」
イツキ
「あそこは、都会指数が低すぎる」
ユニコ
「なるほど」
イツキ
「……親から武器を買ってもらうなんて、ダサいって思うか?」
ユニコ
「いえ。きちんと役立てているのなら、良いのではないですかね」
イツキ
「そっか」
ユニコ
「それでは行きましょうか」
そう言って、ユニコはダンジョンの入り口を見た。
イツキ
「言っとくけど、ダンジョンには行かないぞ」
ユニコ
「パパさんのダンジョンに、潜るのでは無いのですか?」
イツキ
「いや……」
イツキ
「こうする」
そう言うと、イツキは刀を、左手首に当てた。
ユニコ
「えっ……!?」
自傷。
手首に切れ目が入った。
傷口から、輝くマインドブラッドが流れた。
ユニコ
「いったい何を……!?」
イツキ
「知ってるか?」
イツキ
「夢魔は、マインドブラッドの匂いに惹きつけられる」
イツキ
「こうして血を流しておけば……」
イツキは上方を見て、待った。
やがて、上空から、夢魔が飛来した。
そして、ダンジョン頂上に着地した。
その夢魔は、蚊のような姿をしていた。
夢魔
「…………」
夢魔の目が、イツキを捉えた。
イツキ
「こうやって、夢魔が現れるってワケだ」
ユニコ
「どうしてこんなことを……!?」
イツキ
「どうしてもなにも……」
イツキは、オリハルコンの刀を構えた。
イツキ
「夢魔狩りが、俺の日課だ」
イツキ
「猫! ちゃんとお姫様を守れよ!」
ルー
「にゃっ!」
イツキは前に出た。
そして、夢魔に斬りかかった。
夢魔は前脚で、イツキを追い払おうとした。
だが、イツキはそれを回避。
カウンターで前脚に斬りつけた。
夢魔
「…………!」
強固なはずの夢魔の前脚を、イツキの斬撃が、切り落とした。
手傷を負った夢魔は、後ろへ跳躍した。
イツキと夢魔の、距離が離れた。
ユニコ
「凄い……これがオリハルコンの威力……!」
ユニコ
「けど……たった1人で夢魔と戦うなんて……」
普通、プロであっても、夢魔にはパーティで立ち向かうものだ。
1対1で戦うなど、常人の行いでは無かった。
ユニコ
「ルー……! 私たちも援護を……!」
そう言って、ユニコは額のツノを輝かせた。
ルー
「みゃ!」
イツキ
「止めろ!」
ルー
「みゃ!?」
イツキ
「……手ェ出さないでくれ」
ユニコ
「えっ……?」
イツキ
「こいつは俺がやる」




