その8「部屋決めと晩餐」
ユニコ
「どの部屋と言われましても……」
ユニコ
「最初から、選択肢など無いように思われるのですが?」
ヤーコフ
「無いか?」
ユニコ
「まず、夫婦の寝室には、お邪魔をするわけにはいきません」
ユニコ
「次に、アマノさんの部屋を選んだら、何やら下心が有るように見えます」
ユニコ
「アキヒメさんには、歓迎されていない様子ですし……」
ユーリ
「えっ? 俺の部屋? 良いよ!」
ユニコ
「リビングで寝ます」
ヤーコフ
「ダメです」
ユニコ
「なにゆえ……」
ヤーコフ
「実はイツキは、不治の病にかかってるんだ」
ヤーコフは、にやにやと笑いながら言った。
イツキ
「え?」
ヤーコフ
「ユニコには、息子の病気を治してやって欲しいんだよな」
ユニコ
「病気というのは?」
ヤーコフ
「それは……」
ユニコ
「それは……?」
ヤーコフ
「童貞という名の……」
イツキ
「死ねえええええええぇぇっ! クソオヤジイイイイイイイィィ!」
イツキは、バッとソファから跳び上がった。
そのままの勢いで、ヤーコフに殴りかかる
ヤーコフ
「甘い」
ヤーコフは両手で、イツキの右腕を掴んだ。
そしてそのまま、ソファの空きスペースに、倒れ込んだ。
同時に脚を、イツキの後頭部に回す。
変則的な、腕ひしぎ三角固めの形になった。
イツキ
「うげっ!」
ヤーコフ
「そんな見え見えのパンチ、折ってくれって言ってるようなもんだぞ」
ヤーコフ
「まあ折れないんだけど」
イツキ
「ぐぅ……!」
ユニコ
「お強いのですね。パパさん」
ヤーコフ
「いやーはっはっは。照れるなあパパさんだなんてもっと言って」
ユニコ
「パパさん」
ヤーコフ
「良いねえ。今なら息子の腕も、へし折れそうな気がするな」
イツキ
「殺す……! いつかブッ殺す……!」
ヤーコフ
「10年早い」
ヤーコフはそう言って、イツキを開放した。
イツキ
「クソ……」
自由になったイツキは、大人しくソファに戻った。
ユーリ
「やっぱ凄いなあ。とーちゃんは」
ユーリ
「俺はにーちゃんから1本も取れないのに」
武力を見せた父に対し、ユーリは憧れの視線を向けていた。
ユニコ
「日常的にこのような事を?」
ヤーコフ
「訓練だ」
ユニコ
「はぁ……」
ヤーコフ
「人間、いつ襲われるか分からんからな」
ユニコ
「シュアリー」
ユニコは普通に納得した。
ヤーコフ
「それで、部屋の話だが」
ユニコ
「パパさんは、私にアマノさんと、ラブコメをして欲しいらしいですね」
ヤーコフ
「別に、無理に恋愛しろとは言わない」
ヤーコフ
「ただ、イツキと仲良くしてやってくれ」
ヤーコフ
(ショック療法だ。息子よ)
イツキ
「……保護者としてどうなんだよソレは」
イツキはヤーコフを睨んだ。
イツキの価値観で言えば、若い男女を1部屋に押し込むなど、正気の沙汰では無い。
しかも、今のヤーコフは、ユニコの保護者の立場だ。
メチャクチャやっているようにしか思えなかった。
だが……。
ユニコ
「私は構いませんよ」
ユニコは、大して気にしていないといった様子で言った。
イツキ
「えっ?」
ユニコ
「今日1日で、アマノさんの善良さは、身に染みました」
ユニコ
「一緒の部屋に居たからと言って、乱暴されるようなことも無いでしょう」
ヤーコフ
「自分からグワッと行く気は無いか?」
ユニコ
「今のところは無いですね」
ヤーコフ
「そりゃ残念だ」
ユニコ
「そう安い女でも無いので」
ユニコ
「それでは、よろしくお願いしますね。アマノさん」
イツキ
「え……。マジで俺の部屋来るの?」
ユニコ
「お嫌ですか?」
イツキ
「……まあ別に良いか」
ユニコ
「はい」
イツキ
(下手にアレコレ言ったら、どうせまた父さんにからかわれる)
イツキ
(何事も、堂々としてるのが一番だ)
アキヒメ
「『はい』じゃないでしょう!?」
大声と共に、アキヒメがリビングに入ってきた。
話を聞いていたらしい。
イツキ
「ヒメ? いつから居たんだ?」
アキヒメ
「それは……」
アキヒメ
「そんなことは、どうでも良いんです!」
イツキ
「お……おう……」
都合の悪いことは、大声で押し切れる。
そういう事も有るらしかった。
アキヒメは主張を続けた。
アキヒメ
「年頃の男女が、同室で寝て良いわけが無いでしょう」
ユニコ
「まあ、普通はそうでしょうけど」
ユニコ
「私はアマノさんを、信用していますから」
アキヒメ
「甘いです! 大甘です!」
ユニコ
「そうですか?」
アキヒメ
「そうなんです!」
ユニコ
「はぁ……」
アキヒメ
「そういうわけで、ユニコさんは、私が責任をもって、お預かりします」
アキヒメ
「良いよね? お父さん」
ヤーコフ
「ふむ……。百合もまた一興か」
アキヒメ
「また変なこと言ってる……」
ユニコ
「つまり、どうなるのですか?」
ヤーコフ
「ラードナってことだ」
ユニコ
「ラ……?」
アキヒメ
「オッケーだって」
アキヒメ
「行きましょう。ユニコさん。ちょっと散らかってるけど……」
ユニコ
「はい」
アキヒメに誘われ、ユニコは立ち上がった。
アキヒメとユニコは、2人でリビングを出た。
そして、アキヒメの部屋へと入っていった。
イツキは、リビングダイニングの出入り口を見た。
ユニコが出ていった扉だ。
イツキ
(あー……。ちょっと残念かもな)
ヤーコフ
「ちょっと残念だって思ってるだろ」
イツキ
「!?」
図星を突かれ、イツキの体はびくりと震えた。
ヤーコフ
「分かりやすいな。イツキは」
イツキ
「学校だと、『何考えてるか分からなくてキモい』って言われてるんだが?」
ヤーコフ
「お、おう」
ヤーコフ
「その見た目でキモがられるとか、よっぽどだな」
イツキ
「悪かったな……」
イツキはソファから立ち上がった。
ヤーコフ
「一緒に百合でも覗きに行くか?」
イツキ
「行かねえ」
イツキ
「部屋戻って、宿題やる」
そう言って、イツキは部屋を出ていった。
ヤーコフ
「あら寂しい」
ヤーコフ
「ユーリはどうする?」
残されたヤーコフは、ユーリに声をかけた。
ユーリ
「プ○ステ5で『Dチューブ』見る」
ヤーコフ
「そっか。大画面か」
ユーリ
「うん」
Dチューブとは、ダンジョン専門の動画投稿サイトだ。
Dチューバーがオリハルコンカメラで撮影した映像が、そこにアップロードされる。
真面目な戦いの動画も有れば、お笑い重視の動画も有った。
ダンジョンで歌って踊る者たちも居た。
オリハルコンで楽器を作った物好きも居た。
本当に、様々なジャンルが有る。
そのどれもが人気が有った。
アシハラにも、何人ものカリスマDチューバーたちが居る。
キッズに大人気だった。
Dチューブを見るだけなら、携帯でも見られる。
だが、テレビに映した方が、迫力が有った。
部屋で1人こっそり。
居間の大画面でガッツリ。
それぞれに、違った魅力が有った。
ユーリはその日の気分で、携帯とプレ○テ5を使い分けていた。
ヤーコフ
「ナツキ。料理手伝う」
やることが無いヤーコフは、キッチンへと近付いていった。
ナツキ
「ありがとう。あなた」
……。
アキヒメの部屋。
ユニコとアキヒメが、クッションに座って向かい合っていた。
アキヒメ
「ユニコさん」
ユニコ
「はい」
アキヒメは、神妙な顔で、言葉を継いだ。
アキヒメ
「イツキのこと……好きなんですか?」
ユニコ
「それは……」
人として見れば、間違いなく好きだった。
だが、そういう事を聞きたいわけでも無いだろう。
ユニコはそう推測し、アキヒメに尋ねた。
ユニコ
「恋愛的な話ですよね?」
アキヒメ
「……そうです」
アキヒメはこくりと頷いた。
ユニコ
「今のところは、そこまで好きでも無いですね」
ユニコ
(格好良いとは思いますけど)
ユニコ
「私はチョロく無いので」
アキヒメ
「そうですか」
ユニコ
「どうして、そう思われたのでしょうか?」
ユニコは尋ねた。
自分とイツキは、今日出会ったのだ。
それを恋しているなどと思うのは、早合点が過ぎるのではないか。
そう考えた。
アキヒメ
「それは、だって、同じ部屋で寝るなんて言うし……」
ユニコ
「気になるのですか? お兄さんのことが」
アキヒメ
「別に……」
アキヒメ
「私はユニコさんのことが、心配なだけです」
ユニコ
「心配? 私がですか?」
アキヒメ
「イツキのことなんか、好きにならない方が良いですよ」
ユニコ
「はぁ」
アキヒメ
「5年も前のことを、ウジウジと引きずって、周りの事なんか、見ちゃいないんですから」
ユニコ
「5年前……?」
ユニコ
「失恋ですか? 初恋の……」
アキヒメ
「……さあ?」
アキヒメ
「小学生の頃のことなんて、恋だなんて言えるんですかね?」
ユニコ
「分かりませんけど」
アキヒメ
「とにかく、イツキはダメですから」
ユニコ
「……はぁ」
ユニコには、アキヒメがイツキに向けている感情が、分からない。
なので、曖昧に答えるしかなかった。
……。
夕食の時間になった。
ナツキに呼ばれ、一堂はダイニングに集まった。
並べられた料理は、いつもより豪華だった。
ユニコの歓迎祝いのためだ。
ユニコは警察署で、カツ丼を完食していた。
だがユニコには、十二分に、食欲が有った。
加えて、男が3人居る。
食べ残しが出ることは無かった。
ユニコ
「ごちそうさまでした」
豪勢な夕食を堪能したユニコは、ナツキに礼を言った。
ナツキ
「お粗末さまでした」
ナツキはニコニコとして、ユニコに答えた。
イツキ
「んじゃ、湯張りするわ」
椅子から立ち上がり、イツキが言った。
ナツキ
「ええ」
ユニコ
「湯張り? お風呂ですか?」
イツキ
「ああ」
ユニコ
「お早いのですね」
イツキ
「区切りが良いからな」
ユニコ
「…………?」
ユニコは疑問符を浮かべた。