ぎらぎらひかる画布(キャンバス) 水星
「今は地球は太陽の向こう側にあるんだ」とお兄ちゃん流れ星がいいました。
「だから、あの太陽を通りすぎて、その先にいかないといけないんだ」
「太陽を?」
弟くんは太陽を見ました。駆けっこを始めた時は小さな点でしかなかった太陽はいつのまにか一抱えもありそうな火の玉にみえていました。まぶしくて熱いのです。
「まだ先を進んでいる流れ星たちがいる。あいつらを追いこすために近道をしよう」
「近道?」
「そうさ。太陽のぎりぎり横を通るんだ」
「ええ、そんなことしたら溶けて蒸発しちゃうよ」
弟くんは悲鳴を上げました。でも、もうすでにすこし体がとけはじめていたのですから、弟くんのいうことももっともなことでした。これより近づいたら本当に溶けてなくなってしまうのは間違いありません。
「水星をうまく使うんだよ」
「水星?」
いわれて弟くん流れ星は太陽をじっとみつめました。と、太陽から少しはなれたところに黒い点があるのがわかりました。どうやらそれも惑星のようです。さっきの火星よりさらに小さな星でした。
「太陽の一番近くをまわっている惑星だよ。あの惑星の影に入ればきっと大丈夫さ。さあ、いこう」
「はぁ、はぁ、はぁ……「
弟くん流れ星は荒い息をつきながらお兄ちゃん流れ星を追いかけていきます。水星の影に入ってもやっぱりすごく熱いのでした。汗がひっきりなしににじんでは、太陽にあぶられてふきとんでいきます。吹き飛んだ汗は、弟くん流れ星のうしろにながれていきます。それはまるで光の尻尾のようでした。
あまりの熱さに、弟くんの目の前がぐにゃぐにゃと曲がりくねりはじめました。
「あれ、あれれ」
真下に広がる水星の大きなくぼみ、お兄ちゃん流れ星はそれをクレータと呼んでいました、がざわざわと波うちはじめます。
あれは地球にあるという海っていうものじゃなかろうかしら
弟流れ星はふわふわする気持ちでそんなことを思いました。道中で教えてもらった地球の話。その時教えてもらった大きな水たまり、それが海だということです。
そうだ、海に飛び込めばきっとつめたいだろう
弟くん流れ星はそう考えると、水星に向かって降りていこうとしました。
それに気がづいたお兄ちゃん流れ星が慌てて弟流れ星の手をつかみました。
「おい、ダメだよ!」
「はなしてよ。ぼくは海にはいるんだ!」
「海だって? そんなものはどこにもないよ。しっかりするんだ!!」
お兄ちゃん流れ星がはげしく弟くんをゆさぶりました。そこでようやく、弟くんも我にかえります。
はっとなってクレータをみると、海はすっかり消え失せ、ぎらぎらと太陽の光を反射させているばかりでした。海や波は熱が見せた幻だったのです。お兄ちゃん流れ星が太陽の光から弟流れ星をまもるように抱きしめてくれました。
「これで少しは涼しいだろ。 さあ、もうすこしがんばろう」
お兄ちゃん流れ星の言葉に弟流れ星はだまってうなづきました。
二人は一緒になって燃え立つ太陽の横を通り過ぎるのでした。
2022/01/02 初稿