心優しき一つ目の巨人 木星
「おちつくんだ」
お兄ちゃん流れ星は、逃げる弟くん流れ星においつくといいました。
「だって、だって!」
「だいじょぶだって、これだけ遠ければもうおいかけてはこないよ」
すこし、もじもじしていましたが怖い衛星たちが追いかけてきていないことがわかってようやく弟くん流れ星は落ちつきを取り戻しました。
「さて、でも困ったなぁ」
遠くを見ながらお兄ちゃん流れ星はつぶやきました。というのは逃げる弟くんを追いかけたせいでコースを大きく外れていたのです。先を行く流れ星の一団がずっと遠くで微かに光って見えました。
「これじゃあ、とても追いつけないや」
「追いつけないとどうなるの?」
「さっき地球ってのが目的地って言ったよね。
それは、そこでぼくらの母さんになる人に会うためなのさ」
「ぼくらのお母さん……?」
「正しくはぼくらのかあさんになる人だよ。その人のところに一番にたどり着いた流れ星がひとつだけ人に生まれかわれるんだ」
「ぼくたち、人になるんだ!」
「ひとつだけだよ。一番はやくて、つよい流れ星だけが人になれるんだ」
「人になれない他の流れ星たちはどうなるの?」
「消えちゃうのさ」
お兄ちゃん流れ星の答えに、弟くん流れ星はドキンとしました。
消えちゃうのさ、とお兄ちゃん流れ星はもう一度言いました。まるで自分に言いきかせるようでもありました。
「だから、頑張らないと!
まずは、先を行く流れ星たちに追いつかないといけないな。
よし! 決めた!!」
すこし考えるようすであったお兄ちゃん流れ星は大声で叫びました。そして、弟くんに向かっていいました。
「ついてきて。ぼくに考えがある」
「ねぇ、ねぇ、どこにむかっているの?」
すこしお兄ちゃん流れ星を後ろについて走っていた弟流れ星が言いました。お兄ちゃん流れ星は先を行く流れ星たちに追いつくどころかどんどん横に離れていっていたからです。
「あれだよ」
なんども同じ質問をくりかえして、ようやくお兄ちゃん流れ星がこたえてくれました。
「うわっ?!」
あれ、と言われたものを見て弟くんは思わず声をあげてしまいました。いつの間にか淡いオレンジ色の惑星が目の前いっぱいにあったからです。
オレンジ色一色ではなく、白っぽかったり、茶色に近い色だったり少しずつ色合いの違う横しまがまるで木目のように見えます。
「あれは木星だよ。
今からあの惑星に落っこちるよ」
「落っこちる?」
弟流れ星は意味が分からず聞き返しました。けれど、お兄ちゃん流れ星はそれにはこたえてくれず、ただ一言だけいいました。
「とにかく、ぴったりぼくの後ろについてくるんだ」
言われたとおり、お兄ちゃん流れ星の後ろにぴったりついていくと、なにかに体を引っ張られるような気持になりました。気持ちだけではなく、じっさいに引っ張られているのです。兄弟流れ星の速度はどんどんはやくなっていきました。
「うわ、僕たち、木星にひっぱられている?!」
これがお兄ちゃん流れ星のいった『木星におっこちる』という意味だったのです。木星がぐんぐんと大きくなって、もう目の前は木星しか見えないぐらいになりました。それでも速度はとまることなく、、早くなる一方でした。
「こ、このままだと、木星にぶつかっちゃうよ!」
弟くん流れ星は目を回しそうになりながら叫びました。
「大丈夫。このまま、このまま!」
お兄ちゃんも叫びかえしてきました。その時です。木星の表面がぐるぐつとうずまくと、大きな目が一つ現れました。赤みのつよい目の玉が近づいてくる兄弟流れ星をぎょろんとにらみつけました。それはまるで一つ目の巨人です。
「うわ、うわ、お兄ちゃん! 目だよ、大きな目がぼくらをにらんでいるよ!」
「心配いらない。木星は優しいからね。ぼくらのことを見ているだけさ」
「でも、でも……うわぁぁぁぁ~~~」
そんなやり取りをしている間にも木星はどんどん近づいてきて、もう今にもぶつかって粉みじんに砕けてしまいそうでした。
弟くんは思わず悲鳴を上げました。
2022/01/02 初稿