金木犀の香り
机の上で、蝋燭に灯ったたくさんの青い火がゆらゆら揺れる。
火を灯す前にも微かな香りがしたが、火を灯した後ははっきり香りを感じる。
嗅いだことのある香り。
お兄様がいつも付けている香水の香りと同じ。
甘くて優しい、金木犀の香りだ。
この香りを嗅いでたら、安心感から肩の力が抜けて頭が少しぼーっとしてくる。
また悲しませちゃったらどうしようという思いが薄れ、気になっていたことを聞いてしまった。
「お兄様、なんで魔法を見せてくれたの?...いいの?」
「……。」
沈黙が流れる。
しまった。
やっぱり聞いちゃいけなかったかなと思い、恐る恐る横を見るとニッコリと笑うお兄様と目が合った。
青い蝋燭の火で、お兄様の銀色の髪が澄んだ青色に見え、金色の瞳が夜空に散りばめた宝石のように輝く。
あまりの美しさに見惚れてしまい、言葉が出てこない。
「セウス、そんなに気を遣わないで。魔法をセウスに見せたのはただの気まぐれだよ。」
お兄様は、悲しむ訳でも怒る訳でもなく答えてくれた。
「…気まぐれ?」
気まぐれなんてお兄様に限ってあるんだろうか。
そんな疑問が浮かんだが、これ以上聞いて気を悪くさせたくないと思った。
お兄様は気を遣わないでって言っていたけれど、気を遣う癖は抜けそうにない。
だから、これ以上は聞かない。
「そう気まぐれ。本当は家族でも秘密にしなきゃいけないんだけどね。
セウスに喜んで欲しかったんだ。せっかくのパーティーだからね。」
昼間のお兄様の様子を思い出すと、気まぐれで私に魔法を見せてくれるような風に見えなかった。
けれどお兄様の表情から嘘を言っているようには見えない。
あの後、何かあったんだろうか。
とりあえず、家族でも教えてはいけない秘密を見せてくれたのだからお礼は伝えないと。
「そ、そうなのね。お兄様ありがとう。
素敵な魔法が見れて嬉しかった。誰にも言わないって約束する。」
何にせよ他言しないようにしよう。
両手を胸の前でグーにして気を引き締める。
意気込んだ私の態度を見て察したのかお兄様は優しくこう言った。
「お父様とお母様になら言っても大丈夫だよ。
お父様は魔法喚起師だから、実は僕がどんな魔法を使えるか知っているんだ。
それにお母様もいずれ知ることになるだろうから。
家族にでも言ってはいけない約束は、僕たちは例外になるよ、きっと。」
お兄様は何かわだかまりが解けたような清々しい顔で見つめてくる。
なんで忘れていたんだろう。
魔法喚起師はその人を見ただけでどんな魔法が使えるかが見えると、以前お兄様が教えてくれたのを思い出す。
その魔法喚起師が家族なら、確かに例外になるのかもしれない。
いや、例外になるんだろうか?
少しモヤモヤしたが眠気からか思考力が低下する。
それと、お兄様の “お母様もいずれ知ることになる” この言葉が引っかかったが、お母様にも魔法を見せるのかもしれないと思い気に留めないようにした。
「そもそも、なんでどんな魔法を使えるか言っちゃいけない決まりがあるの?」
昼間からの疑問を投げかける。
「そうそう。セウスはそうやってたくさん質問してくれていいんだからね。」
なんて説明しようか考えているお兄様。
そうだ!良い説明を思いついた!と言わんばかりの顔をした。
どんな言葉が来るのか思わず身構えてしまう。
身構えている私を見てお兄様は笑う。
「アハハッそんなに身構えなくても! セウスが大人になったらわかるよ。」
予想外のお兄様の言葉に拍子抜けする。
「もーう!お兄様からかってるだけでしょう!」
時刻は22時になろうとしていた。