それぞれの物語
前話ラスト読んで相方にやってくれたなぁ!!って言いたくなったので僕もそうしました。
反応が楽しみな片割れです。
これは、『彼女』は知らない物語。そして、「彼女」しか知らない物語。
あるボロ家の前で交わされる、ソレと「彼女」の応酬。
「初めまして、かわいイヒーローさん。」
「・・・・・・ええ、初めまして、ね。」
淡々と交わされる挨拶。膨れ上がる様々な感情が相殺し合い、一周して平静にも見えるその挨拶。しかし、その均衡はすぐに崩れる。
「私の僕が世話になったようねェ?その上わざわざこんなところまで邪魔してきて……。こンの落とし前、どうつけてくれよウか!」
火の化身と化したソレから火の粉が舞う。舞った火の粉は風に乗るより早く、彼女を貫こうとするも
「残念だけど、その火は効かないよ!」
「!?」
全てかき消されてしまう。驚きを隠せないソレを無視して、消えた火の粉を反芻しながら少女は言葉を紡ぐ。
「なんて冷たい火。まるで強くなりすぎて、それでも静かに揺蕩う青い火。吸い込まれそうな、静かな静かな、極熱の火。」
「あんたァ、何者だい?」
自分が尋常な存在ではないと知りつつも、相対する少女も尋常ではないと気づき、訝しむ。
「名乗るつもりはないの。でも挨拶にと思ってね。おばあちゃん。」
「フンッ挨拶?カカ…カカカカカカカカカカカ!!そうかい、挨拶がてら私の僕を下し、こんなボロ家まで私の邪魔をしに来たってのかい?ふざけるんじゃァないよ!」
「彼女」めがけて火が伸びてゆく。しわがれた笑い声と、それに似つかわしいしわがれた手のような禍々しくも、力強い火は「彼女」をとらえる。
「くっ・・・・・・」
「あんたァ、ここの家の奴がどんなのか知ってるかイ?娘にろくな服も着せず、こんな寒空の中で一人働かせるようなやつさね。そんなのをなぜ助ける。なぜ邪魔をする!!あア、寒い。この家をくべて、私は大きく燃え上がる。暖まりたい。暖めてやりたいのさァ!!この身体を!!!」
より一層火が強くなる。ソレから発せられる火は、もう辺り一帯の雪が掻き消えるほど。雪の積もっていたそこは、灼熱の大地に姿を変え、そして近くにあったボロ家にまで引火していく。
「そうね。・・・・・・たしかに酷い人間かもしれない。でも、だからと言って、殺していいはずがない!・・・・・・あなたのこの火、この手、私が・・・!」
火に掴まれたまま、彼女は力を使っていく。燃える家から火を消し、つかむ火の手からを火を取ってく。
「火が・・・・・・吸われる!?・・・・・・・・・ああそうかい!でもそれがどうしたってのさ!!吸いきれなくなるまでェ、燃えればいいのさ!」
「くぅっ・・・・・・抑え、きれない!熱すぎる・・・・・・それでも私が。私がやらなきゃいけないんだ!うああああああああああああああああ!!!」
「これだけやってもまだ耐えるのかイ。威勢だけじゃないってことさね。それなら私も、本気を出さなきゃァならないね!」
「まだ上がるの!?くっ・・・・・・あと、あと少しなのに!私が、私がやらなきゃいけないのに!あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
ブツン、となにかが切れる音がした。
余りにも強い火は、二次燃焼を引き起こす。流れ込んでくる火は彼女の中を駆け巡り、そして
「どんな無茶してるの!!馬鹿!!」
本来の身体の持ち主へと切り替わる。ここからは、「彼女」の物語。『彼女』は暫しの退場を。
「こんなになるまで火を溜めて・・・・・・私の身体ってこと、忘れないでよ!」
言いながら、火の手の拘束を解く。いや、その場で火を操り弾いた。さっきまでとは明らかに違う彼女の様子に、ソレは反応できていない。それどころか、自分の火を、熱の多くを吸われてしまったソレは、最早碌に動けもしない。そもそもがこのボロ家を燃やして力をつけようとしていたのだ。もう余力も残っていない。
「ふざけるなよ・・・・・・なんなんだお前は!なんだって言うんだ!」
私が何か?そんなのわからない。私はただのビンボーな家の娘。それが変な出会いをして、身体を乗っ取られるわ火の中に突っ込んでいくわ、挙句私の意識は飛んで起きたらこんな状態。何がどうなってるのか私だって知りたい。
でも、沈む意識の中で、これだけは感じた。右も左もわからない中でも、どうにかして「助けたい」という強い思いを。きっと、あの子も同じなんだ。そういえば、そんなことを言っていた。
大きく息を吸って、もう一人のコトを思い出す。いいえ、もう一人のワタシに倣って、はしたなく、元気よく、名乗りを上げる。
「私は、マッチ擦りの少女だ!」
そう言い放ち、ソレの元まで距離を詰める。伸ばした指先から、チリチリと火が出ているのを感じた。
「あなたがワタシをいじめた仕返し、おりゃぁぁぁあああああああああ!!!!」
どこか気の抜けるような掛け声とは裏腹に、前に突き出した両手から一気に火柱が伸びていく。ため込んだ火、やられた分だけ、その火に押し込まれ、ソレは遥か遠くまで吹き飛んでいく。
その火柱の勢いたるや。まるで空を裂く神の剣か。しかし不思議と見た目とは裏腹に、灼熱とは程遠い穏やかな温かさ。それはまさに、小さなマッチに点いた火のように、空気をじんわりと温めていく。
ほんの一瞬の出来事。しかしそれは数十分にも、数時間にも感じられるほど圧巻だった。やがて空へと伸びる火中が消えると、晴れた空に徐々に日が昇っていく。
「はぁ、はぁ・・・・・・。そうだ、ワタシ・・・もう一人のワタシは!?」
燃え上がった後には、くすぶる火元に煙が昇る。
『ぷはぁ!あれ、私いつの間に寝てた?たしか火を消して、それで・・・・・・・』
「心配した」
『え?』
「すっごく心配したんだからね!ばかぁぁぁああああああああ」
『え、あちょっと泣かないでよ!ごめん、ごめんなさいって!』
遠いところで、少女の声がこだましている。初日の出の朝には似つかわしくなく、しかしきっとそれに相応な何かがあったんだろう。家を追い出されてしまったのだろうか?なにか不幸があったのかもしれない。そう思い、僕は床で酒につぶれている友人を置いて泣き声の方に走っていった。
「よかったよぉ・・・消えちゃわなくて・・・・・・・あんな無茶してぇぇぇぇええええええええええ」
声の主の元まできた。誰かと話しているんだろうか。でもそれらしい人影は見当たらない。見るからに貧しい身なり。それどころか、暖炉の掃除でもしたのかというくらいススまみれで泣きじゃくる少女に痛々しさを覚えた。しかし昇る朝日の中、地べたに座り込んでワンワン泣く少女の声の中に、安心したような、緊張の糸が切れたようなものを感じる。
「あの」
声をかけても鳴き声にかき消されて聞こえない。仕方ない。ポンと肩に手を置いてもう一度声をかける。
「あの、もし身寄りがないなら、僕の家に来ないかい?」