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焔の化け物

炎の中で、焔の中で、小さな声が聞こえた。


ねえ、あそぼうよ。

むかしみたいに、いっぱいいーっぱい。

まちのなかをまたおいかけっこしようよ。

またわらったかおをみせてよ。

どうして?

なんでにげるの?

なんであそんでくれないの?

なんで?

なんで、なんで?

なんでなの?


だが、その声が聞こえるものはどこにもいなかった。


――――――――ただ、一人を除いて。






夜、雪も次第に強くなり始める。

街の中を早足で駆けていく仕事帰りの少年。肩を抱き寄せるようにして歩くカップル。家の中で暖かなスープを飲む老夫婦。

だが人々は気づいていない。


誰も見ていない裏路地では犬の形をした焔の化け物と一人の少女が――――いや、


“二人”の少女が戦っていることに




「どおりゃああぁぁぁぁあああああ!!」

吹き飛ばされた私の身体は、“マッチ擦りの少女が動かしている”私の身体は、傍に建っていた時計塔の壁を蹴り、地面に赤く蠢いている犬を目掛けて突進する。

焔の犬はその攻撃を身軽にヒラリと躱し、身体が地面にぶつかる。

その衝撃で路地裏の中に降り積もっていた雪が舞い上がった。

「痛たた……」

『痛い…………あっ、前!』

「!!」

雪の中を焔が迫ってくる。

私がそう叫ぶと、少女はすぐに反応してその場にしゃがみこむ。焔は私の頭上をかすめて背後へ。

少女は腕で空を切って、舞っている雪をふり払いながら振り向く。焔の犬も同じように振り向き、こちらをめがけて口からいくつかの炎の弾を吐き出してきた。

「ッ!!」

少女は路地を背後に下がりながら炎を躱す。

だが一発、躱しきれなかった。当たった炎は服に引火して燃え上がり始めた。

「あっ、しまっ……!」

『地面の雪を使って!』

「ナイス、それだ!」

とっさに出た言葉を聞いて少女は地面の雪の上で身体を転がせ、火を消し止める。勢いの強かった炎は不思議なほど早く消えた。

だがその瞬間、上空に熱い影が、いや光が覆いかぶさる。

『避けて!』

「分かってる!」

焔の犬が大きな炎の牙を剥きだしにして空中から襲い掛かる。そのまま雪の上を転がるようにして私の身体は攻撃を避けた。

起き上がって焔の犬の方を見ると、炎の牙は私が持っていたマッチの入ったバスケットを貫いていた。バスケットは火柱を立てて燃え上がり、中に入っていたマッチも全て燃やされた。

火柱の周りの雪は解け、石畳の床が露わになっている。

『ああ……』

着ていたボロボロの服、だけど私の大切な、お気に入りの服は炎の焦げと地面で汚れ、そしてバスケットも失った。

帰ったらお父さんに怒られるだろうな。

でも今はそんなことを気にしている暇も無い。

焔の犬はいまだ大きな炎の尻尾を左右に振りながら、低い唸り声をあげてこちらを睨んでいる。

『ねえ、あの化け物どうやって倒すの?』

「大丈夫、私に任せて!」

『え?』

「いいこと思いついたの!」


すると少女は、私の身体は、まっすぐその焔の犬に向かって走り出し、空いた間合いを一気に詰め始めた。


「うおおぉぉぉぉおおおお!」

『えええぇぇぇぇ!?』


突然のことについ半泣きのような情けない声を上げてしまう。だがその声を聞いて少女はニヤリと笑い、身体はぐんぐんとスピードを上げる。

それを見た焔の犬はそんな私の身体と同じようにまっすぐこちらへ走りだしてきた。

『止まって止まって! こんどこそ燃えちゃう!』

「だから、だいじょーぶだって!」

焔は目の前で大きな口を開き、私の身体に飛び掛かった。

口の中にある焔の牙が熱されたナイフのように赤く光り、私の首筋に――。


何が“だいじょーぶ”なの?

ちっとも大丈夫じゃないじゃん。

余裕綽々な意識はずっと流れ込んでいた。だからもしかしたら本当に大丈夫なのかもって思っていたのに。もしかして、ただの無鉄砲だったの?

酷い。一瞬だけ暖かい思いを、淡い期待をさせておいて、また元通りなんて。


でも、まあいいか。

一瞬だけど不思議な体験が出来た。もしかしたら夢だったのかもしれない。

冷たいまま終わるよりも、匿名の相手とわけがわからないお話ししただけなのに少しは楽しかった気さえする。

ありがとう、おやすみ。


私は目を閉じる。

全てを諦め、命の終わりを待つ。





はずだった。

「冷たいなあ」

そんな声を、私の身体は、少女は発した。

一向に来ない終わり。私はおそるおそる目を開く。


私は焔の犬を抱きしめていた。

でもその炎に触れているときの熱さ、痛さ、苦しさは無い。

『え……? どういうこと?』

「もお、少しぐらいは信じてくれてもいいじゃん! ……とはいっても、初対面で身体を借りているし、何も作戦を伝えてなかったから怪しまれてもしょうがないよね。ごめん!」

少女は、私の身体はその犬を抱きしめながら言葉を続ける。

焔の犬は苦しんでいるのか、暴れてその抱擁から抜け出そうとする。しかし、私の両手はその焔を離さない。

「とりあえず、今は何も言わずに見ていて」

『う、うん』

犬は暴れ続ける。何度も牙を剥いて今にも噛みつこうと、また口の中からまた炎の弾を出そうかと威嚇している。

だが、なぜか攻撃はしてこない。


すると、変化が見え始めた。

焔が小さくなってきた。

原理は全く分からない。だがまるで、炎を鎮火させているようにゆっくりとゆっくりと。

最初は人間大だった大きさの炎も今では両手で抱えられるほどの大きさに。


そして、炎はいつしか犬の形を失った。

丸いただの炎になり、そして次第に種火へと。

「ごめんね、ありがとう」

『え……? きゃっ!』

少女はそう呟くと、その種火を飲み込んだ。

種火が体内に潜り込む。

身体の中に入り込んだその種火は、まるで小さな星のようにキラキラと光り輝いている。

私はそっと手を指し伸ばしてみた。

指先が種火に触れる。


その瞬間、頭に電流が流れるような衝撃、そして目の前に初めて観る“記憶”が流れ始めた。


私と同じぐらいの少女が路地を歩いている。

その少女は泣いているようで、俯いている。

私はその少女の傍に駆け寄ろうとするが身体が動かない。映像に干渉することは出来ないようだ。

するとその少女の前に小さな一匹の子犬が姿を現した。

身体は酷く汚れていて、ダニや目ヤニも沢山ついている。その子犬は少女にすり寄り愛らしい笑顔を見せた。お世辞にも綺麗とは言えないその姿、誰からも見離されて「負け犬」にふさわしいようなその姿。だが少女はその健気な子犬の姿に元気づけられ、笑顔を取り戻し、少女は子犬と友達になった。


「はい、そこまで」

その声を聞いて私は我に返る。

見えていた映像は砂嵐のようにかき消されていった。

「ここから先はあまり良いものじゃないよ」

少女はそう呟き、私の身体はその場に座り込んだ。


路地裏は静けさを取り戻した。

溶けて露わになっていた石畳の上や燃え尽きて炭になってしまったバスケットの上にも雪が積もり始め、まるで何事も無かったかのようにまた一面真っ白の雪景色になった。

『ねえ、さっきの映像はなんだったの?』

「やっぱ気になるよね。あれは“化け物の思い出”。ただ、それだけ」

少女はどこか寂し気な口調でそう語る。共有している意識にもまだ「ごめんね、ありがとう」という感情が流れ込んできている。

それを深く追及することは出来なかった。

『えっと、じゃあ、あなたはどうやってあの化け物を倒したの?』

話を続けようと、もう一つ気になったことを私は尋ねた。

「よくぞ聞いてくれました!」

『ひゃっ!』

少女は、私の身体は勢いよく立ち上がった。

「これはわたしがこの姿になって使えるようになった……というより、さっき使えることに気づいた力なんだけでね、私は“炎を消す”力が在るみたい」

『“炎を消す”……?』

「うん。さっき服が燃えたときに雪の上を転がって消そうとしたでしょ? あのとき指先が炎に触れた途端、勢いが一気に弱まったの。気づかなかった?」

『あ……』

思い返してみると、確かにあの時不思議なほど早く炎は消えていた。

『私、あの時、あの犬に必死で気づかなかった』

「まあそうだよね。厳密には違うのかもしれないし、まだ不思議な力が在るのかもしれないな。もっと調べないと」

少女は私の右手を開いたり閉じたりしながら見つめている。

『じゃあ、あの炎を飲み込んだのはなぜ?』

私の右手は動きを止めた。

「うーん……何でだろうね。まあ何となく、かな」

少し答えに悩んだ後そう答えると、少し悲しそうな笑顔で、私の顔は、少女は微笑んでいた。

気まずい沈黙が続く。

何か話さないと、と言葉を探す。

がその時、頭が大きく揺れた。

『あれ……?』

「あ、ごめん。身体を借り過ぎていたみたい、そろそろ返さないと。本当にありがとう! はい!」

少女がそう言うと身体の感覚が突然戻ってきた。

煙のような息の詰まるような、それでいてどこか温かくフワフワした感覚から、冷たい空気が自分の身体を包む現実に返ってきた。

頭の揺れ、そして視界の歪みが激しくなる。

風邪をひいた時みたいな気持ち悪さ。私はその場に倒れ込む。

「待って……その前に、あなたの、名前を…………」

頭の中で少女の声が響く。


『安心して。それは一種の知恵熱のようなもので一度寝たら治るはずだから! それにしても今日はほんっとうにありがとう! あなたに会えて本当にうれしいわ!』


「あなたの……名前……」


『そういえば、この姿になって人とお話しできたのも初めて……! あのさ、もしよかったら私とお友達に……! いや、いきなり友達ってのも少し違う? 最初はお知り合いから? でも身体も意識も共有したんだし、これはやっぱり友達? いやむしろ親友!?』


「名前……」


私の中の声は私の言葉に耳を傾けることなく喋り続け、


私は意識を失った。

地面は、雪は、世界は冷たかった。


でも、どこか少し暖かかった。









『それでね、それでね! ……あれ、もしもーし……あれ、声聞こえてない? おーい……あ、これマズいかも。ちょっともう一回だけ身体借りるねー? 聴こえてるー? ダメだったら返事してー? ……ちゃんと確認はとったからねー……………………ゴメン』




「よし、今助けるからね」


もうすぐ日付が変わるような時間。

雪が降りつける中、一人の少女が路地裏を抜け出した。

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