マッチの少女
静かな夜。一年の終わりを祝福し終え、ある家庭では晩餐の片づけを、あるカップルは喧騒の余韻に浸るなどして、その刻を過ごしていた。
いよいよ年が明ける。雪の積もった路地裏に、やけに盛り上がった場所がある。そしてそこから、細煙が一つ、空へ立ち昇る。火のないところに煙は立たない。まだこの火は消えていない。しかしそれも時間の問題。
煙を目で追っていくと流れ星が一つ。やがて火は消え、煙だけが残ったその刹那。ナニかが起こった。雪の中から、ナニかが出てきた。既に煙はどこかへと消えたにもかかわらず、そこに業火が現れる。真冬で、雪が積っているというのに、白一色だった路は一瞬で雪が解け、蒸発していく。出てきたそれが踏みしめるごとに熱は強くなっていき、遂には周辺に火がついてしまう。
「ああ・・・・・・ああ、私のかわいい孫娘。なぜ死んでしまったのだ。なぜ、誰も手を差し伸べてはくれなかったのだ?こんなに身体を冷やして。寒かったろう、痛かったろう、寂しかったろう、辛かったろう。・・・・・・この無念。私が必ず晴らす。ああ寒い。どこか、暖の取れるところへ・・・・・・。代わりにお前の魂を借りよう。さぁいけ、私の僕よ!!」
一歩、また一歩と進むごとにやがて熱を増し、やがてその小さな身体のナニかにまで火は点いて、身を燃やし、後に残ったのはわずかな灰。そして彼女の身体から漏れ出ていた炎はやがて形を成し、焔の化け物へと姿を変えていった。
____________________
___________
___
私はその日、不思議な出会いをしました。
お父さんにマッチを売ってこいといわれ、家を出されました。私の家はびんぼうなのでセーターなんかも碌に着れず、とても寒い思いをしました。
「マッチ、マッチはいりませんか?」
そう街頭の下でひたすら言い続けました。道行く人は、みんな私を憐れむような目で見るだけで、マッチを買う手は差し伸べてくれません。日も落ちて、本格的に寒くなる夜の時間。人通りも徐々に減りました。
「マッチ、マッチはいりませんか?」
それでもめげずに、通りがかる人に私はマッチを売ろうと頑張りました。家で暖まりたくて頑張りました。でも一つも売れないまま帰ったらまたお父さんにしかられます。何度も頬をぶたれました。おなかを蹴られました。冷たいお風呂に入れられました。でもいっぱい売れたら、温かいスープをくれました。生姜がピリリと効いたあったかいスープ。だからもっと頑張ろうと思いました。
「マッチ、マッチはいりませんか。」
頑張ろうと思い
「マッチ、マッチはいりませんか、」
頑張ろうと
「マッチ、マッチはいりませんか」
頑張ろうと
「マッチ、マッチは」
売れませんでした。
やがて手袋をしていない、マッチを持つ手はかじかんで、足の裏はもうジンジンしていたのすらわからなくなってしまいました。寒い。せめて、どこか風の来ないところにと、路地裏に入りました。もうマッチが売れようが売れまいが、関係ありませんでした。喉の奥まで冷え切って、身体の震えも止まってしまいました。
暖まりたい。
喉の奥でそうつぶやいた少女は、自分の手の中にあるものに気付く。それを擦り、少女はその小さな炎で暖まる。その仄かな熱で、だんだんと感覚が戻ってくる。近くの家で、楽し気な声が聞こえてくる。暖かい部屋で、晩餐を楽しむ家族の声が聞こえてくる。
「いいなぁ・・・・・・」
少女は暖かな火の中に、温かい暖炉、豪華な料理とを思い浮かべた。極寒の中、身体は冷え切ってしまってもその料理の光景は、少女の心をじんわりと温めていく。それでも、もう少女の小さな身体は完全に冷えてしまった。もう体温は下がり切ってしまっている。このまま、死を待つだけの少女。
そこで、ふと路地裏に落ちているものに気が付いた。
「マッチの・・・燃えカス・・・?」
さっき自分の擦ったもの。そこから昇っていた煙。それが、どこからか吹いてきた煙と混ざり合い、熱を帯びていく。
いや、熱だけではない。暖かな光。穏やかな光を湛えたその燃えカスはもうただの燃えカスではない。何かが宿ったような、あり得ざる現象。
―――声が、聞こえた
『見つけた・・・・・・もう一人のワタシ!』
そして燃えカスは煙のようにふわりと浮かび、やがて
「え、なに!?誰なの!?」
少女の胸の中に入り込んでいった。
少女の中に、火が灯る。
五感が、戻っていく。
既に消えかけていた命の灯。それが、かつてないほどに燃えあがる。
『初めましてもう一人の私!助かってよかったぁ!』
「なに?頭の中で声が」
『突然のことで申し訳ないんだけどさ、実は困ったことになってて……もしよければ、身体を貸してくれないかな?』
「困ったこと?身体を貸す?ちょっと、どういう」
『はいそれじゃ決まり!しばらくよろしくね』
頭の中で鳴り響く声に声は矢継ぎ早にそう言うと、さっき戻った熱がより一層強くなって、のぼせるくらいぽかぽかしてきました。のぼせて、遠のく意識の中で最後に一言聞こえてくる。
『・きこ・・・て・・・ね?』
むわあっと広がる靄。いや、煙?息が詰まりそう・・・・・・苦しい。クラクラする。早く、早くここから出て息を・・・・・・
「あ、ようやく起きた?」
『なによこれ。身体が勝手に?苦しい・・・痛っ』
弾き飛ばされた!?宙に身体が浮いてる…屋根よりも高い。こんなところから落ちたら死・・・・・・・
「痛たたた……ごめんなさい。今あなたの身体を借りてるわ。手短に言うけど・・・・・・ごめんやっぱ後!」
地面を強く蹴った私の身体が勢いよく飛んでいく。今一瞬見えたのって
ゴォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!!
『なに・・・・・・なんなの?あの炎は…犬?』
「今あれと戦ってるの!あれを倒さないと、みんな死んじゃう!だから、力を貸してほしいの。」
『力って…私今、指先一つ動かせなくって』
「今は私が身体を動かしてるからね。でも、一緒に同じように動こうとすれば今よりも何倍も力が出せるんだよ!だから、一緒に」
『無理だよ!そんなの・・・・・・』
怖い
『あんな化け物、わたしなんかじゃどうにもできない!』
そんなことしたら死んじゃう
『ここからいますぐ逃げて!それ私の身体なんだよ!?』
なんで、こんな目に!!
「・・・・・・そっか。でもごめん。今は私のわがままに、人助けに力を貸して?」
・・・・・・わがまま?ヒトダスケ?なんで。どうして!
『誰も、マッチを買ってくれなかった。見て見ぬふりをされた・・・・・・私を助けてくれなかった!それなのになんで!?』
「わかるよ。」
『え』
「私も、同じだったから、気持ちはよくわかる。でも、だからこそ、幸せが欲しかった私たちだからこそ、人の幸せが壊れていくのは見過ごしちゃいけないと思うの。」
なんで
「だから私は戦う。大丈夫、あんな犬っころ私一人でもお茶の子さいさいよ!だから、今はそこで見てて。私が全部片付けちゃうから!」
なんで。怖いのは同じ。こうやって二人で意識を共有してるのにも馴れた。私だけじゃなくて、この子も怖がっている。なのに、なんで
『なんでそんなに、頑張れるの?』
驚きの感情を感じた。そして誇らしげに言う、そんなあり方に私は、憧れを感じました。
「私が、マッチ擦りの少女だから!」