表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノエルの箱庭  作者: 渚咲 千桜
3/5

第2話 「整理」


 ありえない現実、しかし受け入れるしかないほどの感覚的証拠。俺がすぐに状況整理できたのも、元よりこういうことが起こる世界を望んでいたからってのが大きい。


 どうも実際自分の身に起きると、焦りというよりも恐怖に苛まれる。疑問、悲しみ、驚き、数多の感情が混じりに混じったこの感情は、恐怖と呼ぶのがふさわしい。

 日付を確認するとどうやらここは5年前らしい。この時は…小学6年生くらいか 

 仕方なく、というべきだろうか。このような状況になったらおそらく誰もが取るであろう行動をとった。取らざるを得なかった。


 心持ちだけは一丁前に落ち着いている。状況を整理しようとしている。けれど頭が追いつかない。自分一人ではどうしようもない。


 混乱していたこともあり、誰かを頼ることしかできなかった。俺は何も考えずに幼馴染の家へと向かった。幼少期ということもあり、スマホには彼の連絡先が登録されていなかった。それもそのはずだ、スマホを所持している小学生など、現在であれば普通かもしれないが、ここは5年前…大人でさえ、まだガラケーを使っている人が多いだろう。

 家が近いこともあり、誰ともすれ違うことなく彼の家へとたどり着いた。見慣れたインターホンに手をかけようとすると、視界の外から聞き覚えのある声で話しかけられた。


「よっ、達也(たつや)になんか用?」


 彼の姉だ。記憶が正しければ、俺はこの人に敬語を使った覚えがない。しかしこの時点より先にいる俺がその行為に違和感を抱いている。


「うん、話したいことあって」

 

 俺にとっては普通の返答だ、しかし彼女にとってはどこかぎこちないのだろう。彼女の、いつもの笑顔が崩れた。少し驚いたような顔でこちらを見つめる。そしてはっと我に返ったようにいつもの笑顔に戻り、口を開いたのだ。


「…ちょっとまってね!呼んでくるよ」


 この時間軸からしてみれば、俺の対応は不自然に何かが変わっていたのだろう。彼女の反応がその証拠だ。軽く受け流したのも彼女なりの配慮だろう、もしくは…違和感の正体を掴めなかったか、だろうか。

 彼女はただいまという声とともに家の中へと入り、しばらくして見慣れたメガネの少年が出てきた。


「なんだよ、宿題で忙しいんだけど」


 そうだ、今は夏休みなのか。いくら小学生と言えど、1日2日では手に負えないほどの量を宿題として渡される。俺は毎年やらないからわからないけどな。

 そもそも宿題って言い方がもう懐かしいな、中学に入ってからは課題と言う呼び方に変わっていた。

 

 この呼び方の変化は「物事において、肝心なのは最後である」という考えの裏付けにもなるな。前はこう呼んでいた、しかし今はこう呼んでいる。だから今の呼び方の方が印象が強い。前の時点に戻ることが出来ないからそうなってしまうのだ。ただ過程あってこその結果であるのは間違いない。天才と努力家で同じ結果を出したとしても、実力というものは努力家の方が圧倒的に上になるんだ。人生において、終わりを告げる瞬間を結果だとすると、生きている中での自由が全て奪われてしまう。

 自論だが、人生を上手く楽しむためには、過程と結果をセットにした挑戦のスパンが、短ければ短いほどいい。つまりは頑張って満足しての繰り返しということだ。

 定期テストのために頑張る、これもスパンが短いと言えるだろう。だが、平凡な毎日なことに変わりはない。実際テスト以外に目標がないからだ。多ければ多いほど自分のためにもなるし、平凡な日常というものを打破できる。ならば、1日毎にミッションを設けるべきだろう。日常に差をつけることで生きがいを感じることが出来るだろう。その中で大きな目標というものを持てばおそらく、人生はきっと楽しくなる。全ては行動するかどうかなんだ。

 

 と、これまた一瞬で脳内をかけめぐるくだらない思考たちは、結論に辿り着きようやく本題を思い出した。


「話したいことがある、お前ぐらいしか頼れないんだ」


「めんどくさい、けど…断ってもそこに居続けるんだろ、入れよ」


 達也は、小学生ながら既に悟りを開いていた。人には必ず裏が存在する。言葉の建前は相手を思ってこそだったり状況に流されたりで言ってしまうものもある。そういうものを彼は幼い頃から理解していた。

 そのせいか性格がねじ曲がり、人と関わることをやめていた。それも中学に上がり立てた頃からだった。

 この時点ではまだ俺と達也は親友と呼べる仲だった。だからこそ、ありえない話をも信じてくれると思っている。


「俺、未来から来たんだ」


「必死さがないな、嘘っぽい」


 くそ、なんだこいつ頭かたすぎやしないか。


「いやまあ聞けよ、気づいたら5年も過去に戻って混乱してるんだ。俺も何が何だかわかってない、だから話し合いをしに来た。お前と話せば答えがわかるかもしれないからな」


 なんの説明にもなってはいないからか、彼は必死さを求めた。本当に俺が未来から来たのかどうか、まだ会話が不十分な以上判断できないことだろう。ただ、明らかに言えるのは、こいつはだいぶお人好しってことだ。


 俺が5年後から来たことを告げてしばらく、この場には音が存在しなかった。彼は深く考え込み、やれやれと零したため息と共に口を開いた。


「うん、一応信じるよ。何があったか話してくれ」


「え、信じるの早くない?大丈夫?」


 俺から言い出しといてなんだが、流石に展開が早すぎる。こうも都合よく進むのはおかしくないか?俺としては有難いことだけど…ああ、そうか。こいつからしてみても俺の対応というのは変化しているんだ。おそらく、表情や声のトーンだけで言葉の真偽が判断できるのだろう。そもそも俺は昔、信じられないほどのクソガキだったな。こういうことを日常的に口走ってはいたが、基本演技力に欠けて人を騙せたことなどほとんどなかった。しかし今は精神も成長しているし、なにより実際に経験した事実を話した迄だ。だからこそ、変化した俺を見るにこれを真実と認めるしかないのだろう。


「嘘をついてる人の顔じゃないからな。それに、元より僕は世界が常識だけで成り立ってるとは思ってない。身の回りに起きてないだけで、実際こういうことが世界のどこかで起こっている可能性だってあるだろ」


 さすがは達也だ、と言いたいところだけどこいつ小学生だよな?この頃からこんなこと考えてたのかよ…ぶっちゃけ怖い。


 確かになと、今だからこそ理解できる内容に頷き、俺は事の顛末を話した。達也は素直に俺の話を最後まで聞き、またも深く考え込んだ。


「高校生の時に不思議な夢を見て、朝目が覚めたら小学生…それ自体が夢ってことはないのか?」


「ない、と思う。はっきりと5年分の記憶があるんだ。ものを触った感覚も、温もりもあった。どう考えても…現実だ」


 この時、嫌なことが脳裏をよぎった。もし過去に戻ったことで現在が消えていたとしたら。俺の人生に意味はあったのだろうか。

 高校にあがり、過去を全て捨てて手に入れた新しい俺というものは、本当の俺と呼べるものではなかった。仲間を騙し、自分をも騙し、何からも逃げて逃げて、逃げた先でどうしようもなく、ただただ壊れていった人生でも、俺にとっては価値のあるものだった。それを失ってしまったかもしれないという恐怖が、混乱を加速させる。


「安心しろ、話を聞いた感じではお前の元いた時間軸は消えてない」


 焦りに飲まれ、不安という感情が顔に現れていたのだろうか。達也は俺の顔を見て、悲しい表情を向けながら、俺に言葉の鎮静剤を打った。


「まず第一、遡った時間とともに身体も小さくなったんだよな。俺が見る限りお前は今まで通りの身体だ、なにも違和感を感じない。あと、過去に戻ったことがわかったのは夢から覚めた時だったな、夢を見ている間に過去へ戻った可能性が高い。寝てる時ってのは意識は体を離れてるようなもんだ。この2つから察するに、意識だけが過去に戻ったんだと思うよ」


「…なるほど、それなら俺が元いた未来も消えてなくて、戻ることも可能かもしれないのか。でもそうなると…俺の元いた世界に、もう1人の俺という存在がつくられるのか?」


 盲点だった。今の意識が現在の自分である以上、元いた時間軸の俺というのは存在していないのと等しい。そう考えるとやっぱり世界は消えたんじゃないかと思えてくる。けど、達也の言い分ではそんなことはないらしい。それを前提として考えるならば、今の俺の意識は過去に過ぎない。元いた世界の俺は意識の抜けた抜け殻ではなく、代わりの意識というものが構築されることになる。


「俺の意識…過去に戻った時点で元いた時間軸は更新されない、つまり意識が無くなった時点で、その世界の時間は止まるんじゃないか?」


「…なるほど。じゃあ、実際また動き始めるのもお前が未来に戻って、そこが現在であると観測した時になるだろうな」


 本当に小学生かどうか疑いたくなる語彙力だな、昔からこいつは本ばかり読んでたしその影響か?いやまあ、こいつから見てすれば俺もいきなり語彙が上達してるんだ。レベルを合わせてくれたのかもしれない。

 昔からこれほど高いレベルだとすると、思春期に入って人と関わらなくなったってのも納得がいく。


「問題はもうひとつある、発動条件が寝てる時ってのはわかったろ?なんで過去へ戻ったんだろうな」


 なぜ過去へ戻ったのか…難しい話というものは、基本的に説明が容易ではない。複雑なものを簡略化して伝えるという能力は世において必要不可欠だ。これができない人が多いから説明上手ってだけで頭がいいものだと思われる。実際、頭がいい人でもレベルを合わせることすらできない人の方がおおい。自分の中では完結しているのに、上手く相手に伝えることができない。そのせいで周りから頭が悪いと勘違いされてしまう。言ってしまえば、至極普通な頭を持っていたとしても、説明の仕方さえ万人に合わせられれば頭がいいと見なされるわけだ。その他勉強ができるできないなど、結果として目に見えるもので頭の良さをはかる人たちもいる。むしろそういう人の方が多い。勉強なんて、誰だって努力さえすれば手に入る結果なんだ。普通の頭さえ持っていれば、人一倍努力するだけで満点は余裕で取れる。要は努力の結果が反映されるわけだ。

 もちろん記憶力のいい人は、飲み込みも覚えも早く人より勉強時間が少ないかもしれない。ただ、元から頭がいい人など普通はいない。幼い頃、何に興味を持ったかによってその後の人生は大きく変わる。頭を使うことが好きな人は当然趣味の一環で脱出ゲームなんかをプレイしたりするだろう。なぞなぞを解いたり、考え事をしたり、そういうものが頭の良さをつくり上げているんだ。


 それらが備わっている分、俺は恵まれているのかもしれない。しかし、自分の意思で過去へ戻ったわけではないから説明のしようがないんだ。ならば、話し合って考察する他ない


「それがわかったら話し合いなんてしにこねえよ…今が過去である以上推測が難しいな。そもそもここは過去と呼んでいいのか?」


「……なるほど、乗り移ったのが意識だけなら、おそらくここは世界線自体違うかもしれないな。知ってるか?それぞれ可能性の違う世界が同時にいくつも重なって存在してるってこと。これは目に見えるわけでもないから、僕もどこかの世界線から飛んできたのかもしれない」


 パラレルワールドというやつだろうか、世界が無限に存在するなんて考えたくもない。どれも本当でどれも偽物なんて、生きている意味がわからなくなる。


「もしその仮説が正しかったとしても、とんだ先が過去になっているのはおかしいんじゃないのか?」


「いや、大元から違うんだ。時間軸はズレていない可能性が高い。もし、結希が元いた世界よりこっちの世界の方が、俺たちの産まれた年が5年遅かったらどうなる?」


 そうか、俺はそもそも勘違いをしていたみたいだ。同じような世界が無数に存在するのではなく、可能性がある限り世界が無数に存在しているのだ。それも同時に。もしも、俺たちの産まれた年が5年遅かったとしたら。


「…必然的に、5年ずれる」


「そうだ、さらに言うと西暦の制定も5年ずれていたことになる。年月を確認してもちゃんと5年前だったんだろ?もし全ての始まりが5年ズレているとしたら、時間軸はズレていないことになるんだ」


 そんな都合よくいくものだろうか、とも思ったけど、そもそも世界は無限に存在しているらしい。だからこんな世界があっても不思議ではないようだ。


「なるほどな、じゃあ元の世界も止まってるわけじゃなく、なんら問題なく今まで通りの生活をしてる俺がいるってことなのかな」


「ちょっと怖いけどな、そうなる。それで、その世界線に戻りたいと思うか?」


 忘れていた、大事なこと。俺は本当に元の世界に帰りたいのだろうか、今この世界から、やり直すことも出来るんじゃないか?

 

 過去というものは執拗にチラつく。俺は今までの人生に後悔はしている。しかしそれを切り捨てることも出来そうになかった。もし仮に、元の世界に戻れたとしても、パラレルワールド説が有効ならば俺は堕落した生活に戻ることになる。取り繕って、自分を見失って、自信が持てなくなって孤立した人生というのも、あながち悪くはなかった。人の汚い部分をたくさんみてきた分、人の真意を見抜けるようになったし分析が得意になった。けど、心のどこかでは泣いていたんだ。

 もし、もう一度人生をやり直せるなら、俺は俺の望む人になれるだろうか。いい人生だったなと悔いを残さず死ねるだろうか。わからない、わからないけど、試さずにまた堕落するのだけは嫌だ。可能性があるのなら、とことん突き詰めてやろう。変わろうとしているのなら、行動で示すべきだ。


「いや……俺は、もう一度人生を頑張ってみようと思う」


「そうか…じゃあ、これからも一緒だな。改めてよろしく、未来の結希」


 ふと顔を上げると、そこには見たことの無い笑顔を浮かべる達也がいた。悪意のない光から差し出された手に、希望と共に手を重ね、俺たちはこの日、初めて親友になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ