7話 ようこそ夢の世界へ(5) 〜駆け引き〜
あっという間にやって来た放課後。授業は上の空で聞いているし別に何か行事ごとがあったわけでもないので、特に変わったことは起きることなく今日も一日が終わった。カバンを持ち、颯爽と教室を後にする。
だが、俺にとってはこれからが本番だ。昼休みを捨ててまで得たあの施設への手がかりを、俺は今から掴みに行くのだから。
そのまま学校を出て、最寄りの御門駅へ。今日は落とさなかった定期を使って逆方向行きの電車へと乗り込んだ。ここで遠海さんに出くわしたりしないよう、出来得る限り最速で学校を出たのだ。そのおかげか、車内に高校生は俺と他数名ほどしかいなかった。
目指すのはあの『セント・クリスティーナ睡眠医療センター』なる施設があった4つ先の真白坂駅。今日はこの前よりも席が空いていたので俺はシートの端っこに座り、これからのことについてふと考えてみる。
まず、セント・クリスティーナ睡眠医療センターという施設に何か裏があるのは間違いないだろう。名前も怪しいが、何よりあそこに遠海さんがいた理由も不明だ。まぁ、普通に考えれば睡眠障害に悩んでいる、とかかもしれない。家に帰ると言ったのも俺にその病気を知られたくなかったから、と言われれば納得できる。
だが、先日あの施設での遠海さんの言葉はそのようなものとは違った。重みも迫力もあったし、何より最初にあの外国人女性と話していた中二病チックな会話も気にかかる。俺にはどうしてもあの施設がただの病院だとは思えなかった。
『次は、真白坂〜、真白坂〜』
そんな車内アナウンスに俺は思考を止め、腰を上げた。ここに来たのは二回目だ。この駅で降りるのも。
田舎だと大きめの駅にカウントされるのだろうが、どうやら東京では小さい部類に入る真白坂駅の改札を抜け、俺はまた昨日の場所に立つ。入線してくる電車の死角で、そして視界の隅に改札の様子をチラッと挟める良い立ち位置だ。ここで俺は泡沫を待つことにした。もしも泡沫が遠海さんと一緒とかなら日程を変えるしか無いし、泡沫に何か聞く前に遠海さんに俺の存在がバレてもこの計画はおじゃんだ。
だから、極限まで存在感を薄くする。しようと思って出来るものではないが、ネクタイを外したり髪型を変えたり、メガネを掛けたり本を読んだりと、ある程度であればコントロールできるだろう。
この場所で時間をつぶすのも二度目、だな。俺は真白坂駅に出入りするサラリーマンや学生を視界の端で観察しながらふぅー、と息を吐いた。
学校が終わってから二時間ほどここで待っているが、泡沫はまだ来ない。途中遠海さんが降りてきたのを見たが、どうやら俺の存在には気づかずに向こうへと歩いていった。正直今日のハイライトはそこだけ、だろう。
あとは真白坂から乗る人は老人や私服姿の人が多い一方、降りてくるのはサラリーマンか学生。真白坂という場所はベッドタウンなんだな、というどうでも良い発見くらいだろうか。
俺は胸ポケットからクシャクシャになった紙を取り出し、改めてその文字を眺める。『セント・クリスティーナ睡眠医療センター』。何度見ても胡散臭い施設の名前が、懐かしい筆跡で書かれていた。歳が5歳離れていたということもあり、小鳥には昔からよく勉強を教えてもらっていた。その時の筆跡と何ら変わりはない、その字。これも、俺があの施設が小鳥が眠り続けていることについて何か知っているのではないか、と疑念を抱いた理由だった。そして、俺が東京へ来たそもそもの目的でもある。
* * *
そんな、手持ち無沙汰な中ふと昔の思い出を振り返っていると、ついに泡沫が姿を現した。改札をくぐり、俺の方には見向きもせず遠海さんが歩いていった方角へと向かっていく制服姿の男。あのガッシリした肉体と、女子人気も高そうな顔立ちは流石に見間違えない。俺は三冊目に突入していたラノベに栞を挟み、その後を追う。
部活にも入っているようだし、休みの日も普段から教室でよく友人と遊ぶ約束をしているのが聞こえてくるので遅くなるとは思っていたが、その予想通りもう18時を普通に回っていた。俺は泡沫の後ろを、絶妙な距離を測って歩き続ける。ここで気が付かれてもマズいし、逆に距離を開けすぎると話しかけるタイミングを失ってしまうからだ。
少し感じる緊張感を楽しみつつ、俺は睡眠医療センターなる例の施設まで、泡沫を尾行し続けた。俺はどうやら本当に影が薄いのだろう。泡沫に一度も気が付かれることなく歩くこと数分。ついに、その時がやって来た。
良きタイミングで歩くペースを若干速め、俺はこれまで適切に保っていた距離を一気に詰めて泡沫の背中に迫った。
「……うおっ!? 古都くん、、!? おまっ、どうしてここに―――!」
急に聞こえた足音と、振り返ったらそこに居た転校生。よほどびっくりしたのだろうな。泡沫は目を大きく見開き、目に見えて動揺していた。たじろぐ、という仕草を初めて見たかもしれない。
その表情と驚き様はただ“俺にバッタリ会って驚いている”、というよりも“こんな場所で知り合いに会ったことに焦っている”という感じを受けた。それを見て、俺は『勝てる』と自信を持つことが出来た。相手が動揺しているのなら、そこに嘘の付け入る場所が出来るのだから。
「少し、話をしないか。泡沫」
「……話? いや、悪いけど俺、今日は早く帰らないといけない用事があって、、、」
「そうなのか。家の用事、か」
「あ、あぁ。家の用事だから悪いな、古都くんが話しかけてくれたのは嬉しいけど、続きは学校でにしようぜ」
俺のとぼけた返事にホッとした表情を浮かべる泡沫。なんとも分かりやすい表情だ。やはり、遠海さんよりもこっちにターゲットを絞ってよかった。
「……そうか。俺はてっきり泡沫の用事ってこの“睡眠医療センター”にあると思っていたのだが、違うのか?」
「―――ッッ、、!」
睡眠医療センター、という単語に泳ぐ泡沫の目。やはり、そうなのだろう。俺は泡沫もこの施設に何らかの形で関わっていると、この瞬間確信した。そうと分かれば、あとは簡単だ。
「まぁ、警戒しないでくれ。実は俺も泡沫と遠海さんと“同じ”なんだ」
「咲乃ちゃんと? 古都くん、それも知っていたのか......。ってことは、、、古都くんも夢導協会の関係者、ってわけか」
「まぁ、そんなところだね。欲しかったんだろ? 助っ人」
「……それはそうだな。確かに、辻褄が合う、、」
泡沫は俺の話になるほど、と信じた素振りを見せる。おそらく八割型信じているのだろう。俺は遠海さんと外国人女性の話していた内容を盗み聞いたものをただただ話しているだけなのだが、それでもその会話内容が『絶対に秘密』というもので、泡沫がその機密性を知っているのなら、“秘密なのに俺がその事実を知っている”ということが何よりの信用になる。
あとは八割の信用を十割に持っていくだけだ。
「実は、東京に転校してきたのもそのためなんだ。クラスであまり関係を築いてこなかったのも、俺の正体がバレないようにするためだったんだよ」
「……な、なーんだ。アハハ、そうかっ! それならそれで、早く言ってくれよぉ、、!」
泡沫は俺の言葉にハァー、と安堵したように膝に手を当て、笑った。どうやらこれで本気で俺のことを“同業者”だと信じてくれたらしい。クラスの連中と距離をおいたのは単に俺の対人コミュニケーション力の問題と、あまり親密な関係を持つ者を作りたくなかっただけ、というのが理由なのだが、言いようによっては秘密を徹底している有能な人物にも出来る。
「じゃあ、古都くんは今日から“エッグラプト”に?」
「ん? あ、あぁ......そうだね。出来れば早い内が良いと思っているけど、、」
「まぁ、調整とかもいるし、すぐにとはいかねぇかもなぁ〜。でも、助かったぜ! 俺ら、ホントに人手不足だったからさっ! 古都くん、普通に大歓迎だわっ!」
教室のときよりも明るい顔で笑うのだな、と俺はニッと笑顔で「良かった良かった〜」と何度も呟いている泡沫をジッと観察する。今の所は俺のハッタリを信じてくれている様子、つまり俺の発言はあながち間違いではないということなのだろうが、問題はまだまだある。
例えばさっきのように『エッグラプト』なんて知らない単語に、俺はまだまだ対処できないという点だ。先程の泡沫の問いかけに関しては当たり障りなく答えたが、少しでも鋭い人なら気が付かれていただろう。正直、泡沫がそこまで鋭い人間じゃなくて助かった。
が、そんな泡沫でも俺がてんで的外れのことを言おうものなら、流石におかしいと思うだろう。そうなれば、もうこの施設の深層まで伸ばすことの出来ている手もまた何も掴めず終わってしまうだろう。
だから、こうして信じてくれている内に先へと進んだほうが良い。
「さっき俺が少し話したいって言ったのは、これからのためにも泡沫に挨拶がしたかったんだ。正直、この中に一人で入るのには緊張していて......」
「そういうことだったのか。いやぁ、焦ったぜ? 絶対に世に出しちゃいけない協会のことを知っている奴がいるって、すげぇ焦ったもん」
「悪かったよ。じゃあ、ここでこれ以上話すのも時間の無駄だし、続きはこの中でってことに、、、」
「―――あぁ、ちょっと待ってくれ」
長引けば長引くほど不利になる―――そう思って早速、泡沫と一緒に施設の奥へと向かうべくセント・クリスティーナ睡眠医療センターの敷居をまたごうと一歩踏み出した俺を、泡沫が制止した。少し嫌な予感を感じながらも振り向くと、泡沫は少し申し訳無さそうにアハハと頭を掻きながら、
「……あー、いやー......、、その前に古都くんの“イディア”を教えてくれないか?」
泡沫の言葉に、俺は内心ドクンと心臓が嫌な鼓動を刻んだのを慌てて飲み込む。これは......マズい。