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6話 ようこそ夢の世界へ(4) 〜眠る幼馴染〜

 セント・クリスティーナ睡眠医療センター、という謎の施設に訪れてから数日が経った。まだほとぼりも冷めていないだろうし、あの施設の深層に踏み込む準備もない。俺はそんな状況の中でも、今まで通り学校生活を送り続けていた。


 そもそも、俺がこうして東京の学校に転校してきたのも、全ては幼馴染の藤宮小鳥を救うためだ。

 あの夏、6年前の夏に俺の町は謎の怪物に壊滅させられた。その日のことは特に記憶にない。もちろん、忘れたわけではない。ただ、思い出したくなくて普段は蓋をしているのだ。


 小さな町だったから、皆知り合いだった。そんな中、その件の怪物は俺の家族も知り合いも、町のすべてを壊したのだ。そして、そんな災厄から唯一生き残ったのが俺だった。


 何の理由があったのかは知らないが、その事件、事故のことは箝口令が引かれたらしい。だから、一夜で蒸発した都市伝説の町としか、俺と小鳥の故郷である千夜月町せんやづきちょうのことは知られていない。


 だけど、その災厄で生き残ったのは、厳密に言えば俺一人ではないな。小鳥も生きて“は”いる。心臓は動いているし、脳波も正常。……だが、目を覚まさないのだ。小鳥は6年前からずっと、眠り続けている。


『……ん? なんだコレ、、』


 そんなある日、俺は小鳥の病室にあった彼女の私物から、謎の紙を見つけた。そこに書いてあったのが『セント・クリスティーナ睡眠医療センター』という不審な施設の名前と、その住所。


 確証はない。だが、俺はその施設に小鳥を目覚めさせる手がかりがあるのだと、その時何故か確信したのだ。だから、こうして小鳥が出発したあの日から6年して、俺も東京に出てきた。


 全ては幼馴染である藤宮小鳥フジミヤコトリを救うために。



* * *



 いつ来ても俺の学校生活は相変わらずだった。俺は一人で休み時間、授業、放課後と過ごす。あの施設に関しての情報収集も欠かさずにしているが、今の所特に進展はない。


「……おい、ハル。昼飯食おうぜ! ちょっと今日は食堂とか、行かね?」


「ヒデ、普段購買のパンだろ〜? なのになんで今日は食堂なんだ?」


「秘密だぜ? 実は、A組の遠海さんって最近食堂でよく食ってるらしくてさぁ、、」


「そっか、ヒデはさk......じゃなくて、遠海さん好きなんだっけ?」


「おいおいっ! 声、デケェよ!」


 昼休みに入った教室では、そんなくだらない話が聞こえてきたりもする。泡沫ウタカタハル、このクラスの中心的存在だ。

 基本誰とでもフレンドリーに話すことの出来る、友達が多いタイプ。男女問わず、そして根暗だろうがオタクだろうが、その真逆のスポ系だろうが構わず話しかける男だ。


 そんな泡沫はいつもの取り巻きに食堂に誘われていた。その取り巻きが声でけぇよ、とか言っているが、俺にはすべて聞こえている。こんな近距離で話していたら、声の大きさ如何に問わず基本聞こえるだろ。


 まぁ、俺はそういう色恋沙汰に興味はないので、アイツらも別に俺を空気としてしか気にしていないのだろう。俺が気になるのはヒデとかいう泡沫の取り巻きではなく、その恋しているらしい遠海咲乃トオミ サキノの方だった。もちろん、俺の恋ではない。


 あの施設にいた、遠海さん。何か事情を知っている、何かを隠している......それは確定だろう。

 だから、俺の使える最大のあの病院の謎への鍵は遠海さんだった。


 だが、問題は俺と遠海さんにさほどの繋がりがないことだった。まず、数日前の盗み聞きの一件があるから、きっと声をかけても無視されるか施設に触れた途端またあの冷たい目で睨んでくるのだろう。一体あの施設に何があるのやら。


 だがそれより俺が遠海さんに接触するのを妨げているのは、あの遠海咲乃という少女がこの“学年一の美少女”、という評価を受けていることだった。


 成績優秀、容姿端麗。淡々としたあの空気感と、氷のような雰囲気がいいらしい。黒髪ロング、という美人系の特徴も男の好みをぐっと掴んでいるようだった。


 そんなわけで、俺に遠海さんに近づく手立ては全く無いと言っても過言ではなかった。名も知らぬ、隅っこ族の転校生が急に学年のマドンナに話しかけたりしようものなら、どうなるのかは目に見えている。


「……まっ、誘ってくれてありがとよ。でも、俺は今日ちょっと一緒に昼飯を食う約束してるやつがいてだな、、、」


「おいおい、それってよぉ〜、、か、の、じょ?」


「んなんじゃねぇよ、バーカッ!」


 泡沫はヒデとかいう取り巻きのの言葉に食い気味で反論し、パタパタと駆け足で教室を出ていった。アオハルだね、という感想が似合うのかもしれないが、ここで俺がそんなセリフ吐いても場違いでしか無い。


 俺は小さなため息を一つつき、スッと立ち上がった。いつもはコンビニで買う昼ごはんを、今日は買い忘れてしまったのだ。だから、俺は転校以来初めてとなる食堂へ行くべく、小銭をポケットに入れて教室を出た。



 ……そして、迷った。昇降口から教室へ、そして教室から昇降口へ、そして帰宅―――という日課を繰り返していたせいか、よくよく考えてみれば俺はこの高校の造りをよく知らない。使う気もまともに通うつもりもなかった体が、これはしくじったな。


 だから今の俺は食堂を探して彷徨う、とかいう校内遭難状態だった。誰かに頼れば良いのだろうが、あいにくそんなレベルだろうが頼み事が出来る人物は俺には居ない。


 食堂というからにはデパートとかと同じく上の階にあると思ったのだが、どうやら外れらしい。4階建て校舎の4階には図書館や副教科の教室など、そんなものしか無かった。ということは、食堂は下の階にあるのだろうか。なんて、疲れながら人気のない階段にスッと立ち入ったその時、ふと視界の隅に一組の男女を見つけた。


「……」「……!」


 何やら話しているようだが、小声なので上手くは聞き取れない。だが、聞くよりも視覚情報のほうが今は大事だった。その男女に、俺は見覚えがあったから。


 それは遠海咲乃トオミ サキノと、泡沫ウタカタハルだった。両者ともに存在感のある者だから、一瞬視界に入れただけで分かった。二人は閉鎖されている屋上へ繋がる階段の上で何やら話している様子。だが、距離的に内容を聞き取れるでもないし、こっそりと近づこうにも階段ではそれも怪しすぎる。


 そんな一瞬の判断で、俺は“見ていないふり”作戦に切り替えた。二人が話していた、という事実だけを脳にインプットし、さも俺は二人の存在に気がついていないですよ感を醸し出して、下へと降りる階段をトントンと下っていく。俺の足音にピタッと一瞬二人の会話は止まったが、おそらく不審には思われていないだろう。


 そして、1階まで降りた所で俺は脳内の情報を整理することにした。


 泡沫は教室を出ていく際、『一緒に昼飯を食う約束がある』と言っていた。そして、あの様子を見るにその相手は遠海さんだったのだろう。付き合っていて、お昼を食べている......なら分かる。だが、何も食べずに真剣に何かを話していた様子を考えると、この二人の関係性はただの恋人や友達ではない、と見るのが妥当だろう。


 そして、思い出されるのは数日前にあの施設で盗み聞いた文言。遠海さんが言っていた、『何よ、ハルの馬鹿、ここにしばらく来ない訳?』という言葉だった。あの時は知らない人名かと思ったが、もしかすると“ハル”とは泡沫のことなのではないか?


 そして、そうなると遠海さんだけではなく、あの睡眠医療センターに繋がる手がかりになるのは、泡沫もなのかもしれない。もしそうなら、おそらく遠海さんよりも泡沫の方が探りやすい。


 俺はよしっ、とガラにもなく一つやることを決めた。今日の放課後、泡沫に真相を尋ねてやろう、と。素直に聞いて教えてくれることはないだろうが、そこはラノベとアニメで鍛えた詐欺スキルでなんとかしてみせよう。


 小鳥を救うためなら、その眠りの謎に近づけるのなら何でもする。だって、俺はそのためにこうして遥々東京まで来たのだから。


 そんな気合を入れ、覚悟を決めた所に無情にも響くチャイム。あ、しまった。俺は、昼ごはんを食い逃してしまった。

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