5話 ようこそ夢の世界へ(3) 〜怪しい施設〜
『大きくなったら私、響ちゃんと結婚してあげよっか?』
『……うるさい、小鳥。俺より良い人、東京にいくらでもいるだろ!』
『東京、か〜。どーだろうなー! うーん、なんか東京の男って、“俺イケてますよ〜”感あって、なんかチャラくな〜い? それなら私、響ちゃんでいいかなっ!』
『俺でいいって何だよ、、』
『……あれっ、もしかして拗ねちゃった?』
『いいや、呆れてるだけだ』
俺は目の前でニヤニヤと笑う少女に、大きくため息をついた。そんな6年前。俺がまだ10歳とかの時だ。
その日は確か3月も終わりかけの日で、そしてこの少女、藤宮小鳥が俺たちの生まれた小さな町を出て、東京の高校へと向かう日だった。少し大きめで、中学とは違った何だか都会っぽい洗練されたデザインの制服に身を包み、町一番の大きな駅の前で小鳥はニィッと笑った。
藤宮小鳥は俺の家の隣に住んでいた、5歳年上の女の子だった。家が隣同士、というのは案外大きく、幼少期からずっと小鳥は俺にとってはお姉さん的存在だったと記憶している。
そんな小鳥が、来年から東京に行く。やはり寂しく、どこかぶっきらぼうで投げやりな返事になってしまう。俺を置いて東京に行くのかよ、と。そんなに東京がいいのか、と。
『……じゃあ、響ちゃんっ! 私のボーイフレンドとして、ついてきちゃおっか?』
『ばっ、馬鹿じゃねぇの!? 小鳥なんてさっさと東京にいっちまえっ!!』
『アハハー、最後の最後で嫌われちゃったか〜。まぁ、ボーイフレンド以上が良いって言うなら、私はいつでも籍を空けてるからねぇ? ……あっ、でももし将来結婚するなら響ちゃんが藤宮家に入ってね? 私が古都姓になったら古都小鳥ってなって、なんかじっくり煮込まれたお鍋みたいじゃーん!』
相変わらずのお調子っぷりで、小鳥は笑っていた。でも、子供ながらにも分かった。その笑顔は、いつもよりも明るかったと。暗くなりそうなのを、小鳥も寂しいのを必死で我慢して、何とか明るさで吹き飛ばそうとしている......そんな感じだった。だから、
『……夏休みには帰ってこいよ、、』
少しうつむき、俺はボソッとそう呟いた。ぶっきらぼうな俺の言葉に、小鳥はしばらくポカーンと驚いていた。いつもからかってくる小鳥を鬱陶しがるばかりだった俺の言葉だ。小鳥にとってはさぞ珍しかったろう。
『……うん、分かったよ響ちゃん』
肩の力を抜き、小鳥は嬉しそうに笑った。そして、次の電車で東京へと発っていった。
小鳥は俺との約束を守ってくれた。夏休みにはちゃんと帰ってきてくれた。東京に染まったのか、だいぶ華美になった服装で。それでも、中身は小鳥らしくいつまでも純粋な子供のままで。
それが、俺の藤宮小鳥という幼馴染との最後の思い出だった。
忘れもしない夏。その夜、全てが......“壊れた”......
* * *
「……思い出したくないもの、思い出してしまったな」
まだ5月だというのに額をグショッと濡らした汗を拭い、俺はフワッと駅の壁から背中を浮かせた。そろそろ遠海さんが帰ってから四分が経つ。出発するにはいい頃合いだった。
「地図によると、ここから徒歩で10分、か」
なら俺の早足で7分ぐらいだろう。俺はクシャッとしわだらけになった紙に描かれた地図と住所を頼りに、一人で線路沿いに歩き出す。そして角を曲がり、信号を渡り......と、順調に目的地へと歩き進めていた。
そして、宣言通り7分でその目的地へとたどり着いた。その建物の前で紙を取り出し、もう一度確認してみる。
『セント・クリスティーナ睡眠医療センター』
紙に書かれてある謎の施設名と、今俺の目の前にある建物の名前は同一。ということはやはり、ここで間違いないようだ。俺が行きたかった場所。ずっと、気になっていた場所だ。
ネットで調べると、この『睡眠医療センター』なるものは結構世界中にあるらしい。やっていることは睡眠に関する研究や、それを応用した最新治療。それから不眠症に関する治療とカウンセリング、だそうだ。
だが、もちろん俺は不眠症でも何でも無い。悪夢に悩まされており睡眠に問題がある、という点では通院をオススメされるレベルだろうが、今はそれが目的ではなかった。
俺はあまり患者はいないのか、まばらに車の停まる駐車場を抜けてその施設内に足を踏み入れた。建物の大きさは3階建て、とそこまで大きくはない。
そして、ウィーンと音を立てて開いた自動ドアの向こうも、一見は普通の病院、という感じだった。白を基調とした壁に、飾られた花。カラフルな待合椅子には色々抱えてるのであろう、目の下のくまが凄い患者や睡眠薬のボトルをギューッと大事そうに握りしめる患者など、数人ほどの人間が居た。
「初診ですか?」
そんな院内の様子を見ていた俺を困っている患者だと思ったのか、看護婦であろう女性がご丁寧にも受付から出てきて、俺にニコリとそう尋ねてくれた。俺は、その問いに「いや、、」と首を横に振る。
「……藤宮小鳥という少女が以前この病院に来ませんでしたか?」
「えっと、すみません。患者様のプライベートに関わることですので、お答えはできません」
「そうですか。まぁ、そうですよね」
ある程度予測はしていた答えだったが、その答えに少しばかりガッカリする。やはり正攻法では病院内部については探れない、らしい。
まぁでも、今日はこの建物の存在を確認できただけでいいか。また後日出直そう、と看護婦に軽く会釈して受付に背を向けた。その時、俺の耳に聞いたことのなる声がピクッと入り込んできた。
「はぁ? 何よ、ハルの馬鹿、ここにしばらく来ないのかしら?」
「まぁー、仕方ないのデース。ハルっちには前の戦いのこともありますし、しばらく休暇をあげてるのデース。……それに、サキサキ一人でも大丈夫デースよー」
「まぁ、特級とか悪夢憑きが出なかったらね、、」
ふとその声のした方を見上げてみると、それはこの病院の二階から聞こえてきていた。俺はチラッと受付の看護婦さんが資料にスッと目をやった隙にソソソと階段を登る。影が薄いのは、こういう時に便利だ。
そして、その声が聞こえた方へとゆっくりと近づく。聞いたことのない単語も混じっていたが、俺はどうしてか、その会話が重要だと確信してしまっていた。それを盗み聞くことがこの先役に立つ、と直感が告げていた。
だから息を潜め、若干開けっ放しになっていた扉に聞き耳を立てた。小声とは言え、下まで聞こえてきたのは扉が完全には閉まっていなかったせいだろう。あと俺は地獄耳だ。
「……とにかく、新しい人員の補充がなければキツイわよ? ただでさえ人手不足と夢獣の凶暴化が問題になっているのに、私一人に丸投げとかおかしいわ」
「すみませーん、手配はしているのデースが、どこも等しく人材不足なのデース。ハルっちが戻ってくるまではサキサキ一人で......って、あーっ! 扉、ちょっと開いてましたデースッッ!!」
俺はその甲高い言葉、アクセントが若干おかしいことから外国人だと思うが、その女性の言葉にドクンと心臓が跳ね上がったのが分かった。マズい、見つかる―――だが、そんな思考からスッと体を動かす命令を出す前に、
「ちょっとクリス、何してるのよ。ったく、こんな話もし一般の人に聞かれでもしたら......」
想定よりも早くガチャッと扉が開いた。きっと、誰か盗み聞きをしていないか確認するためだろう。すぐにバタンと閉めるのではなく、一旦外を伺ってから閉める。その行動は、入念を期すなら適した行動だったのだろうな。
だが、実際に盗み聞きしていた俺にとっては最悪のシチュエーションでしかない。外開きの扉が開いたことで、その開いた側に立って聞き耳を立てていた俺は、逃れようもなくその扉から外を伺った少女とバッチリ目があった。
そして、俺はその声が“どこかで聞いたことのある”ものだった理由を知ることになる。
「……なっ!? って、古都くんあなた一体どうして―――!」
「……遠海さん、、? 君こそどうしてこの病院にいるんだ? まさかここが家じゃあるまいし」
「それはっ、、、」
俺の言葉に、遠海さんは明らかな動揺の色を見せた。その反応から、やはりこの病院はただの病院ではないのだと、理解するには十分だった。俺は戸惑う遠海さんに、今が好機だと詰め寄ろうとした。だが、
「ハーイ、そこまでデース!」
俺と遠海さんの間に、さっきの外国人の女性が割って入った。ニコニコと笑っているその女性は、やはり外国人で間違いないようだった。金髪と緑の目で分かるが、その顔立ちも欧米風だったから。
「……あなたは、そしてここは一体―――」
聞くのは別に遠海さんからでなくても良い。この人からでも良かった。だが、俺の言葉にその女性は「しぃー」と、笑顔のまま人差し指を俺の唇に当てた。
「……その先に行くのはオススメしまセーン。死にたいのなら別デースけど」
「死ぬ、、」
その言葉の重みが俺にドスッと覆いかぶさった。ニコッと笑っているが、その奥には冷たい物が潜んでいた。それが、その女性の言葉の鋭さを一層際立たせている。
「……クリスの言う通りよ、古都くん。どうしてここにいるのかは知らないけれど、これ以上私達に関わるようならあなた......本当に死ぬから」
遠海さんの俺を見る目も同じだった。女性が間に入ったことでさっきまでの動揺も解けた遠海さんは、スッと冷めた目で俺を見ていた。その言葉にもヒンヤリとした鋭さと、ズシッと来る重みがあった。あぁ、これは真実なのだろう。
「……分かったのなら、さっさと帰ることね」
「……分かった。すまないな、聞いてしまって」
俺は素直に立ち上がり、クルッと背を向けた。
「聞いていたのなら、早めに忘れることデースよ、少年。関わるとろくなこと、ないデースから」
そんな立ち去る俺に、その女性は釘を差すようにそう告げた。俺はその忠告に頷き、階段を降りて待合室から、この施設の外へ出た。
正直、さっきの二人の話に聞き覚えはない。知らない言葉、専門用語なのだろうか、が多かったし、俺の踏み込める領域では無いのは重々分かる。だが、それでも俺はもう一度この施設にやって来るつもりでいた。
今度こそ、その実態を暴くため。そうすることが、今も眠り続けて目を覚まさない俺の幼馴染、“藤宮小鳥”を救う手立てになるのだと、信じていたから。
「お大事に〜」
そんな看護婦の声を背に、俺はセント・クリスティーナ睡眠医療センターを後にした。だがこの時、俺は気がついていなかった。きっと俺の背中をジーッと見ていたすれ違った人物が医療関係者とは思えない、ラフなジャージ姿だったからだろう。
* * *
「……ねぇ、さっきの子ってなんて名前?」
響介が睡眠医療センターを去ったその背をジッと見ていたその男は、ニマニマと変な笑みを浮かべながら、受付の看護婦にそう尋ねた。だが、看護婦は首を横に振る。
「すみません、班長。その、患者さんではなかったようでして......」
だ から名前は聞いていないです、と看護婦は申し訳無さそうな顔をした。だが、班長と呼ばれたその男は「いいよいいよ」と軽く笑い、グイッとその顔を看護婦に近づけ、そっと囁いた。
「……なんか、君に聞いてきたりしなかった?」
その言葉に看護婦は少し考え、アッと手を打った。
「言っていました! 何だっけ、、ふじみ、、ふじみや、、、」
「―――藤宮小鳥、かな?」
「そうっ! それです、班長! ……ですが、どうして、、、」
その男は看護婦の問には答えず、ははーんと何か面白いことを考えている、そんな表情で施設の奥へと歩いていった。
(……なるほど〜。まさか、千夜月の夢禍の生き残りが、ねぇ、、、)
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