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4話 ようこそ夢の世界へ(2) 〜“偶然”とは恐ろしい〜

 彼女は「はぁー」と呆れ顔で息を吐き、スマホの画面を消してスカートのポケットに仕舞うと、腕を組んでジトーッと追求する目で俺を見上げた。


「助けた相手にストーカーをするなんて。最低ね、あなた」


「まさか。俺に失うものがないとは言え、流石にそんな暴挙には出ない」


「……それ、自分で言って悲しくならないのかしら、、」


 失う友も信頼も無いのだから、別に構わない。将来的な目的はあるが、この子には関係がないだろう。

 そんな俺を憐れむように彼女は「うわっ、、」と若干引いていた。


「……とにかく、私は別にお礼とかは求めていないわ。あなたの件はさっきので終わり。なのにどうして私の後をつけるのかしら?」


「俺もこっちの電車に用事があるからだ。ダメなのか?」


「えっ? いや、拾った時に見えたのだけど、あなたの定期はここ御門駅みかどえきから杜山もりやままでよね? こっちのホームは逆方向なのだけれど......」


「知っている。今日は家に帰る前に用事があるんだ」


「……そうなのね。それは、、ごめんなさい。変な疑いかけてしまったわ。てっきり私のストーカーか道に迷ったのかと、、」


「その二択なら後者を所望するところだ。が、普通に行きたい場所があるだけなんだ。それが流れで君の隣に並んでしまっているだけだ」


「不思議な流れもあるものね。でも、良かったわ。転校生の子が変な人なのか、とか一ヶ月も経って迷子7日、とか、ちょっと怖かったから」


「俺も流石に一ヶ月乗ってきた電車の方向を間違えたりはしない。……というか、俺のこと知っているんだな」


 彼女の口ぶりに、俺は少し踏み込む。クラスでも隅にいる俺が、まさか他クラスの女の子に認知されていたとは思ってもいなかったから。だが、彼女は「当然じゃない」と、逆に俺を不思議そうに見上げた。


「転校生なんて、高校生になっても珍しいイベントだわ。私はそこまで興味がないのだけれど、周りがうるさくって」


「なるほど、それは確かにそうだな。てっきりB組の根暗オタクか何かとして、目立たなすぎて逆に目立っていたパターンかと思っていたが、確かに転校生と言うだけで一種のステータス持ちになるのか」


「……あなたの自己評価、聞いてていい感じはしないわよ?」


 彼女の憐れむ目はいつの間にか蔑む目になっていた。が、あいにく俺は女性に蔑まれて喜ぶ性癖はない。

 また、沈黙が流れる。チラッと見上げた電光掲示板はもうすぐ電車が来ると示していた。そんな一分足らずの時間、ただ待つのも気まずいし暇なので、俺は今度は自ら話しかけてみることにした。


「……君、名前は? 同じ学年だよね」


「急にナンパのようなこと聞くのね。それに、人に名前を聞く時はまず自分から、じゃないかしら?」


「ナンパのつもりは無かったが、そう感じたならすまない。俺はB組の古都響介コト キョウスケだ」


「古都、くんね。……ほんと、不思議な縁だわ」


「俺は名乗った。君は?」


「……そんなに知りたいのかしら? というか、本当に知らないの? 自分で言うのもなんだけど、私結構二年じゃ有名な方よ?」


「そうなのか。悪いが俺は転校してきたばかりで、クラスの連中すらよく知らないんだ。他クラスなんてもっと知らない」


「……それも一理あるわね。少しうぬぼれていたわ。……私は、A組の遠海咲乃トオミ サキノよ。これで満足かしら、古都くん」


 彼女、いや遠海トオミさんは俺を悪戯な目で見上げ、ニコリと笑った。美少女が向けてくれる笑み......普通なら「デュフ」とか照れたりするのだろうが、表情の乏しい俺には難しい芸当だ。コクリと頷き、スッと手を伸ばした。握手のつもり、だったのだが、バッドタイミングでホームに電車が入ってきてしまった。


 俺の伸ばした手は虚空にブランと悲しく残っていた。遠海さんはフフッと半分くらい馬鹿にしたような笑みを浮かべ、プシューッと開いた扉から車内に乗り込んでいく。俺は手持ち無沙汰になってしまった手で誤魔化すように頭を掻き、そして遠海さんの後に続いて電車の中に足を踏み入れた。そのすぐ後ろで、またプシューッと扉が閉まる。


 ガタンゴトン、と電車が揺れ始め、外の景色もどんどんと後ろへ流れ始める。いつもは来ない方向への帰宅、ということもあり、車窓の新鮮な景色には男心を少しくすぐられる。


 そんな車内は相変わらずの情景だった。時間が時間ということもあり、乗客層のメインはうちの高校の生徒だ。特に混んでいるわけでもない、放課後の電車。まばらだが席も空いている。


「遠海さんは座らないのか?」


「……私はすぐに降りるから。それに、座ると色々と厄介なのよ」


 御門駅、学校の最寄駅で開いた扉とは逆側にもたれかかり、遠海さんは疲れたように「はぁー」と息を吐いた。詳しい理由は俺に分かる由もないが、それでもチラチラと感じる視線からなんとなく察することは出来る。


「そういう古都くんこそ、座らないのかしら? 譲るべき人も居ないようだし、あなたが座っても何ら問題は無いように感じるのだけれど」


「俺もすぐに降りるからな。別に座る必要はない」


「そう、ならいいわ。……いや、少し嫌な予感がするのは気のせい、かしら?」


「俺も気にはなっている。まぁ、まさかだとは思うがな」


 御門駅はこの鉄道路線の中でも真ん中にある。とは言え、駅数はすべて合わせると二十駅ほどあるので、この先の駅数はその半分、十駅ほどだろう。そんな中、俺たちの降車駅がかぶる確率は十分の一だ。まさか......



 プシューッと音を立て、俺“たち”の後ろで扉が閉まった。そして、低い駆動音を立てながら電車はホームを発つ。その風を背に受けながら、フゥーと息を吐く。


「……そろそろ怖いのだけれど」


「俺も、だ」


 遠海さんの汚いものでも見るかのような蔑んだ視線......俺は悪くないのに、自動的にどんどん俺の扱いが下へと落ちている気がする。そんな視線に俺は肩を落とし、首を横に振った。もちろん『美少女をストーカーしてイチャコラしてやるぜヒャッハー』、なんてグレーな思惑は俺にはない。本当に偶然が重なり、降車駅までもが偶然同じだったのだ。


 改札を出て、駅前で立ち止まる。


「一応尋ねておくわ。私、こっちなの。古都くんは?」


「……どうだかな」


「その返答からすると、“また”なのね。……まさか目的地まで同じ、じゃないわよね?」


「ここまで来るとそれもありそうだがな。……でも、流石にないだろう。だって遠海さんは家に帰るんだろ? 流石に、俺の用事のある場所が遠海さんの家であるはずがない」


「……それも、そうね。ここでもし古都くんが私の家に用事がある、とでも言おうものならそこの交番に駆け込むところだったのだけど、どうやら杞憂みたいで良かったわ」


「あぁ、俺もそうならなくてよかった」


 転校して一ヶ月で前科持ち、なんてシャレにならないだろう。クラス中から変な目で見られようが陰口を言われようが、俺は気にしない。だが、もし警察の厄介に、それも同学年の女子生徒絡みでなろうものなら、俺の居場所は皆無となるだろう。居場所が畳一枚でも気にしないが、ダンボール小屋なら気にする。そういうものだ。


「じゃあ、私は先に行くわ」


「……そうだな。疑われないためにも、俺は二、三分ここで時間をつぶすことにするよ」


 もしもこれで俺の目的地より遠海さんの家が近ければ、図らずも俺は女の子の自宅を知ってしまうことになる。それも、転校生で別に絡みのない他クラスの男子が、だ。それは流石に嫌だろう。遠海さんは俺の言葉に「ありがとう」と小さくつぶやき、


「じゃあ、今度こそまた学校で会いましょう」


「……会えても話せるかどうかは微妙だがな」


「そうね。確かに、古都くんが私に話しかけるのはハードルが高いかもしれないわね。でも、最初の一歩は誰でも勇気がいるものよ。それを乗り越えなければ、古都くんは一生そのままになるわ。それで、いいのかしら?」


「……仕方ないな。俺の行動結果、孤立したとしても俺はそれでいい。そのほうがずっと楽だ。……それに、俺のようなやつと仲良くしたい物好き、いると思うか?」


 遠海さんは俺を励ましてくれている、のかもしれない。でも、それは正直ありがた迷惑なところがあった。前者も後者も、俺の本音だ。あまり人と親密になりたくないのも、俺のような奴と仲良くなりたいなんて物好きだ、という評価も。


「……私、古都くんと話していて嫌な感じはしなかったわよ? 話返すのも早いし、聞き取りづらいわけでもない。話せるのに、わざと避けてる......そんな感じかしら」


「……買いかぶりすぎだ。俺は本当に人と話すのが苦手なんだよ」


 軽く笑い、肩をすくめる。遠海さんの目が一瞬キュッと細くなったところを見るに、もしかしたら察せられていたかもしれないが。それでも、遠海さんはそれ以上何か言うことはなかった。


「ごめんなさい。変に引き止めてしまったわ。今度こそ、また明日。……それと古都くん。今日の偶然、案外楽しかったわよ」


 そう言って遠海さんは最後にクスッと笑うと、踵を返して歩いていった。


 その背中が小さくなるのを見送ると俺は駅の壁にもたれかかり、制服の内ポケットからクシャクシャの紙を取り出した。その紙に書かれてあるのは、とある場所を示した住所とそこへ至る手書きの地図。そして、その建物の名前だった。


『セント・クリスティーナ睡眠医療センター』


 その柔らかな筆跡をジッと見つめ、俺はまたその紙をグシャッと握りつぶした。


「……待ってて、小鳥」


 そして俺はボソッとその名を呟き、『フゥー』、と深く息を吐いて目を瞑った。

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