3話 ようこそ夢の世界へ(1) 〜一人の世界〜
俺は、光の当たる人間ではない。かけっこで一等賞を取ったこともないし、勉強でトップを狙えるわけでもない。バレンタインデーには靴箱がチョコであふれるイケメンでもない。全て、普通だった。運動も勉強もスタイルも、全てが可もなく不可もなく。
ただ、性格とか種族、というのかな。それは世間的に良いと思われるものではないだろう。
「……なぁ、帰りにゲーセンよらねっ?」
「……」
「なぁっ! 古都くん!!」
「……えっ、それはもしかして俺に話しかけてるのか?」
「もしかしなくてもお前以外に古都って奴、いるのかなぁ〜? って、いねぇだろぉっ! ……で、どうだ? ゲーセンッ!」
何の一人ツッコミだ。と、反応すべきなのかもしれないがあいにく俺にそんな高等なことは出来ない。
「……俺は、、、いいよ。俺なんかが参加してもいいこと無いし、、、」
「おいおいー、そんなこと言わずに、なっ? ほら、古都くんが休み時間になんかトントントンッてやってるやつとかさぁ、、古都くんゲーム上手いじゃん!」
「アレは......、、はぁー。とにかく俺は行かないよ。誘ってくれてありがとう。でも、ごめん」
世間の音ゲーマーが皆ゲームが上手いと思うなよ。俺はカバンを持ち、立ち上がった。クラスの隅で一人ぼっち。休み時間は音ゲーでもやってる俺に声をかけてくるなんて、よほどの物好きだろう。名前は泡沫ハル......だっけ。不思議なやつだ。
「……おい、何であんなヤツ誘うんだよハル。転校生だからってあんな周りと馴染まないような根暗、わざわざこっちから構ってやることねぇって!」
「そうだぜ、オタク野郎とゲーセンとかマジキモいし。あーあ、沈んだ気分ぶち上げてぇからさっさと行こーぜ」
「あ、ああ......」
泡沫は名残惜しそうに俺をチラッと見たが、友達に引かれるがままに教室の前の扉から出ていった。
やっぱり、変わり者だと思う。この学校の二年B組に転校してきて一ヶ月。クラスメートと話したのは最初の一日のみだ。その日は珍しいということもあり話しかけてきたクラスの一軍たちも、その一日で俺が二軍以下の人間だと悟ったようだ。
全く、あの同族とそれ以外を嗅ぎ分ける嗅覚は犬以上と言うか、優れたものだな。
俺はガラガラと教室の後ろの戸を開き、ワイワイと盛り上がる放課後の廊下に一歩踏み出した。そしてそのまま、スタスタと人混みをかき分けるように昇降口へと向かう。
「今日の部活、外周だっけ? うわっ、ダリィ、、」
「まったくだぜ。俺ら二年になってもまだ走らされるとか、弱小部のくせに強豪気取りかよ〜」
部活、か。興味がないわけではないが、入りたいとは思わない。言うなれば“食品サンプルを見て美味しそうだとは思うが、わざわざその店に入って食事をするほどでもない”。それが、俺の部活に対するイメージだ。
別に、仲良くしたくないとか人を避けているとかではない。ただ、俺は人と一定以上の関係を築くのが嫌なだけだ。深く入り込めば入り込むほど、失ったときの絶望が深いから。そう言って逃げ続け、あれからもう6年が経ってしまったわけだが。
そんなことを考えている内に、昇降口についた。妄想の世界は楽でいい。こうして現実から離れた世界で適当なことを考えていれば時間は過ぎるし、周りの雑音を気にすることもしなくていい。変な目で見られても、悪口を言われていても気が付かずに済む。
『―――♪』
トントンと靴を均し、Bluetoothイヤホンを耳に押し込んだ。これで、一人の世界に入り込む準備はバッチリだ。聞くのは両耳から流れ込んでくる心地が良い機械音声だけでいい。
学校を出て、最寄りの駅へと歩く。俺と同じ帰宅部の連中が歩いている中に紛れて。
だが、俺は今から帰宅するわけではない。さっき、泡沫に誘われたゲーセンを断ったのも、確かに半分は場違いだと思ったからだが、もう半分は用事があったからだ。家のある方向とは逆方向に、俺は今日行く用事があった。
東京という大都会の中でも、ここは高層ビルが立ち並んでいたりもしない下街だ。それなのに、それでも学校の最寄り駅には数分に一本のペースで電車が来る。転校前に住んでいた街と比べると、正直信じがたいペースだ。駅舎で一人ラノベを読む、なんて昔の癖をここでやってしまうと、目の前を電車がひっきりなしに往来していくのだから。
そんなものだから、すっかり時刻表を確認する癖が抜けた。ぶらっと駅に着き、ちょっと待ったら電車が来るのだから。そんな学校の最寄駅の改札に、俺はICカードをかざす......
「……あれ?」
ここで、違和感に気がついた。定期券を入れてあるポケットの......チャックが開いていた。慌ててリュックを下ろして確認してみるが、考えられうる最悪の光景しかそこにはなかった。
「……最悪、だ」
後続の生徒のことも考えてスッと列から外れ、俺は券売機の方へとフラフラ向かった。大方、開けっ放しだったリュックから定期が落ちたのだろう。こうなれば切符を買うしか無い。買ってまだ一ヶ月の定期をなくしたのは痛いが、チャックを開けっ放しにしていたのは俺の不注意なのだから仕方がない。
『―――♪』
「……」
『―――♪』
「……!」
諦めて財布を取り出そうとした時、不意にトントンと肩を叩かれた。俺は反射的にイヤホンを外し、クルッと振り返る。
「……それ、一体どんな音量で聞いているのかしら?」
「えっと、、」
そこに立っていたのは、女の子だった。さっきからずっとイヤホンガンガンの俺に声をかけてくれていたのか、若干頬を赤らめて怪訝そうに眉をひそめている。
制服を見るに、この女の子と俺は同じ高校なのだろう。リボンの色が桃色、ということはそれも俺と同学年だ。
サラサラと綺麗な黒色の長髪を風になびかせる、儚げな少女。ラノベとかアニメだと、氷の令嬢とかの雰囲気にピッタリな正統派美人の彼女が、一体俺に何の用なのだろうか。ハッキリ言って、俺にこんな美少女とお近づきになる機会など、決して無いはずなのに。
そんな俺に、彼女は「んっ」と恥ずかしそうに何かを見せた。昔テレビで見たことがある、『この紋所が〜』のセリフが似合うポーズで彼女が俺に差し出したのは、“アニメキャラのラバーチャーム”が付いたパスケースだった。一瞬俺と同族かと思ったが、それは......
「それ、俺の定期だ」
「知ってるわよ、見てたから。……と、盗ったわけじゃないからね!? ただあなたの後ろを歩いていたらそれを落としたのを見て......恥ずかしいけど拾って声をかけたらあなた、無視するんだから」
「……それは、、申し訳ない」
そこは素直に反省すべきだと思う。イヤホンをガンガンにして周りの声をカットしていると、善意の声も聞こえなくなってしまうのだと、俺はこの日悟ったわけだ。
俺は定期の入ったパスケースを受け取り、その少女にペコリと頭を下げた。これで新しい定期を買う必要もなくなり、三食パンの耳生活になることもないだろう。
「気をつけなさいよね。壁を作るのは自由だけど、この世界はあなた一人じゃ生きていけないのだから」
「……それは、、まるで聖人か世界のヒーローみたいな言葉だね」
「……そんなものかしら。じゃあ、また明日」
「あぁ、ありがとう」
また明日会ったとしても会話することはないのだろうが、俺は社交辞令でそう返事をし、彼女に続いて改札をくぐった。
そして、彼女と同じ階段を登り、彼女と同じホームで、彼女の隣に立つ。
「……」
「……」
同じ電車の同じ扉のマークに並んだ俺たちの間を、しばしの沈黙が走り抜ける。先に口を開いたのは彼女だった。俺の方を見ること無く、スマホの画面を見たままポツリと一言。
「……なぜなのかしら?」
「それはこっちのセリフだ」
「いいえ、私のセリフよ」
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