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21話 ひとつ屋根の下(3)

「いやぁ、俺が響介と登校とか、皆ビビるぜ?」


「……だから嫌なんだけど」


「もしかして俺のことが嫌いなのか!?」


「ハルが嫌ってわけじゃ、、、ひょっとして、ハルってめんどくさいタイプか?」


 ガーンとショックを受けているハルに、思わずため息が漏れた。それはいつもクラスの中心にいるようなハルの似合わない一面に対するものでもあり、そしてそんな人気者のハルとクラスの底辺の俺が一緒に登校する―――という天変地異に対するため息でもある。教室に入ったときの反応を想像すると、今から憂鬱になって帰りたいくらいだ。


「響介だって皆と仲良く出来るって! だって、響介が人を避けてたのって失いたくないからなんだろ? もう大丈夫だよなっ!」


「……なんでハルが俺の大丈夫を決めるのかな、、。ハァ、俺は変わらないよ。少しは前向きになるだろうけど、それでも俺はハルと咲乃がいればそれでいい」


 それは俺の本音だ。学校にまともに行くのなんて数年ぶりで、転校してから今まではただ小鳥の手がかりを探す手段として学校に通っていた。だからその建物にはなんら興味はなかったし、人間関係にもなんとも思わなかった。

 だけど、今は違う。学校という場所が手段として通う場所ではなく、俺の生活の一環として通う場になったのだから。


 まぁそれでも、俺はハルと咲乃がいれば別に良かった。俺の許容スペースは二人でもう十分いっぱいいっぱいだから。


「……ごめん、響介! 俺にそっちの趣味はねぇ〜!!」


「アホか、俺にもない」


 焦った様子で駆け出そうとするハルを、襟首をガシッと掴んで止める。何をどう解釈したら、俺とハルがそういう関係になるとでも思ったのやら。……想像したらなかなかに気味の悪い光景だぞ。


 朝の味噌汁がグググと上がってくる感覚がして、俺はそれ以上この想像を広げるのをやめた。


             * * *


 海浜線の真白坂ましろざか駅から電車に乗り、学校の最寄りである御門駅を目指す。この二つの駅の間には3つの駅があり、つまり4つ先の駅へ通学するわけだ。所要時間にしておよそ10分ちょい。千夜月町ならこの10分待っても電車は来ないというのに。東京って、改めて見るとすごく発展した街なのだな。


「……俺、誰かと通学するって多分6年ぶり」


「マジで? 響介って中学の時もずっと一人通学だった系?」


「中学の時は引きこもっていたからな。そもそも学校に行っていない。高1の時もそうだ。こっちに転校してきて、4月からようやく通い始めたんだ」


「そうだったのか。……理由は聞かねぇけど、なーんか俺には想像つかない世界だわ、それ」


「ハハッ、だろうね。ハルは風邪引いても、這って学校まで行きそう」


 こうやって誰かと笑うのも、6年ぶりだ。父さんと母さんが死んで、小鳥が目を覚まさなくなって、俺は施設に引き取られた。そうなると自然に学校には行かなくなった。俺に関わると死んでしまう―――多分、そう思ったから。


 そんな当時の俺にとって、今この光景は信じられないものなんだろうな。同級生の野郎と女の子とひとつ屋根の下で暮らし、朝はこうして一緒に登校してる、なんて。


「それにしても、咲乃ちゃん酷いよなっ! 普通、俺たちを待って一緒に行かね?」


「……それだと変な噂立つからな。余計な心労は負いたくないんじゃない?」


「心労って......俺たちといるのがそんなに疲れるかね〜」


 分かんねぇ、と頭を掻くハル。ハルは自覚がないのだろうか。自分がクラスで、学年でどれほど人気か。俺のようなボッチに話しかける辺り、ハルは「全員と友だちになるっ!」ということを本気で目標にしているタイプだろう。そんなハルと学年一の美少女である咲乃が変な噂になれば......女子の世界は怖いと言うし、それを避けたいと思うのも分からないではない。


「……ハルには分からないだろうね、一生」


「おいっ! 馬鹿にしたよな!?」


「馬鹿にするも何も、ハルは元から馬鹿じゃないか」


「―――うおいっ!」


 アハハ、と思わず俺の口から笑みがこぼれていた。誰かがいるだけで、こんなにも毎日って楽しくなるものなんだな。まるで、夢のようだ。俺に楽しむなんて心が残っていたことも、こんな日常を心のどこかで懐かしんで求めていたことも驚きだったが。


「改めて、よろしくな」


「……マジで今更だな。まっ、当たり前だけどな」


 俺の差し出した手をハルがバチンッと叩く。やっぱ、馬鹿な気がする。でも、それがハルらしさなのだろう。


 車内アナウンスを聞き、止まった電車から俺たちは降りる。御門駅の改札をくぐると、人の流れがツーッと学校まで伸びているのが見えた。駅から学校までは徒歩5分ほど。これまでは下を向いて歩いていたため見えなかったが、そうか。この世界にはこんなに沢山の人がいるのか。


「……なんか不思議だよな。俺たち以外、誰も夢の世界(ワンダーランド)のことは知らない。何も知らず、ただ平和を謳歌してるんだぜ?」


「いいことだよ。そんな世界を守るためにハルは、咲乃は戦っているんだろ?」


「そうだな〜、、多分そうなんだろうな。出来れば俺の友達が皆、あんな怪物ナイトメアを知らなくていい世界のままにしたい。だから戦ってるんだよな。……でも、それは響介も一緒だろ」


「……俺は、、、」


どうなんだろうか。俺が夢の世界(ワンダーランド)に行ったのも、夢獣ナイトメアと戦うことを選んだのも、ユメを庇ったのさえ全て“藤宮小鳥”という幼馴染を救う手段として最適だと思ったからだ。決して、この世界の役に立ちたいとか言う崇高な目的があったわけじゃなかった。


 でも、俺の力がそんな二人の役に立てるなら......


「俺は、二人の望む世界を守るために戦うよ」


 朝起きたら誰かが居て、一緒に御飯を食べるトモダチが居て、帰ってきたら誰かが居る。こんな世界を守るっていう目的も少しくらいあっていいだろう。そんな世界を守りたいと願う人が身近にいるなら、その手助けをしたってバチは当たらないだろうしな。


御門坂みかどざか高等学校』


 そんな名前だったのか 、この高校。書類だけの手続きに、ただ手段としての高校生活だったから高校名なんて気にしていなかった。

 でも、それって結構損してたのかもな。なんて、今になって思う。視野を狭めずにもっと広く世の中を見ていればよかった。それに気が付かせてくれたのはハルと咲乃で、そしてそれは元を辿ればあの一枚の紙だ。


 眠り続ける小鳥の病室で見つけた紙に導かれて今があるわけだから、これは小鳥のおかげなのか?


「―――やべっ! 予令のチャイム鳴ってるぞッッ!!」


「はっ!? それはマズいな、、」


 ハルが「ウォォッ!」とダッシュで駆け出し、俺はその後を追う。遅刻なんて変な目立ち方はしたくない。疲れるし走りたくないし、でも何だかガラにもなく楽しんでいる自分がいる。


 住む場所が変わったから定期券が使い物にならなくなったとか、もはやどうでもいいな。


             * * *


「……よしっ、今日はここまで。じゃあしっかり復習しとけよ〜」


 チャイムが鳴り、授業が終わった。何だか久しぶりにまともに授業を受けたとあり、午前中だけでどっと疲れてしまった。これまでは学校などどうでも良かったから上の空だったが、これからは違う。


 ということは、テストも真面目に受けなければいけないのだ。ハルに「馬鹿」と言ってしまった以上、俺はハルよりもいい点数を取らなければならない。あぁ、なんで余計なハードルを立ててしまったのだろうか。


 だが時間は止まること無く、昼休みはやって来る。そう言えば、今日も遅刻寸前と焦っていたこともあり昼食を買い損ねてしまった。またお昼抜きは......キツイよな、、


「ハル、今日こそ食堂へ行くぞオラッ!」


「あっはーん、ヒデはまだ遠海さんのこと諦めてなかったのか?」


「うるせぇ、ってか昨日の今日で諦める恋って何だよっっ!」


「……ヒデ、好きなのは認めるんだな」


「―――ッッ!?」


 いつもどおり、ワイワイと楽しそうに聞こえてくる昼休みの声。織田川秀吉オダガワ ヒデヨシ、だっけ。ハルやその他クラスメートからはヒデと呼ばれている、よくハルと一緒にいる“悪友”って感じのやつだ。ハルの友達でも、多分俺は一生仲良く慣れないタイプだろうな。


 ここにいる意味もないし、関わりたくはない。人付き合いとかじゃなくて、ただ相性的に。

 俺は財布をポケットに滑り込ませ、立ち上がった。今日こそ食堂を見つけるか、購買にでも行こう。


「……あっ、悪いなヒデ。今日も俺、先約あるんだわ〜」


「おい、ハル!? って、またかよぉ。付き合いワリぃぞ!」


「だからごめんって!」


 ハルは咲乃と今日も会うのか? あ、そう言えば昨日二人の密会を見てしまったことを二人に明かしてなかったな。まぁ、言わなきゃいけない話でもないし、俺の中にとどめておくか。


 そんな事を考えながら、俺はスーッと教室の後ろを歩く。誰にも声をかけられないし、かけるつもりもない。ハルと咲乃とは仲良くしても、これ以上増やすつもりはないからな。


「……よーしっ! 昼食いに行くぞ、響介」


「……」


「……響介? おーい、何固まってるんだ〜?」


「……はぁっ!?」


 なのに……おいおい、これは想定外だ。

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