2話 どりーみんわーるど(2)
夢の世界はそれはもう、基本的には自由な世界だ。俺達が普段見る夢に制限がなく自由で壮大であるように、この世界もある程度何が起こっても不思議ではない世界だ。
例えば、俺たちの持つ夢想力もその一つだろう。俺たちが最初にこの夢の世界に足を踏み入れた際に授かった、ファンタジー風に言うなら特殊能力。それが、“夢想力”。
これが俺たちのような人間が、一介の高校生が夢獣なんて怪異と戦える大きな理由だった。
「古都くん! こっちよ!」
「……了解した。っと、ハルはまだ来ていないのか?」
「泡沫くんは少し遠かったみたい。どうする? 泡沫くんを待つか、それとも私と古都くんだけであの夢獣を覚ますか」
咲乃はズンッとそこに立っている二足龍型の夢獣から視線を離すこと無く、俺にそう判断を委ねた。俺はそれを受け、改めて目の前の夢獣を観察してみる。
サイズは中級、だ。今の実力を考えると二人で挑むのは若干不利ではあるのだが、問題は時間がなさそうなことだった。
「咲乃。あの夢獣、侵食する寸前だよな?」
「そうみたいね。だいぶ周辺の夢の世界の輪郭もぼやけてきてるし、正直時間の問題だと思うわ」
夢の世界は決して夢獣を外の世界、つまり俺たちの暮らす世界には逃さない。なのだが、この夢獣のように明確な悪性を持った夢獣は外の世界に出ようとすることがある。そして、その過度の干渉を受けると夢の世界はその扉を開いてしまうのである。
それを防ぐために俺達はここに居て、戦うのだ。ならばこの状況でやらなきゃいけないことなんて一つしか無い。
「……これが外に出るのも、誰かに逆憑きするのも厄介だ。咲乃、とりあえず俺たち二人で戦う」
「分かったわ、古都くん。あなたの指示に従う」
そう言って咲乃はニコリと笑うと、隊服のスカートのベルトに刺さっていた短銃を二丁クルッと回し、チャキッとカッコよく夢獣に向けた。戦闘時はその長い黒髪をポニーテールに結いている咲乃は、普段の冷たいイメージとは打って変わって活発的な女の子に見える。
「―――ほらっ、こっち向きなさい」
フフンと笑った咲乃の構えた銃がボッと火を吹いた。その弾丸は真っ直ぐに夢獣に突き刺さり、夢獣はピクッと動きを止めた。だがもちろん、銃弾二発で倒せるほど中級の夢獣は甘くない。縦断を放った目的は、ただ夢獣の注意を咲乃に引き付けるためだ。
「―――コッチ......オイデ、、、」
「……随分と不気味な寝言ね。そういうのは眠る時に言って欲しいものだけど、、ってやだやだ。そう言えばここは夢の世界だったわね」
そう不敵に笑みを浮かべた咲乃の瞳がパァーッと真紅に燃え上がった。そして、同時にその腕や足元を中心とした地面からもボゥッと火の手が上がった。
「これが私の夢想力よ、、! “氷の瞳に灯す炎の天衣”!!」
まるで羽衣でも纏っているかのように、咲乃は羽織ったその炎をふわりと操る。これが咲乃の夢想力だ。その力は、簡単に言うと『炎を操る』というもの。そして、咲乃はその手をバッと夢獣に向けて突き出した。
「―――ファイアボールッッ!」
オレンジ色の火の玉が咲乃の纏う炎の羽衣から射出され、ボンッと夢獣に命中した。だが、夢獣の大きさは人間を遥かに上回る。この夢獣の大きさは中級の平均的サイズ、現実世界基準だと15メートルほどだから、160センチに満たない咲乃の放った火の玉など、石ころを投げつけられたレベルに過ぎなかっただろう。
だがそれでも、ジュッと感じる熱さに鬱陶しいとは感じたのか(まぁ、夢獣に鬱陶しいという感情があるのかは知るよしも無いが)、夢獣はグッとその竜顔を咲乃に近づけた。
「……今よ、古都くん」
「分かっている」
だが、それこそが俺たちの狙いだ。古典的な策だが、注意を引きつけておいてその視野を狭め、俺が死角から叩く。咲乃に「自分で言うことじゃないわ」と呆れられそうだが、俺の影の薄さが生きた作戦だ。
「……俺も夢想力を解放する、、。“闇より深き千夜の悪夢”―――!」
グッと膝に手を当て、深く沈み込んで勢いをつける。俺の夢想力は、『夢獣の姿になることが出来る』というものだ。腕や足、試したことはないが多分全身のどこでも化け物に出来る。そして、そんな夢獣の悪夢じみた力を使うことが出来る。それが、俺の夢想力。
ブワッと真っ黒な闇が俺の両足に纏わりつき、俺はその化け物の足でトンッと地面を蹴った。
たったそれだけでヒョイッと軽く10メートルは跳んだだろう。夢獣の身体能力、というかその性能は俺たち人間を文字通り遥かに上回る。それを俺のような人間が使えば、当然人の姿をしながら夢獣の力を使える―――そんな悪夢の完成、というわけだ。
「―――ふんっっ!」
俺はグッと握りしめた右腕をブンッと振るい、二足龍型の夢獣に一撃を叩き込んだ。普通であれば痛くも痒くもないであろう人間の拳も、それが奴ら“夢獣の腕”によって放たれたのであれば、その威力は死なない。
「グルグギャァァッッ!!」
「―――古都くんの今の一撃、かなりの有効打になったみたいね!」
バランスを崩し、ブンブンと首を振った夢獣の様子に咲乃がホッと息を吐いた。だが、俺はズザーッと咲乃の隣に滑り降りながら、「いや、、」と軽く舌打ちをした。自分の放った一撃だ。その手応えは俺が一番わかっている。
「急所には入らなかった、、すまない。……あの夢獣は“深化”する、、!」
俺の言葉に咲乃の表情がピクリと変わったのが分かる。そして、俺の予想通り夢獣の様子が変わった。
まるでそこらの岩をかき集めて作ったようなゴツゴツした肉体と、その隙間を繋ぐようにジューッと闇の煙が立っている夢獣。
その化け物じみた闇が一層濃くなり、それと対比する白い光の線がツーッと夜空に伸びた。
そして、カッと開いた口の中で輝いた真っ白な光に、俺と咲乃はウッと目を覆った。夢獣が追い詰められた際、というよりも本気になった際に見せる“深化”。その時に奴らが使う夢想力が、このレーザーなのだ。
「―――マズい、、」
思わず口からこぼれた言葉。咲乃の夢想力は攻撃向きだし、俺の夢想力はどちらにも優れるが中級の夢獣の放つ光線を食い止められるほど大きくない。
つまり、今はまさに最大のピンチだった。しかし、
「悪い、待たせたぜッッ! “幾星霜の壁、我は万里の守護者なり”!!」
ピュンッと眩しい光が俺の視界を真っ白に染め上げたのと同時に、その視界の中にスッと黒い影が一つ現れた。そして、その影はバッと両手を前に突き出し、夢獣の放った光線を防いだ。その背中に守られた俺と咲乃に夢獣が放った光は届かない。
「……遅いよ、ハル」
「だから悪ぃって謝ったんだろ、響介、咲乃ちゃん。……だけど、間に合ったぜ」
振り向いてニッと誇らしげに親指を立てる男。それはハルだった。彼の夢想力は一言で言えば『バリア』だ。さっきの夢獣の攻撃も、ハルが夢想力で作ったバリアで防ぎきったのだ。
「でも、これで全員揃ったわ。トドメよ、古都くん、泡沫くん」
「分かった」「任せなっ!」
俺とハルは咲乃の言葉にフンッと頷いた。結成してから日々は浅いが、それでも多少は阿吽の呼吸というやつも出来る。ハルは俺のやろうとしていることを理解しているのか、夢獣に背を向けてグッと体勢を低くし、両手を組んで俺を待つ姿勢をとった。
「来いっ! 響介!」
「分かった。行くぞ、ハル―――」
俺はトンッと軽く助走を入れ、ハルめがけて走る。そして、ストッとその手に飛び乗って軽く体重をかけた。それと同時に、ハルがその腕を俺ごと「ふんっぬっ!」と全力で振り上げた。
その結果、ヒョイッとさっき以上の高さに跳ね上がった俺。だが、夢獣もその視線をグググと俺の方へと上昇させ、その口をカパッと開いた。喉の奥で燃える、真っ白な光の玉。空中ではその光線を避けることも叶わない。だが、
「ありがとう、ハル」
俺はトンッと空中で向きを変えた。そう、ハルは自分自身だけでなく、ある程度の距離までなら触れていなかろうとバリアを貼れるのだ。俺はそのバリアを壁代わりにして向きを変えた、というわけだ。
夢獣のビームはそんなバリアごと吹き飛ばしたが、事前に回避していた俺はその光線から逃れた。
そして、バッと右手を振るう。俺の右腕は今、夢獣のもの。そしてその握りしめた拳から天高く漏れる神々しい光の柱。
「……夢獣を殺す、、聖なる剣ッッ!!」
俺はその輝く光の剣を一気に振り下ろした。ズズズと空気が裂け、地面が割れ、そしてその剣をまともに喰らった中級の夢獣は真っ二つに切り裂かれる。
これで片は付いた。真っ二つに分かれた夢獣は夢の世界に飲み込まれるように背景と同化していき、そして消える。
「……っと、響介は飛べないんだったな」
「飛べるが、飛ばないだけだ。……それと、こういうのは女子にしてやれ」
俺は落下した自分の体をお姫様抱っこで受け止めたハルにため息をつく。屈強な男が細身の男をお姫様抱っこしている光景。これがどれほどミスマッチかは、咲乃の引いた目を見れば分かる。
「……これが夢なら良かったのだけれど」
「なら良かったね。ここは夢の世界だ」
本家ワンダーランド《おとぎの国》とは程遠い光景を俺は振り払い、しっかりと自分の足で地面に立った。相変わらず咲乃の目は冷たかったが、今は中級の夢獣を退けたのだから良しとしよう。
俺とハルと咲乃は同時に「はぁー」と息を吐いた。今夜も死を覚悟したが、それでもなんとかまたしぶとく生き残ったわけだ。
だが、これで終わりではない。夜が明けるまで、夢が覚めるまで俺たちはこの世界で戦い続けなくてはならないのだから。
* * * * *
ここは夢の世界。エッグラプトという特殊な機械で深い眠りに落ちることで到達できる、世界の裏側。
そして、そこには“夢獣”と呼ばれる悪夢由来の異形がうじゃうじゃと湧いているのだった。それがもし目を覚まし、現実世界に干渉してきたりでもしたら大変なことだ。悪夢は人を変える。異形は現実世界の形を荒廃したものに変えてしまうだろうし、最悪それに取り憑かれた者が出るだけでも大変なことになる。
そんな事態を防ぐために、俺たちはいるのだ。夢の世界に毎晩のように落ち、そこにいる夢獣と戦い続ける者、それが俺たちだ。
そんな夢獣に対抗しうる、“夢想力”という特殊能力を持った俺たちを束ねる大きな組織。それが、『夢導協会』。俺が所属しているのはその東京支部だ。
だけどまぁ、俺だって最初からこんなファンタジーな組織に属していたわけではない。むしろ俺はまだペーペーの素人と言っても良い。
そんな俺が今や夢想力なんてものを授かり、夢の世界で夢獣と戦う毎晩を送っている理由......それは遡ること一ヶ月ほど前のこと、だった。
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