17話 不思議な女の子を拾ったんだが(2)
「だって......キョースケが......言いました。ユメちゃんはユメちゃんだって、、言ったから、、」
「俺が?」
「あら、古都くんはいつの間に名付け親になったのかしら」
「なった覚えはないし、名付けた覚えもないぞ」
怒ってくるとか咎めてくるのではなく、こうしてチクチク指してくる遠海さんの話し方には必要以上に焦るから心臓に悪い。と、まぁそれは今は良しとして、この子に関してはわりと本気で覚えがない。この子が“ユメ”という名前なら分かるのだが、それを俺がつけたと言われても......俺には本当に覚えがない。
「もしかして、最初に古都くんが言った言葉が原因じゃないかしら?」
「俺が最初に? この子に何か言ったっけ、、」
「……覚えていないのかしら? 男の子なら今後一生記憶から消えないような出会い方をしていたと思うのだけれど」
「もう止めてくれ、遠海さん」
確かにあの感触は忘れられないだろうが、それとこれとは別の話だ。俺がこの子に言った言葉、か。
まず目を覚ましたら、そこに胸があった。そして、この子が俺をじーっと見下ろしていた。それを見て俺はなんて言ったっけな......えっと、、あっ―――
「……そういうことか。俺がこの子を見て『なんだ、ユメか』って言ったのを、名前だって思ったってことか?」
「……ユメちゃんの名前、つけてくれましたぁ〜。うふふ、、ふわぁ!」
「そういう意味で言ったんじゃ無いんだがな......」
俺はあの悪夢が「なんだ、夢か」と安心したのであって、決して朝目覚めた際に自分が胸を揉んでいた女の子に突然名前をつけたわけじゃない。寝覚め一発目で見知らぬ少女に名前をつけるなど、胸を揉んだのが可愛く見えるほどの変態じゃないか。まさか、そんなことするような俺じゃない。
「……なのに、気に入ったのか?」
「は〜い、ユメちゃんはぁ〜この名前を気に入りましたぁ〜。うふふ、、!」
「ならまぁ、それでいいや」
「えっ、いいの?」
「遠海さんは他になにか思いつく名前、ある?」
「……そういうわけじゃないけれど、、」
「なら決まりだね。“この子”とか“君”じゃ呼びにくいし、とりあえずユメで」
「はい〜、嬉しい……です〜」
ユメは両頬を押さえてニコニコしながら、嬉しそうにその体を横に揺らす。そんなユメを見ていると、何だか緊張感も抜けてくるというものだ。
「……古都くん、いいかしら」
「分かってる」
チョイチョイ、と手招きする遠海さんの誘いに俺は頷き、その隣に立った。夢の世界に行っていたせいか、それとも悪夢のせいか。はたまた、朝のドタバタのせいか頭がズキズキと痛い。だけど、遠海さんの不安も分かるから。
「……ユメって名前を受け入れた時点で分かるよ。あの子、本当に夢の世界の住人なんだな」
「信じられないのだけど、どうやらそうみたいね。名前も知らない、帰る場所もない。今どき、まさかそんな子が居るはず無いもの」
「夢の世界で見つけた子供とどっちが珍しいかな」
「……トントン、かしら。正直、どっちも居るとは思えないもの」
俺も遠海さんと同意見だ。夢の世界に関しては俺にそこまでの知識はないため憶測に過ぎないが、それでも一度行っただけで大方分かる。あの世界で、夢獣なんて化け物の闊歩する世界で、ユメみたいな普通の女の子が生き抜いていられるわけがない。
「……まぁ、詳しい話は班長が来てからなのだけど......っと、どうやら来たみたいね」
フフッと笑みをこぼす遠海さん。するとその言葉通りドテドテと階段を登る足音が聞こえてきて、そしてガチャンッとこの部屋の扉が開かれた。相楽さんのthe研究者みたいな見た目からは想像できないほど荒々しくやって来るんだな、と思ったが、扉を開けたのは相楽さんではなかった。
「おっ! 起きたのか、響介ェ! いやぁ、心配したんだぜ?」
「泡沫、か。済まなかったな。二人にも迷惑をかけた」
「まぁ、これでチャラってことにしておきましょ。古都くんは私達を助けに来てくれて、あの規格外級の討伐に大きく貢献してくれたもの。その後、気を失ったあなたを庇いながら戦ったことで、借りは返したってことで」
「……そんな事があったのか。ありがとう」
気を失ったのは覚えていたが、まさかあのあとも戦いが続いていたなんて。二人の話によると、夢獣が活発になるのは0時を回った頃かららしい。だから俺が気を失ってからがむしろ夢狩にとっては本領発揮の場だったわけだ。あれ? ということは、、、
「その通り。今回の夢獣の出現は何かがおかしいんだよ。普通なら、それも超級とか規格外級みたいな強い夢獣が現れるのは、ほとんど真夜中を越えた頃だ。……なのに、あの夢獣はまだ夕方も過ぎた頃、19時過ぎに現れた。ほんと、異常だよね......」
後からゆっくりと現れた相楽さんは俺の心を見透かしてでもいるのだろうか。俺が不思議に思ったこと全てを説明するように、相楽さんはつらつらと言葉を並べていた。
おかしなことは、その夢獣がまだ夜も本格的になる前に現れたこと。そして、それよりも深刻だったのが、
「……僕も夢導協会の一員になってから、長いこと夢の世界に関わってきた。でも、初めてだよ。あの世界に人間がいた、なんてね」
「やっぱそうだったんですね、相楽さん。ユメは現実世界の子じゃなくて、夢の世界の住人だってことですか」
「ユメ?」
「古都くんが名付けたんです。その、夢の世界で拾ってきたあの子の名前を」
「遠海さん? 出来ればもう一言二言、詳しい説明を加えてくれるとありがたいんだけど......」
相楽さんの「えぇ、、」と少し引いた目が痛い。俺だって名前をつけようと思って“ユメ”と口にしたわけじゃ無いのに。
「……とにかく、相楽さんにはこの状況を説明してほしいですね。あの子は、ユメは一体何者なのか‥そして、一体何が起こっているのか」
「へぇ、言うじゃないか響介くん。君はつい昨晩うちに加入したばかりだというのに、もう好奇心旺盛なんだねぇ」
「俺には譲れない目的がありますからね。そのためにも、不可思議な状況は出来る限り知っておきたいんです」
あの世界に行って分かった。小鳥を救いたいなら、まず体が資本だ。多分そう何度も行ける場所ではないし、死ぬ危険だって大きくつきまとう。なんせ昨晩だけで何度死にかけたことか。
「まぁ、僕も大切な夢狩の子たちを死なせたくない。仲間としても、駒としてもね。だから僕の知っていることは話すよ。……あの子は、人じゃない」
「人じゃない!?」
その声は誰のものか、わからない。なんせ俺も遠海さんも泡沫も、三人揃って同じような事を言って驚いたのだから。人じゃない、ということはまずユメはこっちの世界から迷い込んだというわけではないのか。
「そうだね。僕も徹夜で世界中の夢導協会の支部に確認をとり、本部の十三家の方にも聞いてみたんだけど、やはりこの子を知っている人はどこにもいなかった。だから僕らの暮らすこの世界からの迷子、という可能性は無いだろうね」
いや、だから本当にこの人は俺の思考をそこまで読むのだろうか。俺はそんなに単純思考で、表情もわかりやすいのか?
「……それと、やはり本部の資料にも古株の夢狩の記憶にも、夢の世界で人間を見たという記録は何処にもなかった。人型の夢獣はいるけど、それも見た目は怪異だからね。この子みたいに、僕らと見分けがつかない“人間”が姿を現したのは、間違いなく観測史上初だよ」
「初、と言われても喜べませんが、そうだったんですね。……ってことは、ユメのように夢の世界で暮らしている人間も居る、ということですか?」
異世界人のようなものか。まぁ、異世界に怪物だけではなく人間が住んでいるのはお約束だ。いつか亜人もでてくるかもしれない。
そんな俺の一抹の期待を、相楽さんは首を横に振ることで早くもぶち壊した。
「多分、違う。……いや、まだその可能性がないとは言い切れないんだけどね、今回に限って言えば、夢の世界に人間の暮らす集落がある、とは考えるには足りないかな。だって、あの子......ユメちゃん、だっけ。ユメちゃんは―――」
相楽さんの視線がチラッと一瞬ユメを捉えた。だが、ユメは相変わらず呑気に正座したままゆらゆらと揺れており、変わらない様子。
そんなユメを前に息をつき、相楽さんの口が開いた。
「……ユメちゃんは、人間じゃないからね」
俺達がその言葉を理解するのに、多少時間がかかった。
「はぁっ?」「嘘でしょ、、」「マジなのかよ、、!」
そして、俺たちは今度は三者三様の反応を見せる。が、その根本が驚きであるのは共通して変わらない。
人間じゃない―――その言葉が示しているのは、ユメは......
「……僕たち現実世界の人間から夢の世界の様子は見えない。で、もう一回聞くよ。咲乃ちゃん、ハルくん。……古都くんの一撃で規格外級を倒したあと煙がブワって広がって、それが晴れたときにはもう夢獣はいなかったんだね......?」
「そうです。……もしかして、班長、、、」
遠海さんが何かに気が付き、ハッとその口元を抑える。俺も同じ考えだった。面目ないことに気絶しており、その時の記憶はない。だが、相楽さんの言葉と、今の状況説明で理解できる。
夢の世界に存在するのは、夢獣だけだと思われていたそうだ。だが、そこで人間の見た目をした女の子、ユメが保護された。……が、その正体は人間ではないという。
ならば、結論は一つだろう。
「……ユメちゃんは、夢獣だよ。それも、君たちが戦ったあの規格外級の、ね―――」
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