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15話 ようこそ夢の世界へ(13) 〜ガールインザドリーム〜

 視界がグルグル回って、背中から全身へと痛みが走る。ここに来てようやく、俺は吹き飛ばされたんだってことに気がついた。


「クソッ、、!」


 なんとか足を夢獣ナイトメアの物へと変更し、衝撃の緩和を試みる。それは漆黒の影を纏った、およそ人間のものとは思えない足。それで地面を滑って摩擦でブレーキを掛けた。が、一歩間に合わない。


「ぐふっ――ッ!」


 俺がちょうど体勢を整えたその瞬間、俺の後ろに壁が出現し、俺はその壁にもろに背中を打ち付けた。体内の空気が一気に吐き出され、酸欠で脳がグラッと揺れる。

 ただ、そんな脳みそでも分かる。性格なことを言えば壁は出現したのではなく、元からそこにあったものだ。あまりの速さで吹き飛ばされたがゆえに、ただ視界の隅に一瞬しか映らなかったその壁を、“出現した”と判断しただけの話。


 だが、それほどの勢いで吹き飛ばされたにもかかわらず死んでいないのは奇跡だろう。顔を上げた俺は、思わず背中にゾクッと寒いものを覚えた。


 さっきありえない速さで俺たちを押し潰した規格外級エクストラ夢獣ナイトメアは数百メートル程先にいた。つまり、俺はあの衝撃で数百メートルは吹っ飛んだということだ。これは他の二人の無事も気にかかる。が、それを確認する術はない......


『……泡沫くん、古都くん、聞こえるかしら!? 聞こえていたら返事をして、、、』


「遠海さん?」


『その声は古都くん、ね。良かった。あなたも無事だったようで何より、だわ』


 その声は耳からではなく、脳に直接語りかけるように聞こえてきた。また不思議な力があるものだ。名付けるなら“念話”というところだろうか。


『それにしても古都くん、あなた初めてなのによく“念話”に反応できたわね』


 あ、普通に念話だったようだ。俺のネーミングセンスは夢導協会と同じなのか、と考えると色々複雑に混ざりあった気持ちになるのだが、確かに遠海さんの言うとおりだ。


「……そうだな、無意識に出来ていた。不思議なものだが、それがここ夢の世界(ワンダーランド)なんじゃないのか?」


『それもそうね。ところで、泡沫くんはそっちに居るかしら?』


「泡沫? いや、こちらにはいないが......遠海さんの方にはいないのか?」


『少なくとも私の視界内にはいないわね。どうやら私達三人、バラバラに飛ばされてしまったみたいね』


「……あの一撃で、か。だが早く見つけないとあの夢獣ナイトメアの餌食になってしまうぞ」


『そうね、私も夢獣ナイトメアに気が付かれないように探してはいるのだけど、見つからないわ。もしも瓦礫の下にでも居るなら、今の私ではどうにもならなのだけど』


 確かに、遠海さんは今左腕を失っている状態だ。


「ならその時は呼んでくれ。俺が行く」 


『あら、頼もしいのね。じゃあ遠慮なくそうさせてもらうわ。……でも、最悪の可能性も考えなくちゃいけないかもしれないわね』


「……最悪の可能性、か」


『えぇ。元々泡沫くんは相当のダメージを負っていたもの。もしかしたらすでに死―――』


『人を勝手に殺すなんて酷いぜ、咲乃ちゃん......』


 遠海さんの言いかけた不穏な単語を遮るよう、ザザーッとノイズ混じりではあるが、泡沫の声が聞こえてきた。


「生きていたのか、泡沫」


『……まぁ、しぶとさには定評あるんでね。流石にあの攻撃にはビビったが、どうやら噂通りだったみたいだな』


「噂ってなんのことだ?」


『そうね、古都くんは知らなかったわね。実は、夢獣ナイトメア夢想力イディアを持つのよ』


「そんな、、いやこの世界なら何が起きても不思議ではないな。それで、今の攻撃はあの夢獣イディアってところか?」


『そうよ。ただ、超級までの夢獣ナイトメアが持つは夢想力イディアは、規模こそ違えど皆揃って“光線ビーム”よ。……でも、規格外級エクストラは何故か異なっているって噂があった。規格外級エクストラはそれぞれがそれぞれの夢想力イディアを持っているってね......』


『簡単に言えば、巨大で化け物の夢狩ダイバー相手にしてんのと同義だな。初めて戦ったが、マジで勝手が違う』


 泡沫と遠海さんの言葉には重みがあった。それが、今この事態の深刻さをより際立たせている。

 だが、まぁ何が起きても不思議ではない夢の世界(ワンダーランド)なのだから、そこにさして驚きはしない。それに正直、俺にとってこの世界は“何でもありな”世界のほうが都合がいい。


 だって、希望が持てるから。


「……二人共、まだ戦えそうか?」


『もちろんよ。さっきのが直撃していたら私達三人揃ってペラペラの紙になっていたでしょうけど、幸運にも衝撃で吹き飛ばされただけだもの。まだ、戦えるわ』


『俺も同じだぜ、響介。……まぁ俺の夢想力イディアはあと一発ほどで打ち止めだろうが、それでもまだ戦えるぜっ!』


 頼もしい二人の返事に、俺は思わず一人コクリと頷く。そして二人と二言三言、言葉をかわして俺はゆっくりと顔を上げた。見上げれば、奥の方で俺たちを探している夢獣ナイトメアが目に入った。俺はそれに真っ直ぐ狙いを定めるように、キッと睨みつける。


 あの夢獣ナイトメア夢想力イディアを使うなら、それは個性でもあり突ける点でもある。正直俺はまだこの世界のことをそこまで熟知していないし、あの怪物相手に何が有効で何が悪手なのかもよく分かっていない。それでも、あれがある程度普通の怪獣なのであれば、戦い方には当然定石というものがある。


 アニメやラノベみたいに上手くは......いかないだろうな。でも、何もやらずに死ぬくらいなら、何かやって意地でも突破するほうが間違いなくいい。


「―――闇より深き千夜の悪夢(エターナルナイトメア)ッッ!」


 それが、俺の夢想力イディアだ。自分の手を、足を、体を憎き夢獣ナイトメアのものに変えることが出来る......そんな力。俺は膝に手を当てて腰を低くし、グッと力をためた。足はズズズと黒い闇を纏い、岩石のように硬く鋭くなっていく。今の俺の足は、敵である夢獣ナイトメアの足だッッ!


「作戦開始、だ―――!」


 俺はグッと一気に踏み込んでバッと地面を蹴った。ビュンッと視界を夢の世界(ワンダーランド)の光景がパラパラと流れ、気づけば俺はその空にフワッと浮き上がっていた。本当に、凄まじい足だ。こんなのを相手にしているのだから、夢想力イディア夢狩ダイバーにとって本当に重要な武器なのだろう。


「……グルルル、、」


 バッと空中に飛び上がった俺に、夢獣ナイトメアが気づいた。その真っ黒な瞳と目が合った――と感じた途端、夢獣ナイトメアが俺めがけて襲い掛かろうとググッとその体制を低くした。この辺りは人間とそこまで違いないのだろう。ここから地面を蹴って弾丸のように加速し、そして俺をパクリかグチャリとどうにかしてしまう―――多分そんな腹づもりなのだろうな。


 でも、その思考や動きが人間とそこまで違いないのなら、ただ暴走して本能のままに暴れまわる狂獣バーサーカーでないのなら、とっさの反応も同じだろう。


「―――泡沫っ!」


『あいよ、響介ッッ! ほらほらデカブツ(ナイトメア)よぉ、コッチ向きやがれッッ!!』


 チャキッ......泡沫の声が俺の脳内に聞こえたその瞬間、今にも俺に飛びかかろうとしていた夢獣ナイトメアの視線がブンッと左下へ振られた。


 人は自分に向けられた視線に敏感である。例えば、背中を向けているにもかかわらず「なんか視線感じるなぁ」と振り向いてみるとそこには―――なんてシーン、アニメじゃなくて現実でもあることだ。

 そして、それが緊張感のある状況ならなおさらだろう。夜とか戦場とか、視線に敏感になるってそういう時だから。


 だから俺は、ちょうど夢獣ナイトメアが俺めがけて飛んでくるために地面を蹴るであろうその近くに泡沫を配置した。サイズの差を考えれば無視されてもおかしくはない。だが、流石に自分に銃口を向けている相手を無視することもないだろう。


(この短銃、真面目な話初めて使ったぜ、、)


 泡沫は夢獣ナイトメアの巨体と比べると笑いそうになるほど情けない武器を持ち、ふとそんなことを思う。夢の世界(ワンダーランド)での戦闘はいつも夢想力イディアを使っていたから、短銃を抜く機会なんてなかった。


 そんな泡沫に古都響介が命じたのは、そこで待機して夢獣ナイトメアが動こうとしたタイミングでその気を引け―――であった。正直限界が近かった泡沫にとって、その指示はありがたいことだった。


 そして、その思惑は......


「―――氷の瞳に灯す炎の天衣(フィルフレイムロンド)


 左に大きく振った夢獣ナイトメアの“右側”からフッと遠海咲乃が現れた。その夢想力イディアである炎の羽衣に身を包んでいる。彼女の狙いは、一点だった。


『遠海さんは泡沫の陽動のあと、夢獣ナイトメアの左足を狙って』


 左に視界を振るために、あの二足歩行の龍は首を動かさなければならない。そうするとどうなるのか。死角が出来るだけでなく、重心が僅かに左側に寄るのだ。

 あの巨体と、そして今にも飛ぼうとしていた勢い。それを受け止めている左足を狙う―――。


「……ファイアーボール(炎の天球)ッッ!!」


 遠海さんがブワッとその手を振ると同時に、彼女の夢想力イディアで作り出された火の玉が真っ直ぐに夢獣ナイトメアの左足に命中した。そして俺の狙い通り、バランスを取っていた左足に攻撃を喰らったことで、その体がガクンと大きく傾いた。


 こうなれば、もうご自慢のスピードは使えないよな。


『古都くん、あとは任せたわよ』『癪だが、決めてやれっっ!』


 二人の言葉に背中を押された俺がいたのは、ちょうど規格外級エクストラ夢獣ナイトメアの斜め上。数百メートルの距離を二人が時間を作ったその間に走破し、俺はバランスを崩して次の動作に移るのが遅れた夢獣ナイトメアの上をとった。


 戦術ゲームでも、上をとったほうが有利だ。そして、ゲームでもアニメでもラノベでも、強大な敵を倒すのはたいてい“必殺技”だろ?


 俺は右拳をギューッと握りしめた。すると、その隙間からパァーッと光が煌めき、それが槍を形作る。超級以下の夢獣ナイトメアが持つという光線の夢想力イディアを利用して作った光の槍。


 俺はその切っ先を規格外級エクストラ夢獣ナイトメアに定め、ブンッと投げた。


闇夜を裂き(エターナイト)悪夢を醒ます槍(ロンゴミニアド)ッッ!」


 ビュンッと夢の世界(ワンダーランド)に一本通った光の道は、真っ直ぐに夢獣ナイトメアを貫いた。パァーッと閃光が夢の世界(ワンダーランド)を覆い、遅れてズドーンと轟音が聞こえてきた。


 俺はその行方を見届け、そして祈る。願わくばこの一撃で終わらせたい。これ以上長引けば、もうこちらに打つ手はないから―――。


「……!!」


 そんな願いは届かなかったのか、夢獣ナイトメアの傷口からブワッと真っ黒な煙が吹き出し、光を隠すのと同時に俺たちを飲み込んだ。


 纏わり付く煙、うざったい! だが、その煙自体に攻撃性はないようだった。触れたら死ぬとか、毒を持っているとかは今の所なさそう。となると、その目的は......目くらまししかない。そして、目くらましをするならあの夢獣ナイトメアがとる行動は? そんなの、逃走しか無い。


「させるかっ!」


 俺は自由落下しながら手探りに夢獣ナイトメアを追った。あの巨体だし、あのバランスの崩し様だ。まさか、もう遠くへ逃げおおせているということもないだろう。ならば、ここでとどめを刺すしか無い。決着をこのあとに持ち越しても、良いことはないから。


「どこだ、どこだ、、!」


 夢獣ナイトメアの腕をブンブンと振るって闇を掻き分け、その巨体を探す。そして、見つけた。煙の中で何かが動いたのを俺は見逃さなかった。拳を握りしめ、一直線にその影の方へと向かった。


「―――えっ、、」


「……ふわぁ」


 そこにあの怪物が居ると思っていたし、まさか別の何かが居るなんて思ってもいなかった。まぁ、いたとしても他の夢獣ナイトメアとか?って、その程度にしか考えていなかった。


 なのにまさか、その動いた影が......人間の女の子だった、なんて。


 殴る対象を失った俺の拳は空を切り、俺は顔面からグシャッと夢の世界(ワンダーランド)の地面に激突した。

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