12話 ようこそ夢の世界へ(10) 〜いざ、別世界へ〜
覚悟は決めていた。死ぬかもしれないとか、生半可な気持ちで踏み込む領域じゃないとかは相楽さんの話で重々承知している。それでも、もうあの災厄を繰り返さないために。そして、小鳥が目を覚ますという奇跡に近づくために、俺は夢の世界に行く。
「……本当に、やるんだね?」
「えぇ、やります。俺も夢獣と戦います」
俺の言葉に、相楽さんは少し考え込んで俺の目をジーッと真っ直ぐに見つめた。だが、俺の意志は変わらない。それを相楽さんも理解したのだろう。フッと肩の力を抜き、コクリと小さくだが頷いた。
「分かったよ、響介くん。君に僕らの命を、東京の命運を託そう。もしかしたら、もしかするかもしれないからね......」
「……ありがとうございます」
「よしてくれ。僕は君たち子供に戦えと命じるだけ。感謝される筋合いも権利も、とっくの昔に無くなったよ」
そう首を横に振って、相楽さんは立ち上がった。そしてスタスタと階段を降り、ガラスに囲まれた空間の前へと歩みを進めた。そこで、俺の方を振り返る。
「……この先に一歩進めば、君はもう戻れない。夢の世界に飛び、夢想力を手に入れたら......そうしたら、君はここの立派な戦力の一人だ。この先、君は夢獣と戦う運命から逃れられなくなる。それでも、本当に良いんだね?」
「はい」
相楽さんの最後の忠告にも、俺は躊躇せず頷いた。元々『小鳥を救うためなら何でもする』と誓っている身だ。この先が地獄だろうと、そこに救済の鍵があるのなら俺は戦いの中にも身を投じる。
「……じゃあ、行こう」
相楽さんはそれ以上は何も言わず、その扉を開けた。俺はその扉をくぐり、“一歩”、その空間へと足を踏み入れた。ただの一歩なのに、何だか不思議な感じがする。本当にこれで俺は夢の世界で戦う夢狩の一員になったのだ。小鳥と同じになったのだ。あの夏の日、俺からあらゆるものを奪った夢獣と戦うのだ。
正直、千夜月町を滅ぼしたのが夢獣という怪異で、それが夢の世界なる異世界に存在していると聞いた時、俺は怒りと同時に『嬉しい』という気持ちも抱いた。なんせ、これまで恐れて封じ込めるしか無かった怒りをぶつけることのできる存在がいる、ということなのだから。
「……向こうに行ったら二人に伝えて欲しい。出来る限り時間を稼いでくれ、とね。まぁ、君が入ることで戦況が少しでも好転すれば御の字だよ」
エッグラプトに横たわった俺に、相楽さんはそう言って軽く笑った。エッグラプトは楕円球形の機械で、ちょうど人間一人が横たわれるスペースをその中に持っていた。蓋を閉じれば卵に見えるからそのような名前がついたのではないか、なんて。
「……正直、君には悪いと思っているよ。賭けだけど、その対価は君の命だ。“夢想力”っていう特殊能力はね、夢の世界に初めて訪れた際に得ることができり夢の力だ。それの種類によって、戦況は大きく左右される」
そう、それが俺の言った“賭け”だ。才能を持つ選ばれし人間だけが夢想力を持つことが出来る―――もしそうなのなら俺の賭けも無意味に終わっていただろうが、どうやらそうではないらしいから。才能が関係するのはおそらく夢想力の所持に関することではなく、その力の素性だろう。
もちろん、俺は夢の世界なんて行くのはこれが初めてだ。ということは、今日初めて夢想力を得ることになる。その強弱次第で、この先の未来が大きく変わる―――それが、賭け。俺の得た夢想力次第で全ての命運が決まるのだから、ほんと責任重大だよ。でも、
「勝ってみせますよ、その賭けに。だって俺は、ここで死ぬわけには行きませんから」
「……そうだね。君はあの千夜月の夢禍が原因で眠りについた幼馴染を救うために、ここまで来たんだもんね。そして、そのためにこの先へ行くんだもんね」
「えぇ。この場限りじゃなくて、これからなんです―――」
そう言って俺はエッグラプトの内部でフゥー、と力を抜いた。閉所恐怖症でもないし、多分気にかかるところはない。強いて言うなら、枕が固いことくらいか。
「君が眠って夢の世界に行く際、ひとつ夢を見るはずだ。そして、その夢が君の夢想力に大きく関わってくる。向こうについた時すぐに力を振るえるよう、覚えておいて欲しい。……僕からの最後の助言だ」
「分かりました。せいぜいいい夢を見れるよう、期待したいですね」
願わくば、“あの夢”ではないことを祈るのみだ。ここ数年、あれ以外の夢を見ていないから。
相楽さんは何か迷っているような視線で俺を見ていたが、それでもブンブンと首を振って覚悟を決め、クルッと踵を返した。直後、ウィーンとガラス部屋の戸が閉ざされた音が聞こえた。
今このガラスの内部に居るのは、俺と眠っている二人だけだ。角度的な問題で、ここから相楽さんやクリスの様子は見えない。その時、耳元にある小型スピーカーらしきものから声が聞こえてきた。
『……準備はいいかな、響介くん』
相楽さんの声だ。もしかしたらこれが最後になるかもしれない、声。夢の世界で死ねば、俺も遠海さんも泡沫も、小鳥と同じになるのだろう。それもいいなとは思う。
でも、何より良いのは小鳥の目を覚まし、また昔みたいに笑えることだから。そして、俺のような気持ちをする残された者を作りたくないから。あの夏、俺は何も出来なかった。だから今は、やれることをやる。
「オッケーです」
俺はそう呟いた。そして、目をつむる。来る戦いへ備えて。
ここから始まるのだ。ようやく、ここに来たのだ。スタートラインに立った俺。ゴールは、小鳥。
夢の世界に、彼女を救うことの出来る鍵はあるはずだから。それだけで、俺が行く理由には十分だった。
ブゥーンと低い機械の音が聞こえてきて、そして同時に俺の体を不思議な感覚がフワッと包み込んだ。背中にあるはずのベッドの感覚がなくなり、まるで何もない空間に浮かんでいるような......手足、五感、そういった感覚が次第に薄くなっていき、俺は強制的に眠りにつく。
『入眠開始―――!』
そんな声がほんの僅かに聞こえた気がしたのを最後に、俺の意識は吸い寄せられるように......“消えた”。
* * * * *
夢を見た。いつかの、あの夏の日の夢だ。相変わらず、ここ数年間ずっと見続けている夢だ。
あの日は確か、珍しく小鳥が夕ご飯を作ってくれた日だった。
『私ねぇ、東京で自炊してるからさ。だから、響ちゃんに食べて欲しいなっ!』
『分かったよ。……でも、ほんとに食べれるの?』
『言ったなぁ! 響ちゃん、それは女の子に言っちゃいけないセリフだかんね!?』
そんな感じで、いつもどおりの小鳥が帰ってきた。そんな、楽しい日だった。千夜月町を出て東京へ行った小鳥が帰ってきた夏休み。この先もしばらく楽しい日は続くだろう。そうなのだと疑ってすらいなかった初日の夜、あの怪物が街に現れた。
『父さんっ! 母さんっ!』
『逃げなさい、響介ッッ!!』
父さんは母さんと俺を守って勇敢にも......いや、無謀にもあの人智を超えた怪物に挑み、そして無残にも命を落とした。母さんはそんな父さんの死んだ後も、俺を守りながら町から出ようと走った。狭い街なので、出ること自体は容易い......はずだったのに、どうしてだろうか。
いつの間にか母さんも化け物に殺されていた。そして気がつけば、そこには俺一人しかいなかった。
『あ、、あぁ、、』
怪物を前にし腰が抜けて、起き上がれない。そんな俺にグイッと近づく、怪物の恐ろしい顔面。その冷たい息のせいか、恐怖のせいか、俺はゾクッと身震いした。尻餅をついたまま、逃げることすら出来ない。戦うことなんて、もってのほかだ。
……あぁ、俺も父さんと母さんと同じようにここで死ぬんだな、、、
だが、そうはならなかった。次に覚えているのは、怪物から俺を守るように小鳥がそこに立っていたこと。その背中。そして、軽く振り向いて俺にニコッと笑った一言。
『……ごめんね、響ちゃん。私やっぱり響ちゃんだけは......』
その先に何があったのかは、よく覚えていない。夢もだいたいこの辺りで覚める。ハッと目覚め、汗でぐっしょりと湿ったシーツの上で朝からハァハァと荒い呼吸に胸が苦しめられる......それが俺の毎晩の夢だった。
でも、今回は違った。目覚めたのは、いつものベッドの上ではなかった。
夢の世界、というだけはあって薄ぼんやりとした空。赤黒い色が多い地面と、その上に建つ建物。もちろんそこに人が住んでいるということはなく、ガラスも壁もヒビだらけで滅茶苦茶だった。俺達が普段暮らしている世界が荒廃したらきっとこうなるのだろう―――そんな最悪の未来を、その“夢の世界”は描いていた。
そんな中で、俺は起き上がった。目を覚ました......とは少し違うだろう。なんせ、ここは眠りの中の夢の世界なのだから。異世界とか、正直今でも信じられない。でも、実際に目にしてしまえば、もう受け入れるしか無い。そして、やるしか無い。
「……あれが、夢獣か。......随分と久しぶりだな、、」
ギリッと握りしめた拳。忘れるわけがない。
俺の目に映ったその怪物は、まさに俺が毎晩見る夢の中の怪物と同じような姿をしていた。あれが、6年前に俺の住んでいた町、千夜月町を滅茶苦茶にした“夢獣”という化け物―――。
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