その舞台の裏側で 1
残酷描写及び女性に対する蔑称と暴言があります。閲覧にはご注意ください。
頭を半分吹き飛ばされ、ぼろぼろになって地面に這いつくばりながらも、カレナはまだ生きていた。
《あづぃ、あづぃ……殺ス殺ス殺ス……〉
苦しい息の下ゆっくりと蘇生しながら、ぶつぶつと呪詛を吐く。そこへ、上から涼やかな声が降ってきた。
《あら、やだ……頭吹き飛んじゃってるじゃない。これじゃ戦闘データ回収できないわ、残念》
このセカイの武器じゃなさそうね、と、音もなくすぐ傍に降り立った何かが言う。
《あ、た、タスケテ……苦しいの……》
《あら、不思議なことをいうのね。まるでヒトみたい》
ほとんど見えない視界の上で、首を傾げる気配がする。
《あ、姉さま、何してるの?もうすっかり夜が明けちゃった。急いで戻らないと》
トス、ともう一体が降りる気配がして、これは間違いなく同族だ、と悟ったカレナは声を振り絞った。
《助ケてよ……!!ねえ、何がいけないの?ただ、キレイに飾って、特別でいたかっただけ!》
《そもそも……‘裁定者に、それが何の意味があるの?責任を放棄してふらつくなんて、定められていないのに、どこでその異常が入っちゃったのかなぁ。核を取り出せばわかるかしら?’》
《大部分が破壊されてしまったのだから仕方ないわ。せめて再利用できる部分だけでも持ち帰りましょう》
《そうだね、わたし今度はもっと賢い妹がいいなー》
バキバキと身体が折られ、姉たちに貪られ持ち去られていくのを感じ取り、カレナは必死に訴えた。
(や、やめて……助けて……せめて、私を消さな、ぃで……)
(行ったか……)
二体の使徒がその場から跳び去り、マチルダは伏せたまま少しばかり安堵した。墜落した標的を追跡していたらちょうど回収の真っ最中。悟られないよう地面に伏せ、じっとしていたがどうやらバレなかったらしい。
……まあ、気づかれても見逃された確率が高いが、とひとりごちながら、バラバラにされ、黒い靄によって分解され始めている‘彼女’を見やる。
せめて望む者には存在証明を遺品として、と考えた過去の決断を踏みにじるような、組合の沽券に関わるとされた事件の、これが顛末。
迷宮で上位の魔獣の死骸に集る黒い靄……あの忌まわしきエルフたちは暗黒精霊などと言われているが、そうではないことをすでに彼女は知っている。
「おや、これはこれは。統括の犬じゃないか」
マチルダが‘使徒’が最後まで分解されたかどうかを確認していると、茂みから、変に明るいだみ声とともにスーツ姿の男が現れた。そぐわないスーツ姿にきらびやかな茶色のジャケットは、甲虫の羽根を集めて仕立てた一級品だが、
(カジノにでもいそうだな。盛り上げ役の下っ端として)
冷静にマチルダは考えた。
「手土産として‘使徒’の体を、と考えていたが……」
と言いながらもはやほぼ残っていない骸を見やり、
「まあ、クソ売女の死体でも価値はある」
にやり、と嫌な雰囲気で笑う。
気配はすでに察していたが……警戒していたようにまわりに誰かいる様子もない。
――――ああ、捨て駒か、と自然に悟るマチルダを前に、自らここに来たのだと思い込む男は、来させられたのだと気づきさえしていない。
「儂の名はギタラク。あの世の土産に覚えておけ。よくも俺の店を潰しやがったな端女のクセに。統括のためとあらば、進んで誰にでも股さえ開く醜女。殺してからその死体を嬲ってやるよ」
そう言ってせせら笑うその男に、マチルダはふっ、と微笑んだ。
時は少しばかり遡って夜明け前。組合の地下にある取り調べ室では、DPAの一員と思しき二人の男が入れられて一日半。すでに彼らはミイラのように痩せ衰えていた。
精神的圧力をかけるため、白壁一面に赤で描かれた魔法陣。もはや見慣れたそれらを前に、彼らと対面で粗末な椅子に座り、マシューソンは一人煙草に火をつけた。
出力‘低’で一日半――――まあ、妥当な状況か。
「おい、ここから出せ!出してくれ!このままじゃ死んじまう!」
「なんでおまえは平気なんだ!」
かすれ声でガチャガチャと必死に鎖を揺らし騒ぐ男たちの前で、見せつけるようにゆっくり煙を吐く。――――こんな薬仕込みの物じゃなく本物が吸いたい、と思いながら。
「……どうしてだろうな。おまえらと違って、早寝早起きの健康的な生活をしてるからか、な」
「ふざけるな、この悪魔が!」
罵り声にも表情一つ動かすことはなく。
「さて、どうする?話すか、話さないか。よく考えてくれ。幸い、時間はたっぷりある」
煙草の灰をトントン、と床に落とした。
それきり、怒鳴っても同情を引こうと懇願しても、まったく変化をせず、そのまま一刻限。ただの銅像のように待ちの姿勢を崩さないその男に、1刻限。やがて、男の一人が震え出す。
「わ、わかった。わかったから――俺たちはギタラクんとこのーーーぁ?」
その目がぐるん、と白目を剥き、口から泡を吹き始めた。
「ちがッーー助け、」
床に転げ落ち、のたうち痙攣したかと思うと、彼らはすぐに動かなくなった。誰が見ても一目で死んだとわかる。
その様を眉一つ動かさず見て取り、マシューソンは冷静に赤く彩られた部屋の壁に向かって声を投げかける。
「すぐに結界を使える奴と解析班を呼べ」
マシューソンには見えていないが、口の動きから読み取ったその指示に従い、マジックミラーの向こうの研究員の一人が慌てて指示を出し、すぐにレバーが最大レベルに引き上げられる。
少し絞られるような感覚に、マシューソンは顔をしかめたが、すぐに呼ばれたエルフと賢猫族の研究員からそれぞれ部屋と遺体、彼本人の体に余計なものがないかチェックが入った。
OKが出されたのちにさらに念のためにと洗浄魔法をたっぷりかけられ部屋から出ると、入れ替わりに防御結界を施された職員が転がる死体にこちらも洗浄魔法と結界をかけて布でくるみ、運び出していく。
「魔素欠乏の可能性はありますか?」
「レバーは‘低’。口封じ、と考えるのが妥当だろうな」
「末端でさえ管理されているとは……。彼らが残した言葉について、どう思います?」
「尻尾が掴めたかどうかって?切られた後だろうな。そんな簡単に掴めるなら、苦労はしない」
何人かの清掃係が出入りし、汚れた部屋を綺麗にしていく。
「本当に――――あのクソどもは簡単に捨てる。代わりはいくらでもあると思ってるんだろう」
こっちは万年人手不足だがな、と苦く吐き捨てた。
〈おまけ〉
DPAの三分の二は迷宮魔素を必要とする厄介な感染能力を持ち、取り調べは高位の賢猫族かエルフの立ち合いが必須となっているが、彼らの手が空いていない時は、もともと迷宮魔素排出措置を施されているマシューソンが向かう。




