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暁の咆哮

 お待たせしました。

 真夜中の丘の上。時折魔獣が近くに寄りはするが、彼らはなぜかこちらのことが視えないように傍を過ぎていく。


 パキンッ、と、サーザイルの持つ数珠の玉一つが、また音を立てて割れ落ちていく。

わずかに深く息を吸い、汗を拭ってまた彼は再び呪文を唱えていく。


 もうどのぐらいになるだろうか。


 ――――――これまで、ジョシュアの態度が軽いこともあり、これはそこまで大したことではない、と考えていた、否、後半自分に言い聞かせるようにしていたテティムは、なんとか冷たくなった手の平を握りしめ、喉元までせりあがる恐怖を抑えていた。


 夜明けがもうすぐ近い。端の方が白み始めている。


 強力な結界を破り、飛び出した‘裁定者’は、フィールドにあちこちに張られた結界にぶつかり、粘りつき重い体に苛立ちながら‘黒の塔’の方角を目指しジグザグに進んでいく。


 時折凄まじい咆哮が耳をつんざく。


《はやくはやく。あのくそいまいましい虫ケラども、塔で回復したらその後どうなるか覚えとくがいい――――》


そう呪詛を叫びながら跳躍し続ける‘彼女カレナ’は、瞬きのうちに移動し、人の眼で捉えられるほど遅くはない。


「――――来たぞ。やはり動きはよく視えねえな。もうちょっと弱らせとけよクズが」

暗視眼鏡(ゴーグル)をつけてその跳ぶさまを睨みながら、ジョシュアが吐き捨てる。


「右、右右左……徐々に近づいてきますよ。早くなんとかしないとこのままではこちらに気づかれる。ああもう、照準を定めるのが遅い!何か方法はないんですか!?」

「ああ、うるせえ。ちょっと視えるからって調子に乗りやがって」


 テティ厶には空気中に漂う魔力が視える。魔獣は深い傷を負うと、無意識に魔力がより多い方へ動く癖があり、そのため跳ぶ軌道が予想できる、のだが……。


 ジョシュアは強大な敵の気配に毛を逆立てる肩の相棒ビーストを指で撫でて落ち着かせ、

「おおよしよし、ちょっと待ってな。もうすぐだから……おいでくの坊、ブレスで奴を滅ぼす!発動に合わせて結界を解け!」

「わかった。……祈っていろ」

ジョシュアの言葉にサーザイルが短く返す。


 こんな目立つ場所に結界を張り続けて、何もないわけが無い。先程から、いくつかの大きな気配とその視線がチリチリと神経をあぶるようだった。


 ――――おそらく‘使徒’かそれに類するものだろうな、とサーザイルは達観していた。


 ……ここで結界を解くのは、死を迎え入れるに等しい。


「ははッ、繋げ、ビースト!」


 ドスッ!


 ジョシュアの声に応えた歪な魔獣が、触手をテティ厶に突き刺した。神経を探られ、無理やり視覚を繋げられて眼球の奥が軋む。


「い、ぅ」

テティ厶は救いを求めてなんとかサーザイルを見たが、その目は憐憫に満ち、殉教者のような静かさがあり、‘すまない’と語っている。


「嫌だぁああ、死にたくないッ゙」

ビースト!」

絶望を突きつけられたテティ厶の叫びは、同時に放たれた声によって掻き消される。


 呼ばれた魔獣が太い触手を地面に突き刺し固定し、その口を丸い体のほぼ輪郭すれすれに開く。凄まじい熱と光が集まり、結界が解除されるのと同時に、巨大な光の柱が魔獣のから放たれる。


 ――――‘堕ちた使徒’へ向けて。


 凄まじい熱量を持ったその光線は、跳び急ぎ逃げていた‘裁定者’の頭のほとんどを正確に撃ち抜いて何本かの腕と胴体の一部を灼き尽くし、そのまま彼女は、吹き飛ばされたまま黒煙を上げて高度を保てず落下していく。


「はッ、ざまあみろ勘違いビッチめ!」

中指を立てながらジョシュアは、やけに静かな後ろを振り返った。


 凍りついたように佇むサーザイルと、半泣きでひざをついた状態で固まっているテティ厶。


 どちらの首筋にも、黒く小さな蟲が止まり、不気味な赤い光をゆっくりと明滅させていた。


 かくいうジョシュア自身も、体が硬直し、立てたままの中指が下ろせない。


(‘処刑蟲アングリーバグ’……ビースト!!)


 第一領域で禁忌タブーを犯した者に付くという処刑蟲。


 まだ接続は切れてはいない。内心での呼びかけに即座に使役獣ビーストは反応し、別の触手をジョシュアに突き刺す。同時に、体の主導権を奪い返したジョシュアはすぐさま自分の首筋に留まる蟲を掴み、ぶちりと潰す暴挙に出た。


 発動すれば頭など簡単に吹き飛ばす威力を持つ蟲。腕一本ぐらいは覚悟してのことである。


 しかし蟲は爆散せず、赤い液体となってどろりと溶けた。


‘――――次はない’


 脳内に直接届く、男とも女ともつかぬ低い声。


 同時に、麻痺が解けたサーザイルが身じろぎ、

「あ、ああああ、助け、て」

力の抜けたテティムががくりと地面に手をついた。


「はっ、面白えじゃねえか」

ジョシュアがにやりと笑い、呟く。


 ――――次は、こんなことにはならねえ。


「も、もう嫌だああぁあッ!帰して、僕を帰してくれ!」

「あ゛ぁ?うるせぇ」

もはや限界を迎え叫ぶテティ厶に、ブン、とジョシュアが持つ大剣が唸る。


 テティ厶に振り下ろされかけたそれをキン、と錫杖で弾き、サーザイルは錯乱したままの彼に当て身を食らわせた。

「邪魔すん――――」

「これで組合ギルドの依頼は終了した。後は好きにどこへでも行くといい」

「あ?……ふん、言われなくとも。やっとクソみてえな仕事が終わったんだ。しこたまふんだくって飲みにいくさ」

背中を向け、せいせいした、というように足早に立ち去ったジョシュアの様子に緊張を解き、テティ厶を肩に担いだまま、サーザイルもゲートの方角へと向かう。



 朝のゲートを抜けると、すっかり明るくなった空が目に眩しい。


 ――――――また朝帰りか。


 そろそろ朝市の準備が始まりそうな広場のベンチにテティムを下ろすと、さすがに疲れを感じる。


 これが終わったらどこかのんびりできそうな場所に行こう、とサーザイルが心に誓っていると、やがて彼が目を開けた。


「ここは……!?僕は、無事で……??」

迷宮都市ゴードリムだ。今回命があったのは奇跡でしかない。……次からはもっとよく考えるんだな」

 ……もっとも、統括が指名した時点で、逃れられない案件だったかもしれないが、と内心サーザイルは溜息を吐く。


「よくがんばったとは思う。あー、そうだ、これからどこか……」

疲れと安堵で半ば放心しているテティムを見やり、言いづらそうに話しかけるが、通りの向こうから近づく姿を見つけて口をつぐむ。


「いや、どうやら家族が心配してきてくれたようだ。よかったな」

ほっとしたように笑んでから、じゃあ俺はここで、とサーザイルは広場から姿を消した。それをぼんやり見送るテティムに、非常に聞き慣れた声が届く。


「あっティム、こんなとこにいた!探したんだからね!」

「メル姉……」

駆け寄るメルメルに、心配してきてくれたんだ、と涙があふれそうになる。


それから彼女は、

「それでさ……悪いんだけど、お金貸してくれない!?」

とそう、頼み込んだ。


「いやー、もうすっからかんになっちゃってさー。ティムって大きめの仕事受けてたじゃん?一段落したとこかなって探してたのよ」

あまりのことに呆然と答えないテティムに何を思ってか、

「もうこれで一度終わりにするから!今、本当に大切な時なのよ!もう特等級とか、1等級とかの人が帰ってしまう前に、なんとか繋ぎを作らないと。ね、お願い、お姉ちゃんを助けると思って!」


 ああそうだ、こういう姉だった。


 もはや心底気力が尽きて動けないテティムの耳に、え、何ちょっとあんた泣いてるの?などと慌てる声が聞こえる。


「おいおい、またやってんのか?……メル、おま少しはティムを気遣えよ。繊細なとこあるんだからさ」

また別の声が聞こえた。

「あれ、ロロディアじゃない――――!?」

メルメルが向こうから来た、軽装にも関わらず、かなり大振りの剣を装備した黒髪の男に飛びついた。


「おー、二人とも元気か?ティムは今回やばかったみてーだな」

「う、あ、お、ロロ叔父さん……そう、なんですよ」

久しぶりに会う叔父を前に、テティムの目から再び涙が溢れ出す。

「久しぶり!え、仕事?それともまさか例の巡礼?なんでこっちに?」

「ああ、ちょっと迷宮都市ゴードリムの金が入用になってね。……おっと、ここで立ち話もあれだ」


 広場は人が集まりだし、組合ギルド関係者にそこそこ顔が知られているロロディアに、いぶかしげに視線を向けている人も増えている。


 フードを被ってくればよかったのに、とテティムは思った。


「どこか美味そうな店知ってるか?ああ、まず両替屋だな。‘竜の涙’だ。ぼったくらないとこを頼む」


 第二迷宮に生息する、超大型の魔獣から採れる魔晶石‘竜の涙’。第二では通貨として使われてはいるが……。


「叔父さん、‘竜の涙’は……一歩外に出すとただの塩水ですよ?」

「うぉ、しまった、忘れてた!」

ロロディアが鞄から、中がタプタプになってしまった袋を取り出し、逆さに開くとかなりの量の水が地面に零れた。


 どこか抜けている叔父のために、まず古着屋でフードつきの上着を買い、組合ギルドでお金を受け取ってから店に行くこととなった。それらはすべてテティムが受け持つことになったが、すでに彼はもう無我の境地に達していた。

〈おまけ・ジョシュアとサーザイルの二つ名〉

ジョシュア→‘知恵ある厄獣’……関わる者のほとんどに不幸をもたらすが、‘仕事は’一流で私情も挟まずプロフェッショナルなため。


サーザイル→‘絶対的守護者’……受けている加護も多く、その場にいるだけで生存率が格段に上がる。また、生存が絶望といわれる依頼でさえ死亡者が少なくすむのでこの名がついた。

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