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洗礼という名の挨拶

きつめの残酷描写あり。ご注意ください。さすがに食事中の方はいないと思いたいですが……。

広々した膝丈までの草原の風が、ルークの声を乗せていく。


隣からの生ぬるい眼差しに気づくと、慌てて平静さを装い、

「ここ第一領域、特に入口付近は比較的安全だって聞いたにゃー」

「俺だって聞いたさ。ただ、聞くのと見るんじゃ、全然違うだろうが。いいたかったんだよ」

「別にいいにゃ。広いしまわりに脅威もないから好きなだけ叫んでくれにゃ」

「もういい」

そう首を振って、

「……ここはどこか俺の故郷に似ているな。魔獣避けの結界ドームの内だったけれど、穏やかな風が吹いていた。毎日忙しなく、生活の苦しい日々ではあったけれども」

「……故郷に未練がありまくりにゃ」

「いや、そういうわけじゃねえ。七人兄妹だったからな。旅に出たとき一番下の妹はまだ小さかったから……ちょいと気になっただけだ」

「ふーん、そんなものかにゃ。私にはいないから……」

そこまで話して、ミーシャはふと変な顔をした。

「兄妹……?竜の……?」

ちげぇ。俺以外はみんな普通の‘人’だよ。俺を産んだ時、お袋は未亡人、すでに子どもが三人いて、『一人で四人も育てられるかーッ』て奮起して同じ村のやつ掴まえて、そっからまた三人産んだんだ。七人兄妹の真ん中……地獄だぞ……」

げっそりと呟いたルークを、ミーシャは呆れ顔で見やり、

「よくある話どころか悲劇の這い入る隙もない話だったにゃ」

率直な感想を述べた。


「いや、そんな俺の思い出話はいいんだよ。そもそも、ここに入りてぇーって気持ちでいっぱいで、目標とか計画とか全然話し合う余裕もなかったからな。……ミーシャは、どうしてこの迷宮ダンジョンに来たんだ?」

「世界でここでしか見られない、虹を見るのが、まず第一の目標にゃ」

「虹?‘始まりの蛇’を探しにきたのか?意外にロマンチストなんだな……」

「違うにゃ!」


虹というのは一般には‘始まりの蛇’の別称ーーーー‘始まりの蛇’というのは皆が知る創成神話に出てくる七色の蛇で、手短にいうと暗やみの中に七色の蛇が寝転んで世界に色が生まれそこから命が芽吹いてどうのこうの、という話である。

この世界では、雨は滅多に降らない豪雨でしかないため、虹を目にできたものは少ない。


ミーシャがどう説明しようか悩むあいだに、

「いいさ。ここも虹迷宮っていうぐらいだからな!俺は力試しでここへ来たんだ。ぜったいにこの虹迷宮セブン・ワールドのすべてを踏破してみせる!!」

きらきらしく輝く笑顔でルークが宣言する。


(これがいわゆる脳筋てヤツかにゃ)


「………道のりは長そうだにゃ~」

へにょん、とミーシャの耳が垂れた。


「まだ来たばかりで何言ってるんだ……ところで、羅針盤と簡易地図は持ってるか?」

「そりゃもちろんにゃ」

ごそごそ背負い鞄を下ろして漁るルークの前に、しゅびっと腰のポーチから小さく折り畳んだ地図と羅針盤を取り出す。


二人で地図を付き合わせ、

「この虹迷宮セブン・ワールドはその名が表すとおり、七つの領域ワールドからなる、んだったな。今ここが入口近くだから……東に森、西には沼地か……沼地は近づかない方がいいな。この、北西にあるのは……試練の塔……?なんで×がついてる?」

「聞いたことがあるにゃ。試練の塔は、別の領域へ移動する手がかりがある場所。ここ‘(レイ)’にはたくさんあるけど、攻略は早い者勝ちにゃ!!×は踏破済み、ってことにゃ!!」

「なるほど……?ってか試練の塔ってまんまじゃねーか」

(レイ)’なんて色あるか?という疑問も浮かんだが、ま、どうでもいいか!とルークは結論づける。


「じゃあそこを目指せばいいんだな……。じゃあまず、ここの跡地を目指していってみるか。手がかりが何かあるかもしれない」

あぐらをかき頬杖をついていたルークは、ひとつ大きく伸びをする。

しっかしなあ……本当に魔獣モンスター襲ってこないな」

ミーシャは答えの代わりに鼻をピクピクと動かし、

「……代わりに、別のものが釣れたにゃ」

ザッ、と草を鳴らして立ち上がると、姿勢を低くしながら近づいてきていた三つの人影を睨んだ。



気づかれたとみるや、見るからに薄汚れた身体と服装の人族の冒険者3名が身を起こし、

「おいそこの新人ルーキー!こんなとこで立ち往生かあ!?」

「俺たちがここのルールってもんを教えてやるよ!」

剣を構え下卑た笑いをこぼす。


(くさいにゃ~。半年放置されたドブの臭いの方がまだマシなくらいにゃ)


「なんだこの臭い奴らは」

ルークがわざと鼻を摘まみ、おえ、と吐く仕草をして挑発する。

「その舐めた口ごと溶かしてやんよ」

ぼさぼさ頭がやたら銃口がでかく管のついた奇妙な武器を構えた。


パシュ、パシュと奇妙な音がして液体が銃口からルークを襲い、

「うわ、なんか出た」

ルークが慌ててその液体を避けると、ジュッ、と下の草むらが溶ける。


「はは、死ね!」

その言葉を合図に、他2名がいっせいに跳びかかってくる。

(近よりたくないにゃ……)

ミーシャは棒で剣を弾いて遠く跳びすさり、結びつけていた紐をブンブンまわしてクナイを投げた。

「っ痛てぇ!」

クナイは見事ゴロツキの手首に刺さり、ミーシャは紐を引いて抜きつつ棒を手に間合いを詰める。

が、バシャアッ、と自分目がけて発射された液体を避け、たたらを踏む。

「舐めるな糞が!!」

叫んで銃口を向ける男は、しかし自分に近づいたもう一人の存在を忘れ……正確には、もう一人が食い止めているので大丈夫だろうと油断していた。


「ぉおおおッ」

ルークが叫び、対峙していた男を押し返す。痩せた男に留める力はなく、ブロードソードが男を貫き、そのまま銃を構える男に切迫した。


ザシュッ


「畜生、痛てぇッ!この雑種ミックスが、ふざけんなッ」

一人が倒れ、浅くはない傷を負った男が叫ぶ。‘ミックス’……それは、ハーフへの最大限の侮辱。


「ガァアアアッ」

ルークが吼え、同時に、その口から炎が吐かれた。銃を持つ男が炎に包まれ、管に切れ目でも入っていたのか、あっというまに中の液体に引火する。

「ギャアアアッアヅッ」

「ふざけんな!この弱者を襲うことしか能のねえ、害虫が!」

はぁはぁとルークが拳を握り叫ぶあいだに、炎は燃え盛り、焼け焦げた死体が転がった。


「畜生が!覚えてろ、必ず仕返ししてやる!」

ありきたりなセリフを吐き捨て、軽傷だった一人が身を翻す。

「待て!」

追おうとするルークの腕を、ミーシャが掴んだ。

「なぜ止める!?」

「黙ってこっちに来るにゃ!」

ミーシャがすぐ頭上高くを示す。


ヒュィイイイ


(鳥……?)

人には聞き取れない高音域の、細く鳴き交わす声にやっとルークが気づき、逆光に目を細める。……飛び交う影の幅は手を広げるより少しだけ狭く、1フィーテほどか。


ぞっ、とルークに寒気が走った。あの高さでこの幅なら……。


「どんな獣かもわからないから、とにかく今はアレから離れるにゃ!」

焼け焦げた死体と、重傷を負い、血塗れで呻き声を立てる男から距離を取り草むらに伏せると、しばらく遥か上空で様子を窺っていた一羽が、羽根をすぼめて急降下してきた。


砲弾のようにぐんぐん迫るその身体は、赤褐色と白。地面につく直前で身を起こし、鋭い爪で弱った獲物(にんげん)を捕らえ、すぐさま嘴で止めを刺す。


血の臭いを辿り、残る数羽はどうやら別の獲物を見つけたのか、長い長い悲鳴と、ぐちゃりと湿った音が聞こえてきた。


濃厚な血の臭いの中、ひたすらミーシャとルークは草に伏せてやり過ごす。…………やがて満足したのか、小さな家ほどもある巨体の鳥は、肉塊をおみやげに、バッサバッサと飛び去った。


「…………」

「…………」


しばらく、お互いに無言。それからやっとルークが、

「前言撤回……やっぱすげーや迷宮ここは」

ポツリと呟いた。


注意深く身を伏せ周囲を窺っていたミーシャがガバリと身を起こし、

「まだ安心するのは早いにゃ。何か近づいてるにゃ!」

と告げると同時に、草むらの向こうからドドドドと何かが走り近づく音がルークの耳にも聞こえてきた。



〈雑学豆知識〉

・ゴロツキ三人組

職業:スライム掃除屋。主に沼地に生息するスライムを始末したり捕獲したりする。


武器:粘液製造銃スライムランチャー。ギルド貸出品。スライムを凝縮して10体まで銃から繋がるバックパックの装置に溜め込んでおける。スライムには様々な種類がいるが、今回のは生物を溶解する性質を持ち引火性の高いタイプ。金属や武器は溶けず残るのでちょっとした金稼ぎにはもってこい(だとコイツらは思った)。

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