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夜と漆黒の闇

 すみません、一部加筆して補足を入れました。

『ミーシャ、夜更かしはいけないよ。ここが迷宮セブン・ワールドの第1の塔だったら、とっくに‘裁定者’の餌食だ』

『どうして‘裁定者’は夜に出るのかにゃー……』

もっともっと遊びたい、と寝台の上で跳び跳ねるミーシャに苦笑して、彼は言葉を繋ぐ。

『明るかったら、たくさんの人に見られてしまうからね』

『蜘蛛の姿をしていても恥ずかしがりやさんにゃ!』

『いや、うん、そういうわけではないけれど、そうだな、もしミーシャがこの先、迷宮で彼女たちに会ったなら……第1のルールを思い出して。‘レイ’が昔のままならきっと――――』



 なぜか多くの者が迷宮の攻略法について口をつぐんでいるが、それでもいくつかの戒めはよく噂されている。――――第1の‘黒の塔’に夜近づいてはならない。


 なぜなら、‘裁定者’に、裁かれるから。




「こんなところに塔が――――」

ほんの刹那、過去に意識を飛ばしているあいだに、ルークが呟き、一歩踏み出した。

「駄目にゃ!すぐここから離れるにゃ!」

ミーシャの制止はわずかに遅く、突然塔の壁から、黒くて先の細い、管が何本も生えた。見る間にそれは身を起こし、漆黒の体躯に真っ赤な三対眼の眼を光らせる蜘蛛へと変わる。


 ボコ、ボコボコと次々に、おそらく塔の内側から生まれてくるそれに、ともすれば震えそうになる足を叱咤して二人はやっと踵を返す。


「くそッ糸が!!」

つっ、と硬質のはずのルークの鱗からわずかに血がにじんでいる。木々のあいだに糸が張り巡らされ、すでにここは彼らの領域となっていて、逃げられない。


「くそ、どうすれば!!」

ルークが低く悪態を吐く。ミーシャは、先ほどから耳を振るわせる異音に耳を澄ませていた。


 ィイイイイン フィイイイイ


 蜘蛛同士で鳴き交わし、何か合図を送り合っているような――――。


 ミーシャは、ぞわりと駆け上がった寒気に、いた場所を咄嗟に跳び退き、地面を転がった。やや小型の蜘蛛が先ほどまでミーシャがいた空間を足で薙ぎ、地面に降り立つ。


 ほとんど音がしなかったことに、彼女は戦慄した。それからゆっくり、隣りにいたルークの体が倒れていく。そして血が吹き出した。


 あ、死、んだ。


 ――――いや。おそらく、竜の血を引いているせいか、それとも咄嗟に避けることができたのか、ルークは肩と腕の一部がえぐれ、出血がひどくてもなお、かろうじて生きていた。ただ、それも時間の問題だということは、嫌でも分かる。


「あ、あ、ああ、、、」

――――――逃げたい。おそらく、自分ひとりだったら、なんとかなるかもしれない。


 次々と現れ、自分を囲んでいく蜘蛛。全身で汗をかき、震え、逃げたいと考えているミーシャを留めているのは、かつての父親の言葉――――。


‘ミーシャ。仲間は大切にしなくてはいけないよ。仲間がいたからこそ僕は……ユリシー·ミレニアム、彼女に会えた’


 まったくいつでもブレない父親だった。その後に続く、長い長いノロケ話まで思い出し、それがミーシャをクールダウンさせていく。


(‘裁定者’……この第1迷宮において、‘塔’を守り、挑戦者の力量を測り試すモノ)


 喉の奥が鳴る。ルークの体を抱えるフリをしながら影で自分のクナイと腰の棒を合わせ、紐で固定し握り締めた。


 そして咆哮の代わりに、ミーシャは唱える。

「‘強化’。足と、右腕付け根から指の先まで」

すぐさま大きく心臓が脈打ち、力がみなぎっていく。


 数が多いということは、必ずどこかに隙が――――。


 ルークを倒しさざめきながら様子見していた‘蜘蛛’たちが、再び動き出す。それより早く、足から靴を喰い破るように爪が伸び、体を固定する。

 すぐさま体をバネのように使い、焼けるように熱くなった腕、指先から黒銀の槍が離れた。 

 避けた数体を超え、その後ろにいた一体に槍が届き、その胴体の一部、奇しくもルークと同じ場所をもぎ取っていく。


 ギキィイィイイイン


 かろうじて聞き取れるような高音域を震わせ、憤ったのか槍を受けた個体と別の蜘蛛たちがミーシャに迫り攻撃を加え――――。


「※※※」



 空気が短く強く揺れた。


 蜘蛛たちの動きが止まる。その隙にミーシャはルークを引っ掴み、姿勢を低くした。いつでも逃げられるよう窺うミーシャの前で、蜘蛛は何かを鳴き交わすだけで、襲ってはこない。


 槍が刺さった蜘蛛が、もぞりと皮を脱ぐように身を起こした。蜘蛛の体に、黒のインクに浸したような口もなく赤い目が光るだけの、髪の短い女性の上半身。


 刺さったミーシャの槍を抜くと、その傷はみるみる塞がって、彼女(?)はそれを投げて返した。


「……立チ去レ」


 後ろの蜘蛛も言葉に従い道を開ける。ミーシャは一度頭を下げ――――そうせざるを得ないような威厳が彼女にはあった――――すぐさまルークを背負い、その場を離れた。



 蜘蛛――――いや、‘裁定者’たちはその姿が木々の合間に消えるのを見届け、次々に上半身を起こして互いに言葉を交わし合った。


‘――――姉さま、お怪我は?’

『大事ない。しかし久しぶりだな、肩を砕かれたのは。いい膂力と武器だな』

槍を抜いたその傷は、すでに跡形もなく消えている。


 それぞれにシルエットは違えど、彼女たちは皆、上半身は女性、下半身は蜘蛛の姿をしていた。


‘――――ねえ、どうして逃がしてしまったの?’


 遅れてやってきた一体がトン、と塔の壁に着地してぶら下がり、くるりと地に下りる。――――最近単独行動が目立つ、個体。


‘ああ、かわいそうなお姉様。傷つけられ、みすみす敵を逃がすなんて’

‘……カレナ、口を慎みなさい!’

‘だって、本当のことじゃなぁい’

カレナと呼ばれた個体は、ふわふわした髪(?)を揺らし、首を傾げてみせる。


‘弱者は消え、強者は残る……それが、ここの理。――――そして、あの方の望みでもある’

‘裁定者’たちを束ねる短髪の個体は静かに、まだ生まれて幾年も経たない幼い妹を諭した。


‘ねえ、お姉様って、いつも似たようなことしか言わないのね。つまんない。他の人もおんなじ。私はそういうの、嫌’

彼女はそう言い捨てると、シュルリと糸を伸ばし、木々のあいだに綱を張り、森の中に去っていった。


‘……追いますか?’

‘いや、いい。どのみち……彼女は長くない’

仲間の言葉に首を振り、ため息のように空気を震わせた。


‘急ぎ戻ろう。曲者揃いの組合ギルド関係者に見つかると厄介だ。ああ、数体は他の場所の見張りを頼む’

‘裁定者’たちのリーダーは、幼い妹の待つ運命にしばし思いを馳せ――――やがて塔に戻っていった。

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