その頃別の場所では 2
夕暮れ時 人気の少ない路地裏を、フードを目深にかぶった小柄な人影が、複数の男たちに追い立てられ、走っていた。
追手にとうとう捕まり、フードを外される、その下から現れたのは、ミルクティー色の髪をした少女。
「ち、違う!こいつはあの女じゃねえ!」
男の一人が叫ぶ。
「なあに、あなたたち、私のファン?それとも遊びたいの?」
少女が淡い色のストールを取ると、Aラインドレスの大きく空いた胸元が際立ち、色香が漂う。
「ふふ、私の遊びは激しくてイタいけど、ついてこれるかなー?」
両手でピン、と伸ばされたストールが、細いしなやかな鞭へと代わり、ピシャリと床を叩く。
一連の動作に魅入られていた男たちの顔が引きつり、悲鳴が上がるのに、さほど時間はかからなかった。
組合は今非常に忙しかった。第一領域で起きる例の事件、そして、ディーパの不穏な動き。本部だけでなく、もちろん初心者が集まるここ、案内所兼組合受付もまた例外ではない。
「おい!メルはどうした。急ぎの仕事を頼みたいんだが」
「あー、彼女なら今日は大事な用があるからって、定時少し前に帰りましたよ」
「くそ、またか!何が大事な用、だ。どうせどこかの上級パーティの前夜祭にでも顔を出す気だろうが!」
「まぁ最近張り切ってましたから、ねえ。こんなに上級チームが出揃う案件もめったにないんで、きっと、‘このチャンスをものにする!’とかって息まいてるんじゃないですか」
「……なぜだ」
事務局長が握りしめる拳には青筋が立っている。
「あいつは、能力は高いんだぞ!俺でさえ時々驚くほどだ。なのになぜ!なぜ、あんなにも仕事が嫌いなんだ!!」
「はぁ……」
僕にそんなこと言われても、という雰囲気でロッタルクは同僚と目を見交わし、肩をすくめてみせた。
「幻惑の使えるメルが適任だと思ったのに……」
「ひょっとして例の、お嬢ちゃんの件ですか?」
「ああ、あの初心者の」
「確か、竜人と猫人、ハーフ&ハーフのパーティと組んでいたんだっけか。パーティ名はなんていったっけな……まあ、ハーフ&ハーフでいっか」
「やめろよ。それで覚えちまうだろ?」
ハハ、と笑いが起こる。
「それはそれとして、あのハーフパーティ、ちょっと中途半端に知りすぎやしないですかね。そもそも、なんで昇級しないんでしょーか。ここまで来てるんなら、それこそ第1の攻略が終わっててもおかしくないのに」
事務局長が頭を掻く。
「それがハーフゆえの悲しいところでな……攻略情報がまったく彼らにいかなかったようだ」
「不器用か」
また笑いが起こる。
「あのパーティ、ちょっとメンバーのパワーバランス悪いんですよね。竜人の方が、いまいち……」
「人寄りの竜人か……うかつに覚醒させられやしねえよ」
所長がはぁ~あとため息を吐く。
「力が使えないのはでくの坊だな」
「2人が別れる方に4白銀貨」
「竜のハーフが死ぬ、に5」
「ひでぇ」
抑えたような笑いが起こる。
「やめろ。スキルアップすりゃいいだけだろうが。よし、何かいい案を思いついた奴は、昼飯三日間だ」
「……無茶ぶりしないでくださいよー」
「くそ、人手不足が憎い。能力ある奴には潰れてほしくないが……」
そしてできるなら組合に就職し、少しでも俺の仕事を楽にして欲しい、と至極真面目な口調で呟いた。
「メルリルの件は仕方ない、伝手を当たってくる」
「おお、さすが現場の叩き上げ!フットワークの軽さは組合随一!」
「やめろやめろ。どうせ腰が軽いぐらいが俺の取りえでしかねえよ」
「いやーそこまで言ってないですけどもー」
事務局長が出ていくと、
「……局長がよく動くのって絶対書類仕事やりたくないからだよな」
「なんで事務局長やってんだろな」
そんなささやきが残った組合員のあいだで交わされた。
その日の午前。ジョシュアはテティムたちとの合流前に初心者たちのいうところの‘配達所’に来ていた。郵送システムの横、ぱっと見気づきにくい位置にある溝に、組合カードを差し込んで、半刻ほど待つ。
しばらくして箱の蓋が開き、黒い毛玉のような物体が、ジョシュアに飛びかかってきた。
「‘ステイ’!……よしよし、ずっと狭いところで悪かったな」
がっしりとした枝のような手足がジョシュアの腕を掴み、肩へと登る。頭と胴体が区別のつかない丸っこい体のほとんどを占める口が広がり、そのぱくりと開いた灰色の穴に、ジョシュアは茶色の魔石を放り込む。
グルルル、という唸り声とともに、毛並みが動き、焦げ茶色に変わる。
「今日は肩慣らしだぞ、〈獣〉。まずはここの空気に慣れとけ」
森にある建物を出て、ジョシュアは癖でいつものように太陽の位置から方角を確かめる。
「あー全部吹き飛ばしてえ……クソが……我慢だ我慢」
ブツブツ言いながら、肩の相棒とともに、待ち合わせ場所に向かった。
虹迷宮の夜は、暗闇で視界が狭くなり、活動する魔獣も強力になるため、多くの者にとって畏怖の対象となるが、迷宮都市にはそれは当てはまらないようだった。
組合が本腰を入れ始めたことにより、近日中には第1の稀な事件’に片がつくだろう、ということで、久しぶりに集まった旧知の仲間と連日討伐前夜パーティと相成っている。
もちろん、位が上であれば手持ちもそれなりなので、集まる店の質も上がる。
「すみません、遅くなって」
「いーよいーよお疲れさまー」
少しばかり疲れた様子でフードを脱ぎ、椅子にかけたティナに対し、キャサリンはひらひらと手を振った。
「大人気アイドル、ティナちゃんを無理やり呼びつけたんだからーしょうがない。今日もかわいーね。そのミルクティー色の髪!サラサラでふわふわだし!個室空いててほんとーによかったよ。アイドル独占!」
すでにテーブルには大きな酒瓶がいくつも並び、奥の2人はうつろな顔で、すっかり出来上がっていた。
「どうして……どうしてですの……どう、して!私が討伐隊じゃないんですの!?ちょっと補助と防御魔法が得意だったばっかりに、他冒険者たちの担当になるなんて!」
「補助と防御できる人少ないからさー、まあ落ち着こう。よしよし」
キャサリンがなだめていると、ティナが小首を傾げ、
「あの、でも、討伐隊側ってうま味とかまったくないですよ?下手すると死ぬぐらい危険だし、素材はもらえないしで」
「そんなのどうでもいいですわ!堕ちたモノとはいえ、見る者すべてが涙を流して感動するという、‘使徒’を少しでもいいからこの目で見たかった……」
「誰、この子に嘘教えたの」
「恐怖のあまり、ひどい有様で立ち尽くす人はいるかも知れませんけど」
苦笑するティナ。
やっとレベッカが落ちついてきたと思ったら、それまで無表情で俯いていたサーシャが急に立ち上がった。
「……頃合いだ。そろそろ多くの客がいい感じに酔っ払ってくるはず。絡まれにいってくる」
俺の愛刀は今宵も飢えている……とかなんとか。
「ちょっとちょっと……知らぬ人たちの魔導具とか魔石を剣のサビにするのやめなよ。フリッカー、来てよフリッカー!サーシャが寒くて死にそうだってー!!」
キャサリンが部屋の外へ声を張り上げると、別のパーティと飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げていたフリッカが、通路へ現れる。
「おーまたか。まいどあり!オマケもつけとくよ」
懐から2つほど大きいサイズの魔石を取り出すと、サーシャ目がけて放り投げた。
―――――キンッ。
剣を収める音とともに、魔石がサラサラと砂になり、床にこぼれていく。
「ゔぁー染みる。生き返るー」
サーシャはドサリとテーブルに突っ伏し、動かなくなった。
「……あの剣、呪いを解くわけにいかないんですか?」
「まあ解けるっちゃあ解けるけどー。魔力を吸わない、ただのよく斬れるだけの剣になっちゃうよねえ……そうなるとサーシャのアイデンティティって何かな?大きな魔力樽?」
本気で言っていそうなキャサリンを前に、ティナは、この場で素面なの私だけかー、と、店員を呼んで、ありったけの酒と肴を追加注文した。




