封じの部屋
お待たせしました。
「……どうしよう。こんなことしている場合じゃないのに」
突然白い部屋に閉じ込められてから一日半。部屋自体は4、5人楽に生活できそうなほど広いが、奥には簡易トイレの部屋があるだけで、窓もなく、一つきりの扉は叩いてもびくともしない。
組合の職員は食事と、寝るための毛布は用意してくれたが、非常に嫌そうな表情で扉の隣に置いてそそくさと去っていく。……まるで重犯罪人のような扱いだ、とベアトリスは思った。
「なんとか、あの二人と連絡を取る方法を考えないと」
今度来る相手こそはちゃんと話ができるよう引き留めて、と扉の傍で様子を窺っていると、その思いが通じたのかどうか、扉が開き、白髪混じりの痩せた初老の男が、入ってきた。
「すみません、どうか私の話を聞いてください!」
「おっと」
腕を掴もうとしたが、避けられ、バランスを崩しそうになる。男は、
「落ちついてくれ。私は君と話をするためにきた」
ベアトリスにそう静かに告げると、部屋を見回し、椅子が一つしかないなと呟き、再び椅子を持って入ってくる。
テーブルを挟んで向かい合うように置くと、ベアトリスにも座るようにと促し、上着のポケットから小さな魔石を取り出し、邪魔にならない位置に置く。
「まず、お互いに自己紹介をしよう。私の名前はウェズ・マシューソン。お嬢さんのお名前は?」
「ベアトリスです。マシューソンさん、組合では、説明もなしにいきなり人を拘束するんですか?」
いきり立つベアトリスに、マシューソンは、すまないね、と苦笑した。
「緊急だったので、まず隔離が優先という判断になった。どうして君がこの部屋に入ることになったかというと、それにはある組織が関係している」
「お金はきちんと返すつもりでした……そもそも、まだ期限があるはずだったんです」
ベアトリスは肩を落とした。
「虹色黄金蟲≪スキャラベ≫か……その話も後でしよう。こちらで調べたところ、君が持つあの杖、あれが大変危険なものだということがわかった」
「杖、ですか?あ……そういえば確か、印があって取り扱うができない、とかで」
「そうだ。その件に関しては、本当に申し訳なかった」
いきなりマシューソンが頭を下げたので、ベアトリスは驚いた。
「あの杖に使われている魔石は、以前にこちらで犯罪組織から押収した危険物と同一のものということがわかった。呪い、もしくは伝染する病……そういったものの源が封入されている恐れがある。君が感染している恐れもあり、こういった強引な手段を取らざるを得なかった。後手になってしまったことはお詫びする」
頭を下げたままの彼に、ベアトリスは慌てて、
「いえ、頭を上げてください。こちらもそんなこととは知らず……あの杖……そんな危険なものだったなんて」
「そうだ。君はあの杖を以前同じパーティを組んでいた者からもらったということだが……詳しくその時の状況と、パーティメンバーの名前と顔を教えてほしい」
「はい。でもそこまで大きな特徴がなくて……」
ベアトリスから詳しい話を聞いてメモを取ったマシューソンは一つ頷くと、
「いったん信用させておいて、ひそかに利用する。よくある手口だ」
「……はい」
「それから、君が売りに来た虹色黄金虫だが、今は無許可での狩猟及び取引が禁止されている。知らなかったことだろうから、今回は注意のみとし、納品されたものはこちらで回収する。その代わりといってはなんだが、君の借金については、こちらで対処しよう」
「え、あ、はい……ちょっと、情報が多すぎて頭が……そうだ、仲間、私の仲間が迷宮に入ったままなんです。虹色黄金虫を採集するのに協力してくれて……」
「わかった、心に留めておこう。さて、これで話は終わりだ。また気がついたことがあれば教えてほしい。奴らは悪どい手を平気で使うからな。もう騙されないよう気をつけて」
ベアトリスはこくこくと頷いて、どこかぼんやりと現実味のないまま部屋を後にする。出るとき何気なく振り返ると、マシューソンがテーブルの上の砂を袋に片づけているところだった。
組合の事務員から、隣のカフェの無料券をもらい、ベアトリスが立ち去ったのを確認すると、マシューソンは懐から香薬入りの煙草を取り出し、火をつけた。
「………すまなかった」
事務局長のマルクスがそう頭を下げる。
「部下には徹底させとけ。今回はラッキーだったな。あの嬢ちゃんがあまり長く迷宮に潜ってなかったおかげで、早く済んだ」
マルクスは、迷宮の魔素が抜け、砂になった魔石を確認する。部屋は正常に作動していて、マシューソンがあの部屋に長くいられるのは、随分前に魔樹の種子を心臓近くに喰らい、第一線を退いているからだった。
「この程度の拘束ならさして組合の評判に傷もつかないだろう。こっちは奴らと比べてクリーンさが売りだからな」
そう言って皮肉めいた笑みを浮かべる。
「ああ。しかし、虹色黄金虫か……」
「はは、懐かしいな。あれはひどかった。確実な儲け話だが、臭気が一週間は取れないから、奴隷にやらせたり、パーティメンバーを騙してやらせるのが横行してたな。潰せてよかったじゃないか」
マシューソンは煙草を皿に押し潰した。
「そういや、あの嬢ちゃんが組んだ仲間……そのうちの一人はあのフェルメルとユリシーの娘らしいな。魔力の質がユリシーと同じだと報告があった」
「げッ。あの、人間嫌いの……」
「二人の娘だったら優秀だろう。様子を見て等級を上げておいた方がいいんじゃないか?迷宮慣れしていない奴らにいろいろと吹き込まれても困る」
「……考えておくよ」
「組合の信条にもあるからな……‘すべての種族に対し、公平に、」
「‘使えるものは、なんでも使え’か。まったく、統括は本当イイ性格してるよな……」
「ついでに加えておくが、地獄耳だぞ」
軽口に、存外真面目な口調で返され、マルクスは肩をすくめた。




