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宵の口 3

 日が暮れかけた赤光の差す森に、シャン、シャンという音が鳴り響く。

「よそ見してっと、足を取られるぞ」

分解され腰に結わえられた錫杖をちらちらと気にするテティムをジョシュアが笑う。


 サーザイルの錫杖の先にある鈴の輪の()は、高位の魔獣の威嚇音を真似まねてあるのだという。

「たいていの魔獣は避けられる。群れに突っ込むどこぞの阿呆がいない限りは」

道端の草を踏み鳴らしていたサーザイルが振り返った。

「そろそろ陽が落ちる」

「今夜はここで野宿かー。さっそく火を焚こうぜ」

ジョシュアの言葉にテティムが頷き、足元に枯草を集め、枝を組み始める。

「いや、火は……おい」

サーザイルが低く唸り、ジョシュアを睨みつけた。

「おまえは初心者以下こどもを連れてきたのか……!?」

「何いってんだ。必要だから連れてきたんだろうが」

ジョシュアは焚き木に枝を足し、火をつけて香草の束を放り込んだ。サーザイルの顔がますます険しくなる。クソが、と短く吐き捨て、藍色の空を見上げる。


「今燃やされた草の種類さえわからないおまえは、こいつと来るべきではなかった」


「???」

まったく何もわかっていない様子のテティムにサーザイルはもう一度ため息を吐き、

迷宮ここで夜、傍に火を焚くのは自殺行為だ。蟲、そして知恵ある魔獣は火に寄り来ることが多い」

腰の数珠をたぐる。

「猪の時みたいに瞬殺するなよ。俺も遊びでここにいるわけじゃねーぞ。()()の技量は図っておきたい」

()()の間違いじゃないのか」

サーザイルが無表情にまぜっ返す。


 ジョシュアが燃やしたのは虫除けではなく、ある特定の種類の蟲を魅きつける香草。高く上がった煙の臭いに誘われ、やがて向こうから幽鬼のように透き通る姿をした馬の群れが近づいてきた。ヒヒィィン、といくつもの嘶きが届く。

「なんで魔獣があんなに……」

蒼褪めるテティムに、

「さあ、課題だ。その眼を使い、夜駆ける悪夢(ナイトメア)をよく見てくれ。その核はどこにある?そいつさえ分かれば攻略は簡単だ。後はこの洞木がやってくれるさ」

ジョシュアはにやりと笑う。

「テティム。あの魔獣は、馬の姿をしているが、誘霧蛾フォッグモスという蟲の集まりだ。魔力の高いメスがオスを誘導し、大型の魔獣を真似ている。メスさえ捕えれば、後は霧散する」

「……わかりました。魔力の高い部位を探します」

いろいろと言いたいことを飲み込み、テティムが宵闇に目を凝らす。ぼんやりと明滅しながら迫りくる馬のうち一頭が、一気に距離を詰め、鬣を振り立てて、鋭い歯がずらりと並んだ口を大きく開けた。

「眉間!それから太ももの付け根です、サーザイルさん!次は首の真ん中!」

テティムが叫び、サーザイルが手を一振りしてすぐさまその部位のメスを結界に閉じ込めた。同じ調子で、次々とメスを捕まえるたびに、光の粒は散り散りとなり、夜空に消えていく。


 そうしているあいだにも近づいてきた別の個体が、前足の蹄でテティムの肩を蹴りつける。

「ッ

実体はないはずなのに、確かに痛みがある。混乱する頭に、低い声が響いた。

「下がれ。注意しろ!この蟲は鱗粉に幻惑成分と痺れ毒を持つ!」

「はいッ」


「さて。及第点ぐらいはあるといいが」

さっさと自分自身に虫除けの精油オイルを振りかけ、ジョシュアは高みの見物を決め込んだ。


 サーザイルがなお燃え続けている火を葉の茂る生木を被せて消す。途端に暗くなる周囲を、丸くサーザイルの結界に閉じ込められた誘霧蛾フォッグモスがふわふわと照らし出した。


「あの馬の胸の奥!これでラストです!」

「わかっている」

サーザイルが最後のメスを結界に閉じ込めたと同時に、馬も霧散し、辺りに静寂が戻ってきた。はぁ、はぁと肩で息をするテティムに、サーザイルが、よくやった、と声をかける。


「やっぱりこの眼はすごいな。胸糞悪ぃがあの女のやることに狂いはねぇ」

「黙れ。そのツラを張り飛ばされたくなければな」

もう一度枯草と木を集めて火をつけ、蟲を焼く。そして少し離れたところに腰を下ろし、周囲に結界を張った。

「あの……火はどうして遠くにしないといけないんでしょうか……」

「実際経験してみるといい」

サーザイルが腰から皮張りの容器を取り出し、ぐびりと一口呷った。

「火酒か。俺にもくれ」

「誰が。消毒にも気つけにも武器にもなる貴重な酒だ」

ふぅ、と息を吐く。


「テティムといったか。どうせおまえは、これから何を手伝うのかも詳しく聞いていないんだろうが」

「え、あ、はい。あまり聞く余裕もなくて」

そういえばそうだった、と目をしばたく。

「…………」

「おい、俺が悪いわけじゃないぞ。まずやれるかどうかの見極めが先だろ」

ジョシュアも鞄から酒瓶を取り出し、呷ってぷは、とうまそうにした。

「テティム。おまえをこれまで、いろいろ引っ張りまわしたのは、その力を試したかったからだ。重要な組合ギルド長からの依頼を任せる上で、失敗がないようにな」


「擬態がうまいのは糞の特権だな」

「――ふん」

ジョシュアが肩をすくめる。漂う剣呑な雰囲気を感じ、ただおろおろとするテティムにサーザイルが、

「こいつが多少わかる言葉を話したからと言って、信用するのはやめておけ。死ぬぞ」

淡々と助言をする。

「こんな話がある。組合ギルドの受付の話だ。この男が、ある時、珍しく冒険者の中でもまあまあ使える奴を誘った。常とは違う愛想のいい姿に驚き、気に留めていたのだが、三週間ほどでジョシュアは迷宮から帰ってきたが、パーティを組んだはずの相手はしばらく経っても帰ってこず、思い切って受付の青年はジョシュアに尋ねた。‘あの、パーティ仲間はどうしたんですか?腕のそこそこ立つ人でしたが’と、その問いに対し、‘あ?そんな奴いたか?’とこいつは本気で返したそうだ」

「何をいいたいかわからねえが、覚える必要もないだろそんなもの」

けっ、と悪態を吐く。

「この男が、そういう奴だということは頭に入れておけ」

「…………でも、じゃあ、どうして僕なんかに」

テティムが頭を押さえて首を振る。


「それをこれから話すところだったんだろうが。水を差しやがって」

「…………」

サーザイルは酒のボトルをまた呷った。ずいぶんペースが速い。

「テティム、おまえの力は凄い。このサポートがあればいけるぞ」

ジョシュアがにっかりと笑う。

「肝心の部分をぼかすな。テティム、今回の仕事の内容はどれだけ知っている?」

「……魔獣退治だと聞きました。蜘蛛かムカデを倒すのだと」

サーザイルが片手で顔を押さえた。


「最悪なミスリードだな。蜘蛛。蜘蛛か」

続いて酒をまた一口含み、

「テティム……私たちが倒そうとしているのは、使徒の一人だ。別名を‘裁定者’ともいう」

「は……!?」

テティムが弾かれたように立ち上がった。続いて、ジョシュアとサーザイルを見比べる。嘘だと言ってほしい……との思いを込めて。しかし、それが本当なのだと知ると、今度は激高して叫んだ。

「使徒を…………あなた方は神の使いを敵にまわすというのか!!」

「ははっ、迷宮の奥に引き籠もって出てこない主を‘神’と呼ぶのはおまえらぐらいのもんだぞ」

「なッ……!!」

ジョシュアに掴みかからんばかりのテティムをサーザイルが押さえ、

「まあ、正確には‘堕ちた使徒’だ。狂い、暴走した個体をめるため、組合ギルド全体で動いている」

「そんなことを言ったって……こんなことは、許されるはずがない」

テティムががくりと膝をつく。

「こんなことなら、ここに来るんじゃなかった……」

「今さら断ることなんてできねえぞ。おまえが受けちまったからにはな」

ジョシュアが鼻を鳴らす。

「恨むんなら、おまえを推した組合ギルド統括クソおんなを恨め」

あまりの言い草に、じろりとサーザイルが睨む。

「統括が行うことに無駄はない。テティム、この三人でないと成り立たない作戦ならやり遂げるしかない。君は君にできることをするだけだ」

「くそッなんでこんな……」

「おい」

ジョシュアがその嘆きを遮り、

「来たぞ」

焚き火のその向こうへ顎をしゃくる。


 火の傍の真っ暗な闇。そこからいきなり、毛むくじゃらの鼻と、耳まで避けた大きな口が突き出し、焚き火をぐるぐるとまわり、熱心にクンクンと臭いを嗅ぎ始めた。三、四頭の群れは、ちょろちょろと舌の代わりに口から紫の臭気を吐きながら辺りの様子を窺い、結界まで寄り来て、そこに見えない壁があると気づいたのか体当たりを始めた。


 ひっ、と息を呑むテティム、じっと様子を窺うサーザイルとジョシュアの前でしばらく体をぶつけていた魔獣は、しばらく見えない壁と戦っていたがやがて諦め、暗い闇へとまた戻っていく。


毒竜ファフニールか……ち、りたかったぜ」

「その息は生き物を腐らせ、奴らはその死体を貪る」

サーザイルは強張った表情のテティムをちらりと見た。

「……強さは」

その震えながらの問いかけに、

「ま、俺もこいつも、あれなら瞬殺できるレベルだな」

ジョシュアが軽く答えたが、それは彼の心を重くするばかりでなんの助けにもならなかった。

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