宵の口
すみません、遅くなりました。
今回、主役の二人(と蛹)は臭っていますが、直接の描写はないため、まあ食事中の方でも大丈夫かと思われます。
虹色黄金虫を孵化させ、ピンで指すのはすぐに片がついた。
どろどろのスーツを脱ぎ捨て、枯れ木を集めて火をおこすと、ほどなく蛹が孵っていく。
ミーシャがまだ硬くなりかけの虫の体を抑え、胸の節の隙間から虫ピンをひと息に刺すと、あっけないほど簡単に虫は動かなくなる。
「……魔法みたいだな」
「甲虫、というか虫はだいたい胸部に神経が集まっているにゃ。この魔獣も同じ。それさえわかってれば簡単にゃ」
するり、と抜いた長針を再びまた焚き火の明かりで孵化した虫に突き刺し、またもう一匹と、それを何度も繰り返す。
「……5。これ以上は入らないにゃ」
「造作なくやってのけるお前が怖えよ」
しばらく静まり返っていた森は、またブンブンと慌ただしくなり、前よりも騒がしさを増した気さえする。
開けておいた袋にすべて詰め、直接触らないよう紐で引きずって、オレンジ色に染まる森を戻れば、魔獣に遭遇することもなくベアトリスと別れた場所へと到着した。
「戦った跡があるな……」
草や地面は抉られ、木には引っかき傷がいくつも残っている。
ミーシャが地面にしゃがみ込み、
「血に土をかぶせた跡もあるにゃ。この感じはそう遠くないはず」
「……探すか」
付近を探すとすぐに茂みに身を隠していたベアトリスが見つかった。
「あ、ぅう、ルークさ、無事で……」
再会を喜びたいのだろうが、そこでベアトリスはむせ、鼻と口を布で覆った。
「やっぱスーツ程度じゃ駄目みたいだぞ」
「それでもマシにはなってるはずにゃ」
ルークとミーシャが顔を見合わせて苦笑する。
「あー、無理はしなくていい。虹色黄金虫も無事このとおりだ」
ルークは紐をたぐり、袋を目の前に持ってくる。
「……開けるなよ。臭さで死ぬぞ」
「組合には袋ごと直接渡すにゃ。虹色黄金虫の無傷の成体、といえばわかってもらえるにゃ」
「あ、ありがとうございます!わ、私なんの役にも立っていないですが……」
ベアトリスは肩を落とすが、気を取り直したように、
「じゃあ、急いで運びましょう!太陽が沈むと厄介です」
「……それな。残念なんだが、一緒にはいけないんだ」
「ベアトリス一人で持っていくにゃ」
「えっ……なんで……」
ベアトリスが言葉を失った。
気まずそうなルーク、いつもと変わらずひょうひょうとしたミーシャ。しばし落ちた沈黙をひんやりと冷たい空気が撫でる。
「この臭い……体につくと最低一週間は取れないらしいんだよ。このまま街にいくわけに行かないだろ?」
「今回スーツもあったし運良くほとんど掘らずにすんだからきっと3日ぐらいにゃ。ラッキーにゃ」
「じゃ、じゃあ私も一緒に……!!」
「いや。3日もここにいたんじゃせっかく手に入れた黄金虫が腐っちまう。だから、トリスは先にそいつを持っていってくれ。きちんと備えもしてるし、俺らも3日経ったら戻るからよ」
「そ、そんな……!!」
がくり、とベアトリスが膝をつく。それをちらりと見やり、
「たった3日にゃ。そこまで弱いと思われてるなんて心外にゃ」
と不機嫌そうに言う。
「……わかりました。これを持って一度戻ります。でも、またすぐここに来ますから!」
「好きにするにゃ」
ひらひらとミーシャは手を振り、ベアトリスは一度必ずまた来ます、と呟いて袋を抱えると、背を向けて走り出した。日没まで、もう時間がない。
残されたルークはしゃがみ込み、はぁ、とため息を吐く。
「格好つけといて、俺ら夜を越すのも初めてだろ」
「ルークがやるといったことだったんじゃないのかにゃー。夜目も利かないのに」
「うるせー。……そういや、さっきの話の続きだが……おまえは今回どうして急に協力的になった。下準備にかなり金を使っちまったし……あんまり良く思ってないだろトリスのこと」
……ベアトリスに力を貸すことに決めたのはルークだが、父親の思い出話を元に、必要な物をすべて揃えたのはミーシャだ。おまけに、自分より鼻がいいミーシャにとって、この作戦はかなりの苦痛を強いることになる。人のために犠牲になるタイプとも思えない。
普段の姿からはかけ離れたミーシャの行動にどうにも納得いかない、と、ルークが尋ねる。
ミーシャは目を細めて夕闇の迫る草むらと森を見つめ、
「うーん……その方が面白そうだったからかにゃ?」
どことなく機嫌が良さそうに答えた。
「うわ、聞かなきゃよかった」
どうも本気でいっているらしいミーシャの言葉に、ルークが空を仰いだ。
……ミーシャはサースト地方の端にある深い森、その中央にぽつんと一つだけ佇む家で生まれた。
森は強力な魔獣が常に縄張り争いをしており、人はおろか、知性のある者は皆その森を避けて近寄らない。
……人嫌いの父親が何にも煩わされることなく家族で過ごしたいと選んだ場所だか、ミーシャは時々、あそこまで徹底しなくてもよかったのでは、と思わなくもない。
家と畑の周囲には結界が貼られているが、物心つく頃から森にちょくちょく出入りし、そこを庭代わりに育ったミーシャにとって、正直なところ、輝での今の状況はぬるすぎた。
少しばかり美食に走ってみたが、それも限界があり、退屈であくびが出てしまうほど。
だから、ベアトリスを助ける、という大義名分の元に、迷宮の夜をハードに過ごすことをそれはもう楽しみにしていたのである。
――――たとえ、虹色黄金虫を組合に持っていった結果、ベアトリスがどうなろうとも、それは知ったことではなかった。
案外ジョウジョウシャクリョウ、というものが適応されるような気もするにゃー
と、ミーシャは考えている。




