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夜が来る

 グロい描写と、残酷描写がありますので、食事中の方、苦手な方は閲覧を控えた方がいいかも知れません。お気をつけください。

 現場に着く前にと、ミーシャとルークは荷物を下ろし、今一度流れを確認する。


「この先にあるのは糞溜め……じゃなかった、腐った肉溜まりで、そこを掘って虹黄金虫≪スキャラビ≫の蛹を探す、と」

「そうにゃ。繰り返すけど、成虫が溜まり場の奥から這い出てくる時、必ず傷ができるにゃ。それを防ぐためにまず先に蛹を手に入れ、焚き火の光と熱で蛹から孵化させてから、虫ピンで刺し殺すにゃ」

「それをすかさず袋に入れて密封する、ってわけだな」

ルークは、背負っていたカバンを下ろし、中に巻いて入れていた、ペラペラなわりに硬い、皮のスーツと、ベージュのぬめるような光沢の皮袋を取り出した。


「しかしなんなんだよこのスーツはよぉ」

「迷宮の蜥蜴人リザードマンには、手足が再生するのと、脱皮するタイプの二種類いて、」

「そういうマメ知識聞きたいんじゃねーよ」

しかも受け売りじゃねえか、とぼやきつつ、ルークはスーツを頭からかぶり、首元と腰を紐で締めた。

「……着ぐるみだな、こりゃ」

「パッと見には縫った痕がわからないにゃ。腕がいいにゃ」

「どうせにかわか何かだろ……それにこの袋……気色悪ぃぜ」

虫の蛹を入れるため用意した皮袋は、ゴムのような質感を持っている。

「密封できるすぐれものにゃ。吸引虫の臓物袋の内側にびっしりある、細かな繊毛≪せんもう≫が……」

「もう言わんでいい。あの店主も嬉々として説明しやがって」

にやっとしながら言うミーシャにげんなりとしつつ、半分透けているスーツ越しに地面を蹴った。

「……袋は口を開いておいて、なるべくもろもろの液がつかないようにするにゃ」

「わかった」

外からではただの皮の袋にしか見えない袋の内側をあまり見ないようにして、ルークは口を大きく開けたまま地面に置いた。


 すでに日は頂点を過ぎ、温かな空気に涼しい風が混じり始めているが、スーツを着たミーシャとルークには真夏のような暑さに感じられた。


 その向こうには、ブンブンと甲虫や蠅によく似た魔物たちが飛び交い、うっすらと湯気すら立ち昇る腐肉のるつぼ。今からそこに、武器も掴めない格好のまま、足を踏み入れなければならない。


「……やっぱりやめようかにゃ」

「おい……それはないだろ。なんだよ、いきなり」

ルークがじろりとミーシャを睨む。


「あの山の中に、魔獣の骨や歯も混じってるにゃ。このスーツの強度、そこまで保たないのにゃ。破れたら終わりだし、トリスのためにここまですることはないのにゃ」

「いやいや、ここまで来て、俺に全部やらせる気かよ!」

「……逆に、どうしてそこまでするのかがわからないにゃ。知り合ったばかりの赤の他人に」

「どうしてって、そりゃぁ……仲間だろ?じゃあ、どうしてミーシャはここまで来たんだよ」

ルークが途方にくれる。

「なぜって……ちょっと待った。話は後にゃ。なにか、いる」

ミーシャがぐっと姿勢を落とし、どろりとした山の向こう、木々のあいだを睨んだ。ルークも丸腰だったので、とっさにすぐ近くの尖った牙を拾って構える。


「なんだ、あれは。木偶でく人形か………?」

それは見覚えのある、というか鍛錬場ならどこにでも置いてあるような木彫りの人形だった。ただし、こちらの方がより作りが細かく、手と足に関節があり、動くようにできている。


 木偶でくは腐肉の山を目掛け、スコップを振りかざそうとしていたが、ミーシャたちに気づくと、その両目(?)が赤く光った。


「くそ、こんなとこで襲われたらひとたまりもないぞ」

転んでもアウト、スーツが破れてもアウト。


 ここはいったん引くか、と互いに目を見交わした二人がじりじりと後退≪あとずさ≫る中、木偶人形はズボズボと山を踏み抜きこちらに向かって来たが、突然足を止め、また興味を失ったかのようにくるりと腐肉の山に向き直ると、再びスコップでその固まりを掘り始めた。


「なんなんだあいつは……」

「ルーク、それより、見るにゃ。あいつ、どんどん掘っていくにゃ。あの穴を利用すれば、簡単に蛹が手に入るにゃ!」

時折、潜っていた甲虫が掘り出され、体当たりを仕掛けられているが、木偶人形はおかまいなしである。


「……蛹もざっくり傷つけそうな勢いだな」

「あいつがある程度掘ったら、止めればいいにゃ」


 先ほどうろついていた爆雷蜂≪レッドバルーン≫も巣に戻ったらしく、今のところ他に脅威はない。ルークとミーシャは木偶人形とその他の甲虫の動きに注意しつつ、待つことにした。



 ミーシャたちが木偶の人形に驚いたのと同時に、少し離れたところで、木偶人形の視界を通してミーシャたちを発見し、慌てている者たちがいた。


「見つかった……!!見つかったわ!!」

「なんだって!?くそ、あいつら組合ギルド関係者か!?」

それは、ミーシャたちと同じように、虹黄金蟲≪スキャラビ≫で大金を手に入れようとここにやって来た冒険者のパーティである。


 木偶≪でく≫を操っていたビキニアーマーの女性がその視界を通して、山の片隅にいるミーシャとルークを観察しつつ、小声で、どうしよう、と仲間に相談する。

「このままだと罰金か、さもなくば出入り停止に……」

「くそ、高く売れるっていうからこの話に乗ったのに!こうなったら口封じを――――」

ヒートアップする二人の横で、しばらくじっと考え込んでいた剣士が、

「待った。こんな時のために木偶を使ってるんだろ。ここを探知されそうな気配はあるのか?」

ぼそりと告げる。

「「あ」」

そうだったわ、と女性がしばらく宙を睨み――――実際は木偶人形と視界を共有していたのだが――――ほっとしたように息を吐いた。

「今のところ、その気配はないわね。たまたまバッティングしただけかも知れないわ。ひとまず、作業を続けてみる」

「……そうだな。こんなタイミングよく来るなんてないよな。わざわざ組合やつらが忙しくしてる時を狙ったのに」

逃げるか否かと、視線を彷徨≪さまよ≫わせていたローブ姿男も、ふっと緊張を解いた。


 虹黄金蟲≪スキャラビ≫の蛹――――かつて、この蛹から無傷の成虫を手に入れるため、同じパーティの仲間を騙して掘らせ、手柄を横取りしたり、奴隷にやらせた挙げ句、迷宮に置き去りにする、といった悪質な手口が横行していた。

それを防ぐため、組合ギルドが無許可での虹黄金蟲≪スキャラビ≫の取引を禁じたのは、十数年前のことである。当然ながら、ルークたちはこの事実を知らない。


「だいぶ掘り進んだから、そろそろ、スコップから手作業に変えるわね。集中しないと……」

「あいつら、まさか横取りする気じゃないだろうな」

そうローブ男がぼやく。

「そうなれば、始末すればいいだけの話だ。……幸い、場所の利がこちらにある」

「そうね。いざとなれば、この人形で――――」

彼女の言葉が不自然に途切れた。


「ん?」

「……おい、どうした?」


「あ、ああああ、あれ、」


 何の前触れも気配もなく、巨大な黒く艶めいた存在がトサッ、と目の前の空き地に降り立った。その姿は上半身は髪の長い女性、下半身が六本足の蜘蛛。漆黒の中でもさらに黒曜石のような眼が、三人を見ていた。


 黒い体には銀色の鎖が巻きつき、キラキラと傾きかけた光を反射している。


「アァ、ア、ワタ、ワタシ、キレィキレイ?」


 それは鳴き声に近く、その言葉よりも姿に気を取られていた三人のうち、剣士が叫ぶ。

「逃げろ!こいつは、あ、、、」

その声に弾かれたようにローブの男が身を翻した。得体の知れない魔物。奴が身につけているのは、タグ、だ。


「ァ、マッテマッテ……」

魔物が手より早くその脚を動かし、鋭い爪で逃げようとした男の足を切断した。

「ギァアアッあし、あしがッ」

「こ、この化け物ッ」

人形は間に合わない。そう判断し、女が呪文を唱え、その動きを抑えようとし、注意が逸れている隙にと剣士がじりじりと後ずさり距離を取る。少しでも遠く。


 魔物は、少しつまらなそうにして――――――その漆黒の顔と眼からは表情など読めないが剣士はなぜかそう思った――――――身軽に跳躍し、女を一瞬にして切り刻むと今度はこちらへと寄り来――――それが剣士の見た最後となった。


「ヒドィヒドイイ……」

物言わぬ三つの躯を前に、魔物は何度か鳴きながら、その体液で自分が汚れないよう慎重に、自分を着飾るための綺麗なアレ、がないかを探していたが、元より金のない三人がそんな契約をしているはずもなく。やがて諦めて上を向き、空めがけて跳躍した。



 一方でミーシャたちは、木偶人形が腐肉の山を掘り続けて、しばらくして動かなくなったので、用心しながらその穴近辺を探り、なんとか虹黄金蟲≪スキャラビ≫の蛹を掘り出した。


「十もあればいくつか孵らなくても大丈夫にゃ」

ミーシャが山から離れた場所で、腐肉のついた皮のスーツをさっさと脱ぎ捨てると、

「しかし、なんでいきなり動かなくなったんだろうな……動力切れか?」

ルークも木偶人形を薄気味悪そうに見て、スコップ代わりに使っていた骨を放り投げ、同じようにした。

「じき、陽が暮れるにゃ」

「ああ。もうこんな時間か……太陽が沈み切る前に孵化させないと」


 ざわ、と木々が揺れた。


 朱く染まった夕暮れの空、木々の合間を、黒い流星のような影が跳ぶ。


 それは、おそらく本能的なものだろう。ミーシャもルークも、すぐさま地に伏せ、じっと息を殺して、その魔物が過ぎ去るのを待った。


 黒い星は生ゴミの山には目もくれず、遠くへと跳び去っていく。


「……なんだ、あれ」

「さすがに、ちょっと勝ち目ないかにゃー」

ミーシャも力なく呟いた。


「また出会わないうちに、急いで用事をすませるにゃ」

「あ、ああ」

ルークものろのろと起き上がり、ふーっ、と息を吐いた。

「……俺たちがいない間に、トリスが襲われてたらどうする?」

「そこまでは面倒見切れないにゃ」

そう言ってミーシャは、肩をすくめた。

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