その頃、別の場所では その0
だいぶお待たせしました。
※更新後一時間ぐらいでミスに気づいたので、訂正しました。
ミーシャたちが、腐肉の沼さらいにチャレンジするその一週間前。中央通り高級商店街片隅にある、酒場「隠れ家」のドアが、早朝にも関わらず、叩かれた。
「誰だよ、んな朝っぱらから……」
酒場の店主が眠い目をこすりこすり、ドアをわずかに開けると、そこには白い壁が……いや、色素の薄い痩せた男が、壁のように白い顔をして立っていた。
「なんだ、あんたですかい」
頭をボリボリ掻きながら、店主がカウンターにつくと、サーザイルは、
「葡萄酒を熱くしてくれ。……あと、タオルも頼む」
といいながら席につく。
店主は鍋で熱くした葡萄酒とお湯をボゥルに入れ、布と一緒に、顔は悪いが人の好い僧侶に渡しながら、
「前に会ったのぁ、数ヶ月前てとこか。組合ご自慢の二つ名持ちが、ひでえ顔色だ。奥までいきなすったんですかい?」
「……いや。仕事帰りに第二に寄り道したのがいけなかったな。竜の逆鱗に触れた馬鹿がいて、危うくともに藻屑となるところだった」
「ははあ……それはそれは。竜の色は?」
「赤褐色で中級、土寄り。魔力を操る能力に長けていてな。たまたま水妖が居合わせて庇ったらしいが、通りすがりに呼ばれていけば、水妖ともども凍りついて虫の息だ……」
「そりゃあ……大変でしたねぇ。喧嘩売る方も馬鹿だが、あやつらも、プライドが高くっていけねえや」
しみじみという。
サーザイルは温められた葡萄酒を呷り、絞った布で目元を覆う。
「時間外なんで、決まりどおり一品のみですが、まあごゆっくり」
その言葉が、終わるか終わらないかのうちに、ドアが蹴り開けられた。
「おい!まだ準備中だよ!」
店主が叫ぶが、ずかずかと入ってきた男を見て、ぅげッと顔を引きつらせる。この界隈で知らぬものはない、厄介ごとしか引き起こさない厄病神。
今日は厄日か、と呟く店主は完全無視して、
「おいてめえ、探したぞ。こんな辛気臭い場所に隠れていやがったとはな」
居丈高に近寄るジョシュアを、
「……おまえのような輩に邪魔されないようにだ」
タオル下からじろりと睨む。
「まあいい。組合一の結界の使い手であるお前に頼む。……第一での、厄介な討伐に手を貸せ」
「他を当たれ」
第一、という言葉に顔をしかめ、すげなく断るサーザイルに、
「はは、いいのか?断れば、罪なき青年がひとり死ぬぞ」
「今すぐおまえを叩きのめせばすむ話だな」
サーザイルは数珠に宿る結界用の魔力を確認し、同時に拳を固めた。
ここじゃないとこでやってくれや!と店主の叫びも虚しく、ジョシュアに対し、サーザイルの右ストレートと、すぐに左が続く。
どちらも難なく避けながら鼻で笑い、
「相手してやってもいいが……組合統括じきじきの依頼だぞ」
それを早く言え!
ジョシュアの突き拳がピタリと止まり、
「クソが」
「おーおー、僧侶様ともあろうお方が、そんなお言葉、いーんですかねぇー」
「関係ない。……わかった、詳細を聞く。店主、少し席を外せ」
どうせろくな話じゃないだろうが、と、防音の結界を張り、サーザイルはため息をついた。
第一領域‘輝’で主に黄昏時から夜にかけて起こる、冒険者行方不明及び殺害事件。キーワードは夜。そして、タグ。
組合の安全遺体保証システムは加入者が身につけているタグ、それから発せられる波長の長い信号によって成り立っている。その信号は獣人と人間には捉えられない特殊なものだが、一部の、高位と呼ばれる魔物には輝かんばかりにはっきりと見えてしまい、本当にごく稀にその輝きに惹かれる個体が出現する。
「‘堕ちた使徒’……生半可な奴らじゃ人死にが増えるだけだからな……」
事務局長マルクスは一般の冒険者のための護衛として、組合イメージアップも兼ねて、なるべく良識ある、護衛に向いているような上級冒険者を、と頼んだが、とりあえず今該当しそうなのはこのメンバーです、と、三人が派遣されてきた。
濃い灰色のフードつきコートを目深に被った背丈のそれぞれ違う三人を前にして、
「……俺自身、まともな感覚、というのを忘れがちだからな。頼むわ」
面倒くさいことになりそうな気配に、職員に役目を放り投げ、自分はさっさと事務仕事に戻っていく。
「いいですか、彼らの紹介にあたって、よくないところがあったら遠慮なく教えてくださいね。認識のすり合わせは、不信感の広がりを防ぐためにも大切ですから」
任された庶務&受付担当であるエレメナの真剣な言葉に、至極真面目な表情で頷くビオラと、なんでこんなことをさせられてるんだろーなーという表情をしているアイザック。
デルタが道具を魔改造するというので、時間ができ、暇しているところを、短時間で終わる確認作業の仕事がある、というので乗せられてきたら、これである。
「まず、それぞれに自己紹介をお願いしたいのですが……もちろん開示できる情報範囲内でお願いします」
それがもはや無理ゲーと思わなくもない、と、遠い目をするアイザック。
組合一般窓口の比較的広い部屋の中。三人は頷き、バサリとフードを取って姿を露わにした。
「はいはーい、私キャサリン!気軽にキャシーって呼んでね!」
パチンとウィンクまで決めて見せた一番手は、女剣士(?)キャサリン。黒髪にヘアバンド、黒を基調としたなめし皮の胸当てと腰当≪フォールド≫は裾広がりでいかにもおしゃれなデザインをしている。そして特徴的なのはその背中につけられた金属製の白光りする翼だ。
「へへーこれ自信作なんだよ!自分で組み立てて、このギミックとか苦労したんだから!」
彼女が体をひねると、その動きに合わせて、翼が開閉する。
一見洒落たアクセサリーのような、折りたたみ式の翼は羽の一枚一枚が刃のように研ぎ澄まされていて、人の腕など簡単に切り落としてしまえるぐらいの威力を持つに違いない。可愛らしい仕草とは反する凶悪な武器に、アイザックとビオラの笑顔が固まった。
「レベッカですわ」
次の真ん中のキャサリンより少しだけ背が高い金髪の女性は、胸元の深いオールドローズ色のブラウスに銀狐の襟巻をして、ゆったりと裾広がりでブルーグレイのマーメイドラインのようなパンツルックをしている。……どこぞの令嬢にしか見えない。
胸でけーなーとぼんやりアイザックが見ていると、
「触らせてあげましょうか?」
愛嬌たっぷりな笑顔でその青い瞳が覗き込んできて、
「えっ、いや、その、、、」
「私≪わたくし≫のシンディーは本当に手触りがいいの。この艶と光沢に、貴方も目を奪われてしまったのではなくて?」
そう言って自慢げに銀狐の襟巻を撫でる彼女。
アイザックは言葉に詰まり、灰になりかけた頭の片隅で、その狐の名前はシンディーかよ、などと、的外れな突っ込みを入れた。
あーよくあるやつだねー勘違い、と送られるキャサリンの生温かな眼差しと、ビオラのじと目が痛い。
最後の一人は背が高く、キャサリンと同じく黒髪の頭には黒に朱金の縁取りの額当て、口元にスカーフ……はまだいいのだが……なぜかフードつきコートの下に、さらにコートを着込んでいた。
ここの現在の気候は夏に近く……傍目にもとても暑い。
「サーシャだ。よろしく……」
彼は、どことなく眠そうな声で軽く頭を下げる。
「ひととおり自己紹介をしてもらいましたが……彼らを護衛としてここで紹介するにあたって、何か改善点などはありますか?」
「…………少し時間が欲しいです」
ビオラが挙手し、離れた場所でアイザックとひそひそと話し合いをしてしばらく。
「「フードは取らない方向で」」
二人の意見は一致し、その理由の説明もエレメナに納得いくものであったため、それでいくことになった。




