その頃、別の場所では その1
サーザイルという男は、心優しき絶対的守護者、という二つ名があり、僧侶という職業も相まって、多くの者は物腰穏やかな、人のよさそうな男を想像する。
何が言いたいかというとつまり、
「どけ。邪魔だ。隅の方でもいって蹲っていろ「自分の身すら満足に守れないものが、ここにいるべきではない」
確かに僧侶の錫杖にローブだか、背が高くがっちりした身体で、色素のない逆立ち髪と三白眼の痩せた強面でぎろりと睨まれ、
(いたくてここにいるわけじゃない……!!)
とティティムは睨み返すも、相手は特に気にした風もなく経文を唱えて結界とし、襲いくる巨大三ツ目イノシシを弾いた。
「こいつはもらった!」
すぐさまジョシュアが大剣を薙ぎ払い、イノシシの血しぶきが辺りに舞う。何匹も屠りながら返り血も少ないその姿に薄ら寒いものを感じながら、ティティムは大人しく隅の方で気配を消す水の結界を展開した。
すぐさま突撃してきたもう一匹がサーザイルの錫杖によって刺され、倒れ込んできた巨体に思わず身をすくませる。
「お優しいことだな」
「……無益な殺生は避けるべしと学んでいる。おまえには無意味な言葉だろうがな」
子連れ猪の番に剣の斬れ味を試したいからと戦いを挑み、それに飽き足らず近くの群れにことごとく剣を向けたジョシュアに、サーザイルの目は厳しい。
「何をいってるかわかんねえな、半数以上持っていきやがッて、ああくそ、足りねえ……」
サーザイルは斧にも似た大剣の重みを確認するかのようにブンブン上下させる男に冷たい一瞥をやると、それからティティムの方へとやってきた。
「あッうしろ」
完全にジョシュアに背を向ける形となったサーザイルに向けて剣が振り下ろされるのは、ティティムの声とほぼ同時だった。
ひ、と息を呑む音とドス、という妙な音が重なり、サーザイルの頭上、髪一重の場所で大剣がピタリと止まる。
さすがの非常識男も仲間を斬るような真似はしなかったのか、と力を抜きかけたティティムだが、すぐにその考えを改めた。
「……ッこの玉ナシが」
サーザイルの錫杖の先がジョシュアの腹に突き刺さり、その動きを止めていた。
そのままグリッと錫杖をねじられ、二言三言聞くに耐えない悪態とともに、じわりとにごった色の血が服ににじむ。
「赤黒い顔をしてると思えば、やはり肝の臓か。血の凝りがひどい」
「おまえ、その緊迫感のない口調とこの技能……なんとかならんのか……気が削げるわ」
だりぃ、と呟くとドサリと腰を下ろす。その隙にサーザイルがさっさと服を剥ぎ、消毒代わりの火酒を腹にかけ、清潔な布をきつく巻いた。
「ああ貴重な酒がもったいねえ……無駄にするならくれよ」
「だるさは半日もせず取れる。あとは、酒を控えて水を適宜」
「……クソ坊主が」
「あ、あの、もし大丈夫なら……もう移動しないと」
二人のやりとりと険悪な雰囲気に、半ば呑まれながらもティティムが言うと、
「そうだな。そろそろイノシシの残りが起きる」
ジョシュアからパッと手を離したサーザイルが立ち上がり、
「全部死んだんじゃ」
とティティムが思わず呟くと、
「どこ目つけてンだよ。僧侶のこいつがむやみやたらに殺すかよ。半数はどう見ても麻痺だろうクソが」
つまらなそうにジョシュアが答え、足下にピクつきながら転がるイノシシを蹴った。
店主ジェイド(偽名)はその日機嫌がよかった。
第1領域‘輝’の通り魔事件の解決に向けて、組合がとうとう本腰を上げたと情報が入ったからである。
便乗して売上が伸びるに違いない、なんなら表通りの目立たぬ位置に出店でもして----と夢は膨らむばかりで、自然と魔法のスクロールを記入する腕もすべらかに動いていく。
調子よく一枚、二枚と仕上げていくと、ガランガラン、と鈍い音でドアベルが鳴り、招かれざる客の訪れを知らせてきた。
「久しぶりだな、店主」
その女はつかつかと歩み寄り、卓上にドサリと袋を置く。
「刻んでくれ。丁寧にな」
「……統括の狗が。去れ」
「この店は客を好みで選ぶのか?」
渋面の店主は貴重な魔石のインクがにじみ、失敗作となったスクロールを巻き取り、隅の箱に放ってから、にっこりと笑顔を作る。
「これはこれは失礼しました。組合の重鎮であるイエェイーツー様なら本部にお任せになられるかと」
イエェイーツーというのは昔マチルダが名乗っていた家名で、嘘か真かは誰も知らないが、聞く者が聞けば、エルフの里近くに棲む、記憶を喰らうという魔物の鳴き声ということがわかる、曰く付きの名である。
「最近こちらも忙しくてね。それに、おまえは腕がいいし、客を蔑ろにはしない」
「…………高くつきますよ」
「ひどいな。年中金欠のこの私にふっかけるとは」
マチルダは肩をすくめる。
誰が金欠だこのやろう、金の集まるニ大集団のうちの一つである組合の五指に入るだろうが、という悪態を見事に笑顔の裏に隠し、
「私もこう見えて忙しいのですよ。これだけの品を作るには、白金貨30枚はいただかなくては」
「下手な冗談が好きだな。まだ木枯らしの吹く季節でもないのに」
「腕を買うのでしょう?商人らしく、高く売りつけたまでですが」
ちらりとマチルダは店内を見て、
「相変わらず質素な暮らしだが、登録はし直さないのか?欲しがる輩は多いぞ」
「あいにくと、私はこういった暮らしが好きなのですよ。変える気はありません」
ジェイドは穏やかに答えた。
「そうだったな……じゃあ、防犯対策などの余計な心配事を増やすのは悪い。200白銀貨でいこう」
「は……バ、いえ、最近暑さがひどいですからね。相場を忘れてしまうのも無理はありません。白金貨15枚が妥当でしょう」
「ここの治安を乱すのはよくない、と言っているんだ。私も責任ある立場だからな。300までは上げてもいい」
マチルダは鷹揚に微笑む。
どちらも闘志は充分、一歩も引かず、壮絶な戦いは、昼を過ぎ、夕方になるまで続いた。
「な……嘘だ、でたらめを言うな!ここが区画整理の対象だと……!」
「信じる信じないは自由だがな、前々から話は出ていた。今なら、口を利いてやってもいい」
この値段で手を打つならな、と続く。
店主が膝から崩れ落ち、バン、と拳で机を叩いた。
「おま、おまえぇ……稼いでるだろうが!!俺が何をしたっていうんだ!!」
「もう少し世間の風に当たった方がいい、引きこもりの坊や。この値段で平穏が買えるんだ、安いじゃないか」
軽口にも返事はなく、じゃあ頼むからな、と前金を置いて、彼女は店を去る。
自分と同じ混じり者が、店の扉に‘傲慢なエルフは来るな’と馬鹿がつきそうなほどまっすぐな性格なのは、どうしてもからかいたくなるというものである。
そして、例え何があろうとも、理不尽に手を抜く、などという自分の評判を下げるようなことはしない、彼の養い親ゆずりの商人気質を、彼女は信頼していた。
サーザイルは針師として腕が一級であり、彼と戦った者はことごとく次の日(もしくは一週間以内)に体の不調が良くなる、という伝説を持つ。
結界師としても引っ張りだこであり、普通に頼んでも治療してもらえないので、彼に戦いを挑む者が後を絶たない、というカオス。




