下準備
お待たせしました。
あれから、何件か道具屋をまわり、必要なものはあらかた手に入れたものの、どうしても揃わないものもあった。
「強力消臭剤に固形栄養剤、丈夫な紐に蛍光塗料、虫除けフェロモンだろ?あと足りないものってなんだ?」
「ルーク、一番肝心なものを忘れているにゃ。虫ピンはこの作戦に必要不可欠にゃ!」
「虫ピンね……仕込み杖でも探したらいいんじゃないか?」
「なるべく持ち歩きしやすいコンパクトなものがいいのにゃ〜」
「そもそも置いてる店が少なすぎんだよ」
ルークが肩を落とす。
これまでのところ、ピッタリのものはなく、槍にしてはどうですか、と武器屋を紹介される始末。ミーシャの尻尾はブンブン揺れ、不満げな様子がありありとわかる。
「……あの、槍では駄目なんですか?」
「そうだよ、おまえの武器でグサリとやればいいだろが」
「収集家をナメた発言だにゃ。少しの傷でも価値はだいぶ下がるにゃ」
「なるほど……レア物が置いてある店となると……」
考え込んでいたベアトリスが、あ、そうだ、と顔を上げ、「ちょっと、いえかなり変わった店だけど、あそこならあるかもしれないです」
「心当たりあるのか?」
「ええと……店は言葉で説明するより、見た方が早いですね。こっちです」
迷宮の入口は北西にあり、そこからまっすぐに伸びた大きい通り挟んで左側(方角は南)に農地、農地の反対側に住宅街、そこから北に向かうと商店街と、そして怪しげな超高級住宅ビル群とカジノがある。
商店街も北西は高級商店街、南東は庶民の店、と客層が分かれていて、今いるところはもちろんお値段も雰囲気も庶民に優しい店が多い。
「杖の鑑定を、あちこちにお願いしているうちに見つけたんです」
しばらく北へ進むと洒落た店が増え、ルークたち駆け出し冒険者には敷居が高い場所となってきた。
通りは石で綺麗に舗装され、レンガの屋根と白い壁の続く高級商店街にはガラスの(!)ショーウィンドウがあり、フリルのワンピースやツイードが飾られている。
こんなのは誰が着るんだろう、少なくとも俺たちには縁がないな、とルークが歩きながらぼんやり眺めていると、
「ここです」とベアトリスは、店と店のあいだに挟まれたなんの変哲もないドアの前で足を止めた。
まわりの壁と合わせてあるのか、白木の寄せ木でできたドア。その両隣には華やかなショーウィンドウの店。通用口か倉庫だと、誰だって考えるような場所。
レバー形のノブを、ベアトリスがガチャリとひねって開けると、そこには石畳の階段があり、階段を挟むかのような壁は高く、長方形に切り取られた青空が見えた。
やや急な石造りの階段のその先に、塗り直しを重ねてまだらになったような古い樫のドアが佇んでいる。
「何かうっすら書いてあるにゃー。古代エルフ語で……‘我······禁ズ’?」
「何をだよ。本当にここか?」
ルークが階段を登り、読めない殴り書きと、ドアの片隅にある消えかけた組合のマークを確かめて念を押す。
「はい。夜逃げしてなければ、ここです」
ベアトリスが力強く頷いた。
「なんかもう、不安しかないが」
「こういう店はわくわくするにゃー」
「こんな場所で攻撃を受けたら、ひとたまりもないな」
ルークが空を見上げ、物騒な感想を述べる。
思い思いにしゃべりながらもドアを開けると、ドアベルがカランカランと軽やかな音を立て、
「いらっしゃいませ。お客さん、何かお探しですか?」
すぐに狭い店内の横から声がかかった。
みっちり埋まる本棚と前に積まれた本に囲まれた机から立ち上がり、親しげな口調で話しかけてきたのは、なんと、淡い金髪碧眼で、片眼鏡をかけたハーフエルフ。青年のように見えるが、エルフ族は見た目では年齢はわからない。
エルフは、長寿族、森の精霊とも呼ばれ、自然を愛し、どことも知れぬ森の奥深くに棲み、華奢ではあるが高い魔力を保有した身体を持つ長命な一族であり、自分の種族のことを一番に考えている様子があり、他種族との交流はあまりない。
ミーシャとルークは、エルフについて聞いた話をそれぞれに思い出す。
「二人目のハーフエルフ……さすが迷宮都市だな……」
「竜人ハーフも充分珍しいですよ?」
ベアトリスが苦笑した。
「どうぞご自由にご覧ください。惹かれる物があれば、手に取られても構いませんが、注意書きのある品物には気をつけてくださいね」
「あ、ちょっと聞きたいにゃ。ここにネトフィリ樹脂はあるかにゃ?」
これまでの店では、置いてないどころか、知られてもいなかった品だが、さすがというか、店主は頷いて、
「もちろん、ございますよ。標本ですか?」
奥へと歩いていく。
飾り棚と小さな休憩スペース。棚の手前には巻かれた古紙の箱が並んでおり、彼は慣れた手つきで左の折り畳み式のテーブルを出して箱をそれぞれ上下に置き、オリーブ色をした絨毯をくるくると巻いて床に手をかけた。
軽い軋んだ音を立てて板が横にずれ、地下へ続く広い階段が床から現れる。
「ここは前は倉庫だったらしくて、ちょうどよく利用させていただいています」
ランプに魔法で明かりを灯して石膏の壁にかけると、照らされた階段は思ったよりも深く、両脇にはいかにも買いたくなるような食べ物や薬の包みなどが置かれ、目にも楽しく購買欲をそそってくる。
「て、意外に広ッ」
「ね、すごいでしょう?私も最初目にしたときは驚いたんですよ」
そんな会話をするルークとトリスの後から、ミーシャが耳をピコピコさせながら続く。
(あ、あの棚……古代エルフ語についての本にゃ)
あれを読めば、あの扉に書かれた文字が何か、わかるかもしれない。
「この一角が標本関係となっておりますが、何か欲しいものはございますか?」
にこやかに案内された先には、額縁や大きめのガラス瓶、ラベルの貼られた液体が並んでいる。
「中身はないんだな」
思わずルークが呟くと、
「魔物を標本として飾るのは、店として障りがありますので」
そう苦笑した。
「……これは何かにゃ?」
円筒形のカゴに大小の銀色の棒が並んでいるのを、ミーシャが目ざとく見つける。
「ああこれは、標本を自作されるお客様向けです。少し魔力を流して振ると」
棒が伸び、長針へと変わる。
「縮める時は同じく魔力を流しながら先端をつまんで、左へひねります」
簡単でしょう?といいつつ、また棒へ戻してカゴの中へ入れる。
「ひょっとして、売れ残りかにゃ?」
「ええ、まあ。少し前まで、たくさん売れたのですが、最近は自分で作られる方も減りましたね。今じゃすっかり廃れてしまって……もし買われるなら、お安くしますよ」
ハーフの店主はそう言って肩をすくめてみせた。
「しかし、すごい穴場だったな。店主も人が好さそうだし」
「……この杖を組合に見せた方がいいと、勧めてくれたりもしたんです」
求める品以外にも、いろいろと安く品物を手に入れ、上機嫌で店を後にする三人だが、ふとルークは振り返り、扉を見た。
「そういえば結局なんて書いてあったんだろうな。店主は厄除けの呪いっていってたけど」
「あー……きっとそのようなものだにゃ」
ミーシャは言葉をにごす。
実は、店で古代エルフ語についての本を立ち読みしたミーシャには、なんとかその全文が読めていたのだ。
あの扉には、‘我、愚弄ナルえるふノ立チ入リヲ禁ズ’と、古代エルフ語で書かれていた。
「しかし、夜逃げしないといけないほどヤバい店には見えなかったな」
「確か、組合の認可を取ったのが昔過ぎて、取り扱いの品が規制ライン越えとかって言ってましたよ」




