DPA
納品カウンターの賢猫は、黒の毛並みに緑の目、ズボンとチュニックの上にケープを羽織る、彼の種族にありがちな服装をしていた。
「あのう……この杖の鑑定をお願いしたいんですけど」
ミーシャがおずおずと前に出て、杖を差し出す。
「この杖ですか?見事な魔石ですが、この傷だと……」
そういいながらひっくり返したり柄の先を眺めたりとしていたが、魔石の付け根でピクリとひげが揺れる。
「これは……ここではお取り扱いできませんね。おそらく同じことを他の店でも言われたかもしれませんが」
「そ、そんな!これが売れないと困るんです!」
「そう言われてもね……」
黒猫の眉間にしわが寄り、耳についた魔石飾りが動く。
「……念のためいっておくけど、賢猫族は親しい人が死ぬと体内の魔石を形見とする風習があるにゃ。フッションでつけているわけじゃないにゃ」
今まさに、こんな辛辣な性格で性格でお洒落好きかよ、などと考えていたルークは、へーそうなのかと慌てて頷いた。
「この杖、いうとおりこれまで持ち込んだ店ですべて断られたにゃ。その理由を教えてほしいのにゃ」
「……まあ、あまり首を突っ込まないほうがいいですよ。僕にいえるのはそれだけです」
「ふふふ、これを見てもそんなことがいえるのかにゃ?」
ミーシャはごそごそとカバンから何かの包みを取り出す。
途端に黒猫は鼻をひくひくさせ、カッと目を見開いた。
「そ、それは……!!」
「毛長牛の熟成肉!しかも、上等部位にゃ」
ちなみに、このやりとりはすべて小声である。
「く……し、仕方ありませんね。すみません、奥使いますから」
次々と増える冒険者をさばいていた受付の男は、え、と嫌そうに顔をしかめたが、
「そんなに時間は取りませんから」
そう返して、彼は心なしかうきうきと奥の部屋へ案内する。
「……ケットシーはこんな奴ばっかりか」
「うるさいにゃ」
当然、それについてミーシャたちも奥の部屋へ行くことになった。
奥の部屋は白を基調とし、木目のある机と長椅子が2つ置かれている他は、余計なもののないシンプルな作りだった。
長椅子に向かい合って腰掛けると黒猫は、
「……そういえばまだ名前も名乗っていなかったですね。僕はフリント・フェイトといいます」
「ルークだ」
「ミーシャにゃ」
「えっと、その……ベアトリスです」
二人が名前しか名乗らないのでそれに合わせて言いにくそうにベアトリスが言う。
「こういっちゃあなんだが……賢猫族としては、こいつのことは気にならないのか?」
それぞれ違う種族の三人に対し、まったく変わらない態度を取るフリントに、ルークが素朴な疑問を問う。
「はあ……まあ、同族が何を好き好んで人間なんかと、とは思わなくもないですけど。美しい毛並みもなく体がつるつるで、夜目も利かず、耳も鼻も悪い相手を選ぶとは……ブフッ……もの好きな」
その言葉の端々に、賢猫族こそ最高の種族、という自信がありありと感じられ、ルークはちらっとミーシャを横目で見、
「……ケットシーはこんなんばっかりか」
再び同じような言葉を呟いた。
「冗談はさておき……時間がないので手短にいいますね。この杖が取り扱いできない理由ですが……あなた方は、”ディーパ”もしくは“キィリー”という言葉を耳にしたことがありますか?」
「ああ。確か、カジノの裏組織で、正式名称が“ダスキィリング”だとかいったな」
「わ、私も聞いたことがあります!え、そんなまさかっ」
思わず叫んだベアトリス。途端にミーシャとフリントがうるさそうに耳を伏せ、ルークはそんな場合ではないが、笑いそうになってしまった。
フリントはまだ耳を伏せながら杖の魔石の根元を指し、
「ほら、この刻印。十字の口に無数の牙……これは迷宮に棲む、ディーパという魔獣の口を象ったものなんです。湿地や浅瀬に潜み、一度喰らいついたら血を啜り肉をしゃぶり、骨をかじり尽くすまで離れない。……実に的を得ていますね」
「……つまり、その刻印が‘キィリー’のものだから、どの店でも相手にされなかったのかにゃ」
「誰しも、厄介ごとに関わりたくないものでしょう。しかも、すこし前に組合が衝突したばかりで……」
フリントは、杖をくるりとまわし、罅の入った魔石をじっと見つめ、何か気になることでもあるのか、眉間にしわを寄せる。
「影が………」
ドンドンドン!!
突然部屋の扉が叩かれた。
「おいフリント、いつまで使ってるんだ!納品所に列ができてる!」
「あ、すみません、すぐいきます!」
ドア越しに怒鳴る相手に急いで返事をしながら、
「刻印がなければ、これほどの魔導の品ですから、魔石に傷があっても40白銀貨はくだらないですね。ただ、何かよくない感じもするな……この魔石は簡単には割れないようにした方がいいかもしれません」
「え、あの……もう罅が入っちゃってるんですが……」
不安げなベアトリスに、フリントは笑顔で、
「今ならここで保護呪文をかけることも可能ですが」
「……どうせしこたま金を取るんだろ?」
ルークが皮肉げな笑みを浮かべる。
「いえ、そこまで要求はしませんよ。ただ……ミーシャさんがカバンから毛長牛の熟成肉を取り出した際、気づいたんですが」
あなた魚も持っていますよね、僕の鼻はごまかせませんよ、とキラキラと輝く眼差しを向けてきた。
備考:賢猫族は死ぬと秘術によってその体は魔石化され、親しき者や家族に形見として渡される。
一応本人に承諾は取ることになっているが、つけると同時に持ち主の肉に食い込み、生涯外せないアクセサリーとなり、つけた本人の意志とは関係なくその命の危機に際し、発動する(発動は一回限り)。
この仕様はケットシーの高位の魔術師(賢者レベル)であれば書き換えることは可能。




