彼女の事情
遅くなりました。……次回は少し早めにする予定。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
馴染みになった酒場の椅子にどかりと座り、まずは黒麦酒、と注文してからユークは険しい顔で、ベアトリスに問う。
「あの場所はいったいなんなんだ。……どうして俺の剣がおれなきゃいけなかった。どうするんだよ必死の思いで貯めた金がすっからかんじゃねえか!!」
ちくしょう、飲まなきゃやってられねえ、とルークは叫ぶ。
迷宮を出てから、ずっとこの調子である。
「まあ、冗談は置いといてにゃ」
置いとくなよ……とまだショックから抜け出せないルークは完全スルーして、
「気になる点は二つ。あの遺跡の異質な雰囲気と、ベアトリスが抱えている問題のことにゃ。余裕のない状況だということは、もう出会ってすぐにわかったにゃ」
それこそ、組合に交換を頼もうかと考えたほどに、とミーシャは言う。
「すみません!これまでのすべてを謝ります。お願いです見捨てないでくださいぃい。本当にもう、後がないんです…………」
「とにかく事情を教えてくれ。話はそれからだ」
ああやっときた、と、黒麦酒を飲み干しながら、ルーク。
「はい、あの……実は、私がここで冒険者になった時にですね……」
話し出したそのタイミングで、お肉の盛り合わせお待たせしましたー、と頼んでいた料理が届き、ミーシャが輝かんばかりの笑みを浮かべた。
「ここのお肉はいつも美味しいのにゃ!やっぱり仕入れは迷宮なのかにゃー」
「…………」
あの、話を……といいかけたが、ジョッキの追加注文やおつまみの料理が届いたりと忙しく、そのまま食事が始まってしまい……落ちついた頃にはベアトリスはもう、涙目になっていた。
「あの、あのそれでですね、話を続けてもいいでしょうかっ!?」
「あ〜、悪い悪い」
「どうぞなのにゃ」
お腹が膨れて満足げな二人を前に深呼吸をして気持ちを落ちつけ、
「それで、最初から話しますが、私がここへ来たばかりでの頃ーーーーといっても、まだ一年と経っていないんですが、最初の頃は、組合登録料や装備の支度で、まとまったお金がなかなか用意てきず、困っていたんです」
「いや、めちゃくちゃわかるよ。初めってそうだよな」
ルークの相槌に、
「今もそう変わってないにゃ」
ミーシャがぼそりと突っ込みを入れる。
「それで困っていたら、仲間の一人が、貸してくれそうな知り合いがいるとかで、その人のお店から、お金を借りたんです。相手はとても優しそうな人で、返金もいつでもいいよ、といってくださっていたんですが……」
「お、おお、それで?」
なんだか嫌なパターンだな、とルークが顔を引きつらせ、ミーシャもお肉をもぐもぐしながら先を促す。
「いえ、あの、しばらくは何ごともなく、仲間と一緒に迷宮をいろいろと冒険していたんです。ところが半年ほど過ぎて、それまで一緒にいた仲間のうち二人が故郷へ帰ることになって、パーティが解散することになり、私がまだここで冒険者を続けていくつもりだと話したら、その時にこの杖を」
琥珀色の輝きが鈍った魔石の杖をランプにかざすとテーブルに影が伸びる。
「ところが……その後しばらくして、おかしな人たちが借りたお金を返せって来るようになって」
「あー、あーお決まりのパターンじゃねえか……どうせ少ししか借りてないのに、利息がついて金額がとんでもないことになっていた、っていうあれだろ」
「はい。借りたお店や、その時に一緒にいた仲間も探したんですが……お店は潰れていて、仲間は見つかりませんでした」
ベアトリスが俯いた。
「ん〜組合に相談は?」
「それが……証文もあるし、自己責任の範疇内だと……。そういった荒事の専門家を雇えと言われました」
「妥当にゃ」
「借りたことになっているお金ほどではないですが、雇うにもお金が入ります。それに、最近では、取り立てが厳しくなって……」
「だから焦っていた、ってわけか……」
ルークがため息を吐いた。
「……はい。本当にすみません」
ベアトリスが頭を下げる。
「どうも、最初の仲間もグルじゃないかと思うんだが……」
「そ、そんな!」
「たまには鋭いことをいうにゃ」
ただ、半年も何事もなかったのは不思議にゃ、とミーシャが首を傾げる。
「え、あ……違うと、思います。これをくれた時も、自分にはできなかった迷宮の遺跡の秘密を、解いてくれって」
ベアトリスがうなだれる。
「そういえば、杖。杖は売らなかったのかにゃ?一番お金になりそうなのに」
「それはあれだろ。仲間から託された大切な思い出の品だから、質に入れるのは、っていうやつだろ」
それじゃただのおバカさんにゃ、とミーシャは口にはしなかったが、目は雄弁に語っていた。
「いえ、その!……実は、一度はそう考えたんです。後で取り戻すつもりで、決死の覚悟でお店に持っていきました。そうしたら、取り扱えないって……どの店も、組合ですら断られました」
「えっ」
「おかしいにゃ」
「そうだな。これほどの杖なら、引く手あまただろうし、俺だって欲しいぞ」
そういいながらルークは罅の入った魔石を、今はいくらするんだろうな、とじっと見て、それからジョッキの中身がぬるくなっているのに気づくと、一息に飲み干した。
「うーん……ちょっと見せてほしいにゃ」
ミーシャが杖を手に取る。
「この軽さ……内側は空洞でそこに魔導回路か呪紋が描かれ、魔石に繋がれているありがちタイプかにゃ……別におかしなところは……えっと、これは?」
ミーシャが、魔石の影にある、十字の小さな凹みを指す。
「え、えっと……気づきませんでした。傷でしょうか」
「刻印ぽいけど……」
「何かのスイッチじゃないのか?まさか、爆発するとか?」
「そんな力は感じないにゃ……とにかく、組合関係者にもう一度見てもらった方がいいにゃ」
ふぅ、と呆れたような息を吐いてミーシャがベアトリスに杖を返す。
「でも、扱えないって断られたんだろ?」
「おそらく、タダじゃ駄目にゃ。私にいい考えがあるにゃ。組合のアイテム担当が、賢猫族の時を狙うのにゃ」
「はぁ……」
「うーん、なんとなくわかったようなわからないような……。受付時間もう終わっちまったから、明日にするか」
そういいながらルークは、テーブルの上の差し迫った現実ーーーー空のジョッキ六つ、肉料理の大皿を三皿、他にもこまごましたつまみの積み重なった皿ーーーーを見てため息を吐いた。
次の日受付を尋ねると、ケットシーの担当者は夕方からになるということだった。
「よし、待つ間に武器を新しくするか」
「他の店も行きたいにゃ。ベアトリスはどうするかにゃ?」
「あ、私は……ここにいます。……ここの中は、まだ安全なので」
困ったように笑う。
組合のカードさえあれば、現金を持ち歩かなくても払えるということだったので、一度それぞれ分かれて、ルークは前と同じ武器屋でこれまた同じような手頃な剣を買うことにしたが、
「おいおい少し高くないか?」
「仕方ねえよ。少し前に組合で大規模な鉱石の発注があってな。出回る量が減ってんのさ。文句あんなら買わなくていいぞ。どこも同じだと思うがな」
「ちくしょう、また余分な出費か……」
まいどありー!との威勢のいい声を背に、肩を落としつつ通りを歩けば、
「さあさ、お立ち会いお立ち会い!格安で夜の護衛はいかが!腕っぷしには自信がある男たちが、お供をするよ!」
「相変わらずだな……」
市場や路上でうさんくさい呼び込みをまたやっていて、かなりの人数が足を止めて聞き入っていた。
戻ってくると、組合の受付は人がごった返していて、
「……思ったより人がいるな」
また面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だなと躊躇していると、建物の影にしゃがんでいるミーシャを発見した。
「あー……ここが一番涼しいにゃ〜」
どうやら日陰で涼んでいるようである。
「あ、いたいた!お二人とも、聞きました?どうやら、夜間組合の方で、第一領域に行きたい人をある程度まとめて、夜間の護衛兼、案内人を格安でつけてくれるらしいです」
顔見知りと話をしていたベアトリスが、こちらを見つけて駆け寄ってくる。
「それでこの混みようか」
「やっぱり夜の自粛令に不満を持つ人が多くて、強行して行方不明になっている人や、なんとかならないのかと苦情をいってくる人も増えたらしく、その対策とかで、それが今日かららしいんです。あ、でも、受付は混んでいましたけど、納品カウンターの方はそうでもなかったですよ?まあ、迷宮から送る方が楽だから……」
「あの仕組みもどうなってるのかよくわからないにゃー」
そんな話をしながら、納品カウンターへ行くと、そこには見覚えのある黒猫のケットシーがいて、
「おや、あなた方は……どうです?少しはマシなものを納品できるようになりましたか?」
そんな嫌味を言ってきた。




