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安全とは

少し虫のような、気味の悪い描写があります。お気をつけください。

……この物語で、今更かも知れませんが。

「おいトリス!ベアトリス!生きてたら返事をしろ!」


 さすがにあれだけ殺した後では、襲撃も間遠になり、数匹の個体を蹴散らしながらルークは大声を上げる。

 馴染みになったあの魔獣の鳴き声の他はほとんど物音のしない廃墟。

 その瓦礫と壁を、姿勢を低くし裏側にも注意しながら捜索を続けていると、何度目かの呼びかけに、

「あ……はい!何かありましたか?すぐ行きます!」

遠くから答えが返ってきた。


「……生きてたよ」

「生きてたにゃ」

ミーシャの声音が心なしか残念そうに聞こえて、おい……とルークは隣を睨む。


 やがてパタパタと足音がして、素材をめいっぱい詰め込んだ袋を背中にしょったトリスが、姿を現した。


「すみません、お待たせして……え、どうしたんですかその格好!」

返り血やら謎の液体やらで汚れているミーシャたちを見て、驚きに目を見張り、

「……どうしたじゃねぇよ。こっちはいきなり襲われたんだぞ!魔物避けの香も効かなかったし」

「ええ?でも、私には……ああそうか、私にはこの杖があるから」

トリスが杖を取り出すと、杖はぼんやりと光っている。


「音も匂いもある……おそらく、魔物に対し認識阻害の結界を張ってるにゃ」

「そんな効果もあるのか……じゃねえッ」

ミーシャの説明に、ちょっと得意げに胸を張りかけたトリスに、ルークは叫ぶ。


「おまえ少しは考えろ!パーティはともに行動するのが基本だろ!認識阻害だぁ!?そんなのがあるとも知らなかったし、その素材の山はなんだよ!?俺たちが苦労しているあいだに、ちゃっかり集めやがって」

「ルークのいうととおりにゃ。仲間を危険に晒したとして、殺されても文句はいえないにゃ」

普通にしゃべっているようでいて、ミーシャの声音には冷たい色が混じっている。クナイの槍をシュッ、シュッと振っているところからして、かなり頭にきていると見ていい。


「おまえさ……だから他のパーティからハブられるんじゃないのか?」

静かなルークの言葉が、トリスにぐさりと刺さったのだろうか、

「な、なに言って……仕方ないじゃないですか!!こんなところで、頼る人なんていないんですよ!!私、私にはお金が、たくさんのお金が必要なんです!!」

必死の形相で叫ぶベアトリスに、ルークがなにいってんだこいつ、という表情になった。

「俺だって金があるわけじゃ、」

「ちょっと待った!話は後にゃ。なんだか様子がおかしい。奇妙な音が……」

ミーシャが二人のやりとりに割って入る。


「音?聞こえないが……」

 ルークはそう周囲を見回し、

「ちょっと待て。なんだあれは」

壁の隅に蠢く黒い点々を見つけて、眉をしかめた。


「今度は虫かよ。気持ち悪ぃな」

「なんだか妙な気配がするにゃ。続きは後で」

そう言い捨てるなり、踵を返す。

「戻るのか……?魔獣の死骸と血で地面がぐちょぐちょだぞ」

まあとにかくトリスも来い、とルークは振り返り、そこで見た光景のおぞましさに凍りつつき、続いて叫んだ。


「トリスッ!トリスどうした!?」

トリスが黒い渦に巻き込まれていた。まるで蝿がたかるかのように、黒い点々がまわりを取り巻き、蠢いている。


「す、すみません、私にも何がなんだか……いったん弾きます!」

強い光がほどばしり、たかっていた黒い点々を散らす。ピキッと杖の魔石にひびが入った。


 光に弾かれた黒い物体は、互いに呼び合ってでもいるのか、集まり、遺跡の壁の隅で蠢いている。


「ルーク、来た道は使えないにゃ」

ミーシャがまた走ってきて、後ろを指した。すでにそこは、地面がちらちらとしか見えないほど蟻のような小さな黒いなにかで埋め尽くされていた。


「……おそらく、その杖が頼りにゃ」

ミーシャの視線は地面を這う点々を追っている。

「は、はい!弾くぐらいなら」

「他にこの区間から出るルートがあるなら教えてほしいにゃ」

「ええと、こっちです!いきますよ……ていッ」

ベアトリスが放つ一条の光が、黒い影を散らし、突破口を開く。


 再び集まる前にと、ミーシャたちは早足で通り抜け、遺跡群の中を東へ進み、どうにか森との境目、枯れた草地まで戻ってきた。


「また、得体の知れないのがいやがるな……」

やっと出られると思いきや、細長い黒い体を何本もくねらせた、いくつもの蛇の集合体のような魔獣が陣取り、シューシューとあちこちに鎌首をもたげている。


「やるか……とにかく、攻撃を」

ルークが剣を構える。するとトリスが、はっと思い出したように叫ぶ。

「ダメです!こいつには攻撃は効きません!!」

「じゃあどうすりゃいいんだ!」

意外なほど素早い動きで蛇たちはほどけ、道を覆わんばかりにして塞いでいく。


 跳び超えれなくはないか……?


 ルークは、自分が跳び越える瞬間に、あの蛇が一斉に自分の体に噛みつき、ぶら下がるのを想像して、おえ、と顔をしかめた。


「とにかく、もう一度散らします!」

「その杖、これだけの数で保つのかよ!」

「わかりません!」

「くそったれ」

ルークたちのやりとりに、それまで冷静に蛇の動きを観察していたミーシャが、

「結界は得意じゃないけど、短い時間なら張れるにゃ」

「よし、もうそれでいこう!正直鳥肌が止まらん」

「鱗肌、の間違いじゃないかにゃ」

ミーシャが茶化す。

「それで、どうすれば……」

「いいか、3、2、1だぞ。その合図でミーシャが結界を張る」

「わかりました。3、」

「2」

「1!」

誰がどれを言ったのか不明だが、合図とともにトリスがとぐろを巻く蛇を吹き飛ばし、ミーシャが結界を張る。

「急いで抜けるにゃ!」

「おう!」

ルークはがし、とトリスをかつぎ、一気に駆け抜けた。ぞくりと嫌な予感がして、通り抜ける瞬間剣を足元へ振り下ろす。


「抜けたぞ!」

「もう保たないにゃ!」

「マジかよ!」

蛇の襲撃に備え、ルークが剣を構え、トリスが悲鳴を上げつつ身をひねり、杖を構える。


しかし、予想に反して蛇は……襲っては来なかった。ただ、遺跡の入り口でとぐろを巻き……そうして、しばらく蠢いていたかと思うと、まるで絡まった糸が自然とほどけるようにほどけて、薄くなり、遺跡の奥へと散っていった。


「なんなんだいったい……」

ルークが剣を下ろす。

「げっ」

 よく見ると剣には無数の穴が空いていた。下ろした重みでパキンと折れて粉々になる。


「私が以前、仲間と入った時はすごく安全で、こんなことにならなかったのに……」

「話は後にゃ。じき、日が暮れる」

ミーシャは傾きかけた空を見上げ、気になることがある時の癖で、ピコピコと片耳を動かした。

〈補足〉

Q.ルークが大声だしても大丈夫なの?

A.このエリアに生息する魔獣はほぼ、例の小型トカゲとヤモリのような魔獣なのに加え、ヤモリ型魔獣は待ち伏せタイプで大声を出すと反響で獲物の位置が掴みにくいため寄ってきません。

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