西の遺跡(跡地)
お待たせしました。
この迷宮に四季はあるのだろうか。早朝の澄んだ空気の中、ベアトリスの案内で崖下から西へと向かいながらルークは疑問に思う。
木々のうっそうと茂った森へ入ると、そこはシンと静まり返っていて、遠くの方で時折ギャオギャオと何かの鳴き声が聞こえていた。
「西側の狭い湿地の先に古い遺跡群があって、そこはすでに発掘され、目ぼしい品が持ち去られた後なんだそうです。だから逆に、珍しい植物などの素材が手つかずで残っているんですよ」
「毎回思うけど、どこでそんな情報仕入れるのかにゃ」
「前に一緒に冒険してた人が教えてくれたんです。ほら、この辺りの……丸く枯れた草や、この朽ちた木が目印です。ここから先は木が枯れている場所がほとんどで、餌が少ないせいか出てくる魔物も減っていきます。トカゲ型の魔獣が群れで現れるので、それさえ気をつければ後は…………一体一体は強くないので、楽勝ですよ」
「‘いくら弱いからといって同種ばかり倒し続けるのはよくない’らしいぞ」
「生態系のバランスがどうとかいう話かにゃ?」
「いや。迷宮の大先輩からの助言だ。‘きっと後悔する’と」
「え、そうなんですか」
素直に驚きの声を上げるトリスに、ルークはふっ、と胸を張る。
「どう後悔するのかも聞かなかったのかにゃ?ていうかいつ聞いたにゃ……」
「ああ。組合でちょっとな」
うさんくさい笑顔を浮かべるルーク。
ジト目でなおも追求しそうなミーシャにだけ、トイレの殴り書きにあったんだよ、とぼそりと告げる。
もちろんそこには卑猥な言葉や暴言や、‘迷宮はクソだ。クソの山を引っ掻き回すな’とよくわからない迷言もあったわけだが……まあ、そこまでいう必要もない。
森は少しずつ枯れ草や枯れ木が目立ち始め、うるさかった鳴き声もさらに遠のいていく。湿地……と呼べなくもないようなぬかるみを歩いていくと、次第に地面が乾き、そして突然森の一部がぽっかりと空いている空間に出た。
枯れ果てた地面と、廃墟。あちこちが倒壊し、薄い灰褐色の壁だけになった建物らしき瓦礫が、奥へとずっと続いている。
「なんか……ここだけちょっと空気が違うな」
ツン、と鼻を突くような異臭がそこかしこに漂い、ルークは顔をしかめる。
「じゃあ、まずこれを。香草で作った魔除けのお守りです。これである程度の魔獣は寄ってこなくなるはず。後は、それぞれで遺跡を探索しましょう!」
ベアトリスはルークとミーシャに魔除けを渡すとにこっと微笑み、いきなり奥へと走り去っていってしまう。
「ちょ、ちょっと危ないぞおい!……くそ、いっちまった」
仕方ない……とため息をついてルークは、見えない境界線でもあるかのように、くっきりと色の変わった地面を見つめ、足を踏み入れた。
「……本当にここを探索するのかにゃ?」
鼻をつまみ、嫌そうに壊れた建物を睨んでいたミーシャも、それに続く。
「なんでこんなに枯れて……しかし汚ねえなおい」
歩くと壁のところどころに大きな染みがあり、変色もひどい。
「これじゃ素材どころじゃないだろ。この陶器の欠片みたいなものとか……価値あんのか?」
「さあ……この辺は大したものなさそうだにゃー」
ミーシャはベアトリスの向かった奥を睨みつける。
「しかし魔獣がここまで出ないとはいえ、やっぱ一緒に行動した方がいいだろ」
「ちょっと何言ってるのかわかんないにゃ」
「は?おまえもバラバラでいいッて……あ」
トットットッ、と軽い足音とともに、壁の向こうから子犬ほどのトカゲ型魔獣が顔を覗かせた。乾いた砂色の皮膚をしている。
「……驚かせんなよ。このぐらいの大きさなら可愛いもんじゃねえか」
「ルークは阿呆にゃ」
「てめぇッいきなり何言いやがる!」
くいっ、と顎でミーシャが差す先には、壁の上からひょっこりと、同じような魔獣が四頭ほど。キィ、キィ、と小さな小さな声で、最初の一頭が鳴く。あちこちから軽い足音が響き、後ろから五頭、さらに横から三頭現れた。
「突破するにゃ!」
「お、おう!」
黒いつぶらな瞳で小首を傾げ、こちらを見上げるその様子はやはり脅威と感じにくいが……よくよく目を凝らせば、あちこちからまだ何頭もこちらに駆け寄ってきている。
ミーシャが手近な一頭の急所をクナイの槍で突き、倒した。ギィーッ!と小型の魔獣が悲鳴を上げ、それを合図に、もはや数えるのも馬鹿らしいほど寄り集まってきていた群れが襲いかかってきた。
「くそッ」
「走るにゃ!」
一頭一頭はさほど脅威ではない。しかし、突き刺し、斬り飛ばす傍から、次々に新しい個体が現れるのでは、たまったものでない。
ルークとミーシャはより手薄な前方へ、その魔獣を時に振り払い、突き、斬り飛ばしながら走り出す。
「あー……」
「今度はなんだよ!」
どこか呑気ともとれる気の抜ける声を出すミーシャに、ルークが叫ぶ。
「油断したにゃ」
がし、とミーシャに腕を掴まれ、思いきり振られた。文句を言う間もなく、横を鋭く細い何かが過ぎていく。
「ちっ」
舌打ち一つ。……振り子の原理で反動を利用しつつ、壁に張り付いていた同色のトカゲ型魔獣にクナイを突き刺したミーシャは、しかし飛び散る体液に致命傷を与える間もなくすぐに跳び退った。
ジュゥ、と液体のかかった地面が音と蒸気を立てる。
「うわ、なんだこれ!」
飛散した体液を避けつつ、ルークが追いつき、群がってきた小型のを振り払う。
「くっそッ」
振り払いつつ、剣で薙ぎ、斬りつけ、壁に叩きつけた。
「見事な連携プレイ、ってことかにゃ」
「そんな知恵あるかよこいつらに!!」
「肩」
「は?」
返事を待たずミーシャはルークの肩を踏み台にし、跳躍する。壁に張りついたヤモリのような魔獣が首をもたげ、舌を伸ばす。それを絶妙なバランスで避けながら、その大口目掛けて槍を突っ込んだ。
「………!!」
ぬるり、と滑りやすい皮膚にしがみつき、力を籠めて抉るミーシャの腕に、容赦なく口から溢れた溶解性体液が振りかかり、ジュゥウウ、と肉の焼けるような匂いが充満した。
「ミーシャ!!」
ルークはその怪力で剣を振り回し、群がるトカゲたちを振り飛ばした。何度も何度も群がる魔獣を振り飛ばし、蹴り、殴りつける。地面にその赤黒い体液が広がり、沁み込んでいく。
「はっ、こいつらは違うのか……」
ベタベタするだけでダメージはない。助かった、とルークは内心呟きながら、腕に大怪我を負ったミーシャの元へ急ぐ。
「大丈夫か!!」
「……問題ないにゃ。このぐらい」
ぼう、とミーシャの手が光る。
「そうか、治癒も使えるんだったか……」
ルークは安堵したが、すぐさままだ終わっていない、と剣で寄りきた小型のヤツらを斬り飛ばす。ミーシャも同様に槍を突き刺し、串刺しにした。
……もはや同種がどうこうと考えている暇もなく、屠って屠って、そこら一帯の地面の色が赤黒く変わるほど屠り続けて、そこまでして、やっと寄り来ていたトカゲは踵を返し、離れていく。
肩で息をしつつルークは、
「とにかく、トリスを探すぞ!まだ死んでないといいが……」
「了解にゃ」
正直なところ、死んでいたとしても身から出た錆、自業自得、という言葉が思い浮かんだが、ミーシャはただ頷いた。




