追われるもの
すみません遅くなりました。次の更新は1月中を目指します。
夕陽に照らされて、街は朱色に染まり、影が伸びる。迷宮から戻った冒険者や店仕舞いして居住区に帰る者たちで、大通りはいつも以上にごった返し、ざわざわと騒がしい。
その中を縫うように、追う者と追われる者が走り抜けていく。
子どもや老人はそういった騒動に巻き込まれないよう、居住区及び農村地区に引っ込んでいる。
道行く人々も敢えて厄介ごとに首を突っ込むような真似をするものは少ない。
弱肉強食、それが迷宮都市で自然と出来上がった不文律。
ただ、それが横の繋がりが強い職人商人となると、話がまた少し変わってくる。
「イェルマさん、ちょっとごめんなさい!」
「おや、また追われてるのかい?さっさと裏口にまわりな!」
ベアトリスはもはや馴染みになった繕い屋の女主人に断り、表通りに面した玄関から入り、
裏の勝手口に抜ける。
崩れかけた壁の隙間をしゃがみこんで通り抜け、時に低い塀に手をかけて向こう側へ飛び移るが、バタバタと走る足音と、気配は一向に離れる様子を見せない。
「う、しつっこい……」
ぐるぐると裏道を言ったり来たりしながら、少しずつ商業区と居住区の境目へ近づき、どこかの工房の裏に辿りつくと、前から細工しておいた巨大ゴミ箱の下から、多少オイル染みはあるが、口が固く閉まり丈夫そうな袋を取り出した。
まずきれいめの布で顔や手足を拭い、赤毛のウィッグ、濃い色の化粧道具、ごてごてと大振りの腕輪とイヤリングを取り出す。
紫のアイシャドウに黒のアイライン、チークは赤で多め。唇も紫に塗りたくり、ウィッグ、腕輪、イヤリング、最期にリバーシブルのフードの表を緑にして完成だ。
急ぐ足音が二人分、近づいてくる。……後は、なるべく堂々としていること!
「あー大変、待ち合わせ時間に遅れちゃうわ!急がなくっちゃ!」
大声をわざとあげながら、男たちの方へ大股で走っていく。
「ちょっとそこどきなさいよ!今急いでるんだから!遅刻して彼に振られたらあんたたちのせいだかんね!」
一歩、二歩。ほとんど突き飛ばすようにして、あいだをすり抜けていく。
「クソッこの売女!」
「よせ。相手してる場合か。奥だ」
屈強な男二人の走り去る音を背後に聞きながら、歩みを止めず反対方向へと早足で行く。
ウィッグを外してフードを目深に被り、人の少ない道を突っ切って組合の安宿に入ってトイレで化粧を落とすと、やっとベアトリスは一息吐いた。
(きょ、今日もなんとか……)
仲間に知られるわけにはいかない。ここで切られてしまえばもう後がない。蓄えも残り少し……。
(この迷宮都市を出ればなんとかなる………?)
ふっとそれが頭によぎり、すぐ首を振った。
(無理よ。ここを出たところで、広大な砂漠を渡る伝手も、戻る場所ももうどこにも……)
目元が熱く潤み、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえ、深呼吸した。
「大丈夫。……大丈夫。私はまだ、頑張れる……」
組合のあの勧告からしばらく。憶測からさまざまな噂が流れた。
夜の街も人が増え、自然と諍いも増えていく。
「よおよお、イイご身分だなあオイ。畜生の分際で、でえとですかぁ?」
「この店はペット立ち入り禁止ですよお」
(うわ、うぜえ……)
ほとんど行きつけのようになったこの店で絡まれるのは初めてだと、ルークはうんざりしてあきらかにチンピラの二人組に目を向けると、その一人が派手に地べたにすっ転んだ。
「うるさいにゃ。食事の邪魔するな、にゃ」
紐つきの棒をブンブン振り回しながらミーシャが言う。
「きゃ、かっこいー!猫ちゃんがんばって!」
店の一角から声援が飛び、
「猫じゃないにゃ……」
嫌そうに耳を伏せつつ、男たちを睨んだ。
「て、てめえふざけやがってっ!こんなことしてただですむと思うな!」
「……ただですまないのはおまえらだ」
グキッ
「え」
やれやれとルークも参戦しようとしたところで、なんと酒場の主人が剣を抜こうとしたチンピラの手首を掴み、ひねり上げた。
「商売の邪魔だ。すっこんでいろ」
そのまま男二人の襟首を掴み、外に放り出すと、ルークたちに会釈をして、またカウンターへと引っ込んでいく。
「マスター、さっすが!」
給仕の女の子がにっこりと笑い、
「皆さんお騒がせしました。どうか引き続き食事を楽しんでくださいね!」
そうフォローにまわる。
「……出る幕なかったな」
「ルークもあれだけスマートに……できる日は当分来ないにゃ」
「うるせぇ」
ふてくされてルークが黒麦酒を呷る。
だいぶ夜も更けた頃、
「そうそう、聞いたか?あの話」
「ああ聞いた聞いた。町で、なんでも格安で夜に護衛してくれるパーティがいるらしいぞ」
「かなり腕が立つとよ。一度探してみるか」
酔っ払った冒険者風の男たちのひそひそとした会話が聞こえ、
「はあ……どう思う今の話?」
「怪しいにゃ。格安ってとこが、特ににゃ」
「だよなあ……またひと騒動なけりゃいいが」
あちこちと燻ってすっきりしねえ、とルークはぼやいた。




