ここは譲れない
雲から出てきた月が、薄暗い通りで互いに睨み合うハーフの二人を照らし出す。
「嫌にゃ!これは父さんと母さんが『ミーシャにはこれが一番合ってるよ』って持たせてくれた武器にゃ!そんな簡単に変えたりはしないにゃ!」
「だがな……棒だぞ。いったいそれでどうすんだよ」
「もちろん相手をぶちのめすにゃ!」
(マジか……なんだってあいつの親もあんな武器を……?)
そこまで考えて、ルークははっと気づいた。
(辺境だからか……!!きっとあの武器が用意できるせいいっぱいというヤツだったんだな)
自分自身もここにくるまで清貧生活を送ってきたルークの視線が、同情めいたものに変わるも、
(ダメだダメだ……!!)
慌てて気を持ち直し、
「ミーシャ、気持ちはわかるが……俺たちが挑むのは、世界最大とも言われる虹迷宮なんだ……武器はもっと強いものの方がいい」
そう説得にかかる。
(なんだか子どもに言い聞かせるような言い方なのがムカつくにゃ……!!でも、ここで怒ったらだめにゃ)
ミーシャは深呼吸して、
「……わかったにゃ」
「そうか……なら、」
「この武器でも充分に戦えるってこと、証明してみせるにゃ。さあルーク、その腰の剣を抜いて勝負にゃ!!」
「おい待て!どうしてそんな話になるんだ」
「いいから抜くにゃ!勝負をするか、パーティを解消するか、二つに一つにゃ。もしそっちが勝ったら、潔く諦めて武器を買って、これは予備用にでもするにゃ」
ブン、とミーシャが燻し銀色の棒を振ってみせる。
ルークは苦い表情で一度空を仰ぎ、しばらくそのままでいたが、
「……わかった」
と頷いた。
「どちらかが相手の体に一撃入れたら勝ち、でいいかにゃ?」
「それじゃダメだ。本当の戦いと同じようにするため、確実に勝負あり、とわかるような状況になったら、ということにする。ただ、相手に致命傷を負わせるのはなしだ。俺も、できるだけ寸止めでいく」
「じゃあ、それでいいにゃ……開始の合図はこっちがかけるから、準備ができたらいうにゃ」
「ああ」
ルークは目を閉じる。
(やっべえことになっちまった……!!)
実は、自分の村では鍬か斧しか振るったことはなく……さすがに旅立つ前や、ここに着いてから剣の猛特訓はしたものの、まだまだ素人の域を出ない。寸止めなんで、できるかどうかも怪しい。
(くそ、しかたない……とにかく、月が出てきてよかった。竜も人も、夜目は利かないからな……)
革鎧と鱗が衝撃を防ぐから、鱗のない剥き出しの肌や目などの急所に当たらないよう注意して耐久戦に持ち込むしかない。
そう決意して顔を上げ、腰の広刃剣を抜いて、ミーシャに頷いた。
「準備ができたようだにゃ……それじゃあ、勝負、開始にゃ!!」
ミーシャの掛け声と同時に、ルークは剣を斜めにする守りの構えを取る。と、ミーシャの琥珀色の眼がス、と細まった。
トン、と地面を蹴る音が驚くほど小さく聞こえたと思うともうすでに目の前にいて、
(ここまでは予想通り……)
と思い、剣を動かす前に、
「かはっ……!!」
胸元への激しい衝撃とともに呼吸が詰まり、ルークの意識は闇へ沈んだ。
「……言うほど大したことはないにゃ」
まっすぐ心臓を突き、衝撃を与えることでルークをあっさり気絶させたミーシャはしゃがみ込み、自分の鞄から革袋に入った水を取り出してその顔にかける。
「はッ、ここはどこだ!?」
「まだ裏通りにゃ。ついでに、ルークの負けにゃ」
「くそ……」
身を起こしてうっとおしげにポタポタと垂れる水を拭ったルークが、じわりと鈍く痛む胸元を見やると、革鎧には丸く綺麗に穴が空き、その下の鱗からうっすら血が滲んでいる。
(革鎧と鱗がなければ……死んでいた?)
すっ、と血の気が引いた。蒼褪めたその表情のまま振り返り、
「……おまえ、本当に賢猫と人とのハーフか?別の血が混じってんじゃないのか、鬼族とか」
「失礼にゃ!母さんは混じりっけなしのケットシーだし……父さんもムキムキとはほど遠い人間族だにゃ!」
言いながら、‘治癒’をルークに使ってみせる。
ふわりと暖かな光がルークの胸元に集まり、スゥッと傷が消えた。
「どうかにゃ!?この技はケットシーとエルフ、現在どこに棲んでいるかもわからないなフェアリーぐらいしか使えないにゃ!」
「いや、知らねえし」
ガーン、とショックを受けるミーシャを余所に、ルークは立ち上がる。
「おまえが強いのはわかった。武器はさておき、まずはギルドに登録だな。準備もあるだろうから二、三日後にまた落ち合うとして……宿はどこにとっているんだ?」
「宿?そんなの、馬小屋ならタダで泊まり放題にゃ!!」
またもやドヤ顔をしたミーシャに、
(俺のいる組合運営冒険者共同宿よりやべえ……)
ルークはもはや哀れみの眼差しでしか見ることができなかった。
気を取り直して後日。よくよく話をすると、迷宮下都市まではるばると来たにも関わらず、野性味あふれすぎる生活を送っているらしいミーシャに謎の危機感を覚えたルークは、まず一緒に街をまわり、様子をみることにした。
自分が初日に歩きまわって見つけた、入りやすく庶民的かつボラれなさそうな露店の市や道具屋を案内しつつ、まず必要最低限の携帯食料や傷薬、包帯などを揃え、一応武器屋にも連れていく。
「よう坊主。来て日が浅いのにもうナンパか!やるなあオイ」
店先に座る短髪刈り上げのおっさんが武器を磨きながら声をかけ、ルークはうるせえ、違ぇよ!と言葉を返す。
「ちょっと見てもいいかにゃー?」
「おうよ!そこの藁で試し切りもできるぜ」
おっさん……武器屋‘ハンマーヘル’の店主は、笑顔で木にくくられた藁束を指差した。
「武器はこれがあるから大丈夫にゃ!」
「お、こりゃあ質のいい……珍しいな、棒使いか」
「こっちもあるにゃ!!」
「棒と杭見せてどうすんだよ……」
「いやいや、そう馬鹿にしたもんじゃねえよ。随分よく使い込まれてるじゃねえか。それにこれは杭じゃなく……東方では、クナイって名があって、一見野暮だが、武器にも道具にも、火つけにもなる万能具らしいぞ?」
「元虹迷宮冒険者の両親がくれた大切な武器にゃ!!」
「おま……それを早く言えよ!」
そうすりゃ俺だって考えたのに……とルークが嘆き、
「聞かれなかったから知らないにゃ!」
プイ、とミーシャがそっぽを向く。
「しかしこれはよく鍛えてあるな……ここに繋ぎ目があって短いが空洞があるにも関わらずこの硬さか。重さも鋼にしては軽い……鋳造で強度を保ちつつ、伸ばしてあるのか……嬢ちゃん、こいつを売る気は………なさそうだな、残念だ」
店主が毛を逆立てるミーシャの様子を見て苦笑しながら鈍く光る棒と短杭……クナイを返した。
「売る気になったらうちにぜひ持ってきてくれよ。高く買うぜ。……さて、防具が欲しいんならそっちだ」
店内はちょうどカウンターを挟んで武器と防具が向き合うようにずらりと並べてあり、ミーシャはそこから何種類かの胸当てを手に取り、重さと値段を確認しながら、選んでいく。
「こいつは、金属板が仕込んであるからその分丈夫だが重い。まあ、胸当てだからな。防御率も知れてるが」
ミーシャの様子を見つつ気さくに説明してくれていた店主は、別の客からも声をかけられ、愛想よく答えていく。
結局、革の胸当てと揃いの短ブーツを手に入れたミーシャは、耳をピンと立て嬉しそうにニコニコしつつ、
「他のものも買い込んだし、これで迷宮に入ることができるにゃ!!」
「な、やっぱり俺のような仲間は必要だろ?それからおまえさ、もう少し自分の身のまわりに気を使えよ?一応女なんだからな」
爬虫類のような眼を細めたルークに、
「…………」
(余計なお世話にゃ……)
ミーシャは答えず、手でタシタシと耳を掻いた。