それは救いの手か罠か
お待たせしました。
事務局長は襲われることもなく、無事に組合交流所の裏口から取り扱い厳重注意の物体を届けることができた。
封印の施された箱はこれまた慎重、かつ早急に、組合本部の研究部へと届けられることになった。
「お疲れー。で、ブツは?」
夜にもかかわらず、研究所は蛍光色の明かりが煌々《こうこう》と灯り、多くの者が液晶とにらめっこをしていたが、何人かは興奮した様子で駆けよってきた。
「これだよ」
薄手の滅菌手袋で箱から琥珀色の塊を取り出し、予め連絡を受けて用意していた培養液にどぶんと浸ける。
第3領域の木の樹液、それに包まれた内臓は、すでに何ヶ月も放置されていたかのように干からびていた。それを確認した研究員の顔が、さらに輝き出す。
「これいけるだろ!おい坊主、起きろちょっと来い!」
「……ハイなんでしょう」
呼びつけに、奥の長椅子で目を冷やしながら寝そべっていた青年が起き上がり、緩慢な動作でやってきた。
「……どうだ、中にいるか?」
培養槽を見つめる双眸が魔力を通して蒼に光り、
「ああ、在ますね確実に」
力の使いすぎでキリキリと痛む頭を抑えながら答えた。
「やはりか。よっしゃすぐに鑑識にまわせ!死なすなよ」
盛り上がる研究員を他所に、青年は再び長椅子へと体を横たえる。
……このところ、ぶっ通しで‘力’を使い続けて頭痛が止まず、精神的にもきつい。
「今日はもう帰ってもいいですか……限界なんで」
「お、ああもちろんいいぞ。ゆっくり休んで、また明日しっかり働いてくれ!」
「あ、はい……」
ふらふらと立ち上がり、ドアへ向かうも、その扉が突然開いた。
「ここにテティムとかいう奴がいるだろ」
扉が空いて男が入ってきた。
こなれた革のジャケットとズボン、という一見簡易な出で立ちだが、ここでその装備の本質を見誤るものはいない。
強化スーツか……と呟きが聞こえ、何人かが、剥いで研究したい、と欲にあふれる眼差しを向けたが、やがてふっと逸らして自分の仕事へ戻っていく。
「……テティムは僕です」
厄介そうだとの思いを隠しもせず、青年が軽く手を上げる。
「おまえか。俺はジョシュアという。仕事で、組合長からおまえの推薦を受けた。ここじゃなんだから、ちょっと面貸せや」
説明も何も合ったもんじゃないその横暴な言い草に、
「悪いがあらためてほしい。こいつは今から、」
「いいですよ、ガラルスタさん……話を聞くぐらいなら」
ガラルスタがもの言いたげにテティムを見やる。
「わかってるじゃねえか。じゃ、ついてこいよ」
そう言って、男……ジョシュアはさっさと踵を返し、テティムは少し待ってください、と慌てて荷物をまとめ、その後についていく。
二人が去った研究室には、なんともいえない微妙な雰囲気が立ち込め、
「ジョシュアって、ギルド内ブラックリストですけど……どうします?」
そのうちの一人が、ガラルスタに尋ねると、
「組合総括に確認入れとけ。優秀な人材を潰さないでくれってな」
手遅れかも知れないが……と彼はそう呟いた。
一方でティティムは、ジョシュアに‘踊る足音亭’’という、裏通りの店で
「さあ、なんでも頼め!俺の奢りだ」
と上機嫌に肩を叩かれていた。
さすがにここまでくると、‘自分は戦闘員向きでもないのに、不味いんじゃないか’とテティムにも危機意識が芽生えてきた。
メルリルに連絡入れた方がいいのか、と考え、そういえば友人と合同の飲食会だっと思い出す。
「あの……話というのは」
「ああ、そうだったな。実は今、第一領域で冒険者が夕方から夜にかけて狙われている事件は知っているか?」
「ええ、もちろん。立ち入り禁止勧告が出ているヤツですね」
「それで、だ。犯人の目星がついて、後は退治するのみとなった」
「はぁ」
なぜ僕にその話を……とここまで聞いて、テティムは背筋が寒くなった。
「その、魔獣の種類は」
「節足動物系の魔獣なんだが、それがかなりすばしこいヤツでな……お前さんの眼の力を借りたいんだ。遠くから魔導砲を使うから、さほど危険はない。それに、だ。あの、‘サーザイル’の力も借りる」
「え、あの、結界力が特級といわれる……」
節足動物……百足とか蜘蛛とかだろうか。そして、サーザイルというのは、特急どころか組合一の結界構成力と呼ばれる狩人。人格者としても有名で、彼が参加するパーティーは死亡率が必ずゼロと言われている。
「いいか、これはバカでかい仕事だ。名を売るチャンスにもなる」
畳み掛けるように、ジョシュアは言う。
「……本当なんですが、サーザイルさんが来るの」
「もちろんだ」
にこやかに頷かれ、テティムは迷う。
目の前の男は信用できないが、彼が来るというなら危険は無いのかも知れない。トップレベルの結界というのも見てみたいし、それに……。
(どうせ戻っても、研究室でこき使われるだけ……それなら、いっそこの話に乗ってみるのも手かもしれない)
「わかりました。……できる範囲で協力します」
「おぅ、そうか!いや、お前みたいなのは本当に貴重なんだ。力を貸してくれてありがたい!」
話は終わり、とばかりに、お互い手つかずだった料理を食べ始める。……褒められて、悪い気はしない。
テティムは疲れていた。ゆえに、その噂は聞いていても、目の前の男がどれほど厄介か、という部分を深く考えるまでには、頭がまわらなかった。まともな冒険者ならほぼすべて彼との関わりを避けてまわる事実にも。




