認識のズレ
遠くからでは黒い砂嵐のような群れがやがて引き、そこから無事にフリッカの仲間は這い出してきた。
「おーい、こっちこっち!」
もはや息のない牛をオーバーキルとばかりに殴りつけていたフリッカが、大きく手を振る。
「今日も迷宮ー明日もめいきゅー。俺たちゃ明日をも知れぬいのっちー」
よくわからない歌が次第に近づいてくる。男二人が戻るのを待つ間、フリッカは手際よく角を落とし、皮を剥いでいく。
「どうして殴るのかって?そりゃ血を内側に出すためさー。肉質も柔らかくなるし」
訊いてもいない質問に答えつつ、惜しげもなく革袋の中の水で手を洗いパッパと払ってから、フリッカは魔獣避けの香を焚いた。
「せっかくだから、持っていったらどうだ。角と魔石はやれないが……肉はいいぞー」
「おにく!もらっていいのかにゃ!」
「もちろん。置いといても腐るだけだし」
フリッカが小袋から種を取り出し、牛の肉塊に乗せると、それはあっというまに発芽して網目状に全体を覆っていく。
しかし途中で成長はゆるやかになり、完全に止まったかと思えば、みるみるうちに茶色に萎れ、枯れてしまった。
「よし、血抜き完了っと」
「……それ、アイテムなのか?」
「あー、第3のな。食肉花の下位から取れる種だ。あると便利だぞ。‘繁’で根の膨らんだ樹を見つけたら、注意深く探ってみるといい」
「‘ローグ’?」
「……おまえらには早かったかな」
頭を掻きつつ、ほい、と肉を手渡され、いそいそとミーシャはそれを仕舞い込む。
「俺たちゃ不滅が合言葉~、いつか解かん迷宮の謎!」
「う……グーシュ少し黙れ……」
機嫌よく歌うモヒカンに対し、長髪細身の男がげっそりと首を振った。
「……あれだけの量の魔物相手に、無傷はすごいな」
ルークが感心すると、
「おうよ!もっと褒めてくれてもいいぞー」
「蜂受けで、このままいけば、百年後ぐらいにはスターになれそうだな」
「ははは、この腕を見よ!すぐさま人気殺到間違いなし!」
ギャギャギャッと、穴空き打撲武器に弦を張ったような代物をかき鳴らす。
「フリッカ、どうする?第1は夜が危ないと通達があっただろ?」
「ん、ああ、例のアレか。どうするかな~」
うーん、と腕組みをして考えかけ、
「あ、おまえらはもう戻った方がいいぞ。じきに日が暮れる。ついでに、こいつを組合に頼む。いい小遣い稼ぎになるぞ」
ぽいっと琥珀色の塊を投げてよこした。
「さっきの食肉花の寄生樹の樹液だよ。よしノクター、第2に行くぞ!久しぶりにめいっぱい泳ぎたくなってきた!」
「自由かよ……おいグーシュ、第2だとよ」
「おお、いいぜぇ、盛り上がってきたぁああ!!
「置いてくぞてめえ」
ノクタ―が背負っていた細めの板を下ろし、何事か唱えると、板に複雑な文様が描かれ、倍の長さに伸びて浮かび上がる。
「飛行板にゃ?」
「そゆこと。じゃあな、おまえらもがんばれよ!」
それぞれフリッカたち三人が乗っかると、板は高く上がり、そのままうっすらと橙色の空へ滑り出した。
「っておい、やべえ!」
「急ぐのにゃ!」
夕暮れ時、沈む太陽と戦いながら、息も絶え絶えに二人が走る。
なんとか門へ辿りついた頃には、夕陽の最後の一欠が消える直前だった。今日もぎりぎりだな、とぼやきながら二人で組合へ向かうのもまた、いつもどおりの光景だった。
その夜、組合では持ち込まれた品を厳重に箱に入れ、呪文で封をしながら、青年が嘆いていた。
「どうしたロッタルク。何かヤバい品でも持ち込まれたか?」
「ああ、マルクスさん。この受付に第3の持ち込みがありまして……あれほど通達しているのに」
「まあまあ。機能は停止してるんだろ?」
「それが、何ともいえなくて。採れたての樹液で、しかも丁寧に毛長牛の内臓が中に入ってます」
「慣れた奴の仕業だな、ありがてえ」
「……いえね、ここまでやるんだったら、自分で向こうに届けてくれって話ですよ」
嬉しそうな事務局長とは裏腹に、苦い顔をするロッタルク。
「ま、迷宮に長く潜ってるとどこかしら常識が抜けてくるもんだ。こればっかりはな」
そう言いながら箱を袋に詰め、マルクスは担ぎ上げる。
「届けたら直帰するから、よろしく頼む」
「……‘ディーパ’の下っ端がどうのこうのって噂あるんで、お気をつけて」
「前フリっぽいのやめい。奴らそこまで馬鹿じゃないぞ」
ひらひらと手を振って、マルクスが出ていった。
「あ、ごめんなさい!私も、今日はちょっと……田舎から知り合いがくるって!早上がりしますね」
「あっ、ああ、わかりました……」
メルリルが他の面々に対しても、すまなそうに手を合わせる。
メルリルが農業地帯出身、という話は一切聞いたことはないが……田舎?いったい何処の?
しかし事務局長のいない今、それをツッコめるものはその場に残っていなかった。




