それはたぶんフラグ
ご無沙汰しております。
鬼族に集まる人だかり(主に女子)の姿に、ルークはふっ、とアンニュイな笑みを浮かべた。
「俺はまた一つ賢くなったぜ……」
「またアホなことを……あれ、そういえば、ブルーノは?」
「ああ、なんか知り合いを見つけたとかで、去った」
「そうなのかにゃ」
……治りきっていない腕で馬鹿力のルークと長く打ち合うのが辛くなっただけなのだが、うといルークはそれに気づかない。
「糞が、調子に乗りやがって!」
「潰すぞ、この早×が」
不穏な雰囲気が一部で漂い出す中、今度は扉の方で、わっと歓声が沸いた。
「ティナちゃんが来たぞ!!」
「待ってましたー!!」
ふわ、と薄紅のショールを手に、ミルクを入れた紅茶色のふわりとした髪を二つ結びにした踊り子風衣装の少女がやってきて、まわりに手を振った。
「みんな楽しんでるかなー!!争いはここではご法度!もし破ったらこのティナちゃんがお仕置きしちゃうぞー!!」
トントン、と軽く弾むようなステップと台詞に、またわっ、と会場が沸く。
「オレ、ティナちゃんにならお仕置きされてもいい!!」
「うーん、嬉しいけど、みんな仲良くね!」
苦笑して、タン、と床を蹴り、ショールをまるで体の一部のように操りながら、ティナは踊る。
ほどよく大きめの形のいい胸と、引き締まったお腹。手首や足に小さな宝石をつけた銀輪が填まり、ゆったりと、時にはっとするほどキレのいい動きに合わせて揺れる。
「おおお……すごいな!!」
他に混じり、割れんばかりに拍手し手を振るルークに、ミーシャはそろそろ時間が、と考える。
「確かに動きはすごいけど、のんびり見ている場合でもないにゃ」
「なんだよミーシャ、嫉妬か?」
視線がちらっと胸元へいったのをミーシャは見逃さず、
「……ん~と、どういうつもりで聞いてるか知らないけど、とりあえずはったおすにゃ」
「」
言葉どおりその腕がうなり、ルークの視界は暗転した。
夜。最近よく通うようになった酒場で、しこたま酒を飲み、ルークは見事にできあがっていた。
「あ~、世の中は不公平だ……ああくそ、滅びろ別世界の住人め……」
「まーたその話かにゃ」
小魚の山盛りフリッタをつまむミーシャ。ルークはその前の皿に積まれた、軟骨までバリバリと食べられた鳥もも肉をどんよりと見やり、
「あああ、誰かもっとこう華奢な……こう、一緒にいるといやされる……こんなのじゃなく」
「うるさいにゃ」
「いや!この際ぜいたくは言わねえ!男でも女でもいい!迷宮に詳しくて、優しくて、一緒にいると和んで、俺を頼りにしてるぜって眼差しで見上げてくるような奴なら!」
「いたら奇跡にゃ」
ミーシャの冷静なる突っ込みにも答えず、ゴッ、とルークは突っ伏した。
そのまま身動きしないので、つつけば、やがてズゴゴゴ、と唸るようないびきが聞こえてくる。
「うーんと……」
まわりにはすでに他の客の姿はなく。このまま支払い任せて置き去りにするか、外へ放り出すか。
どちらも魅力的だと、ミーシャが思案していると、しばらくして見かねたのか酒場の店主が、
「嬢ちゃん、大丈夫か?なんなら水桶用意するが」
「いや、それには及ばないにゃ」
嬢ちゃん、とレディ扱いされたことに気をよくして、非人道(猫道?)的行いはやめることにしたミーシャは、お金をテーブルに置くと、ガッ、とルークの腕を掴み、
「また来るにゃ」
「お、おう気をつけてな」
半ばガツンガツンとルークの頭がぶつかるのも構わず、半ば引きずりながら店を出、途中面倒くさくなってその辺に転がっていた荷車に乗せ、そのまま宿へと運んでいった。
翌日。ルークが首をひねりながら、
「おっかしいなぁ……なんか俺、臭くないか?」
「昨日酔っぱらって馬の糞でも踏んだんじゃないかにゃ」
……運んだ荷車が、飼い葉や馬の落としものを運ぶ車だったとはおくびにも出さず、ミーシャがクールに言う。
「水でも浴びてくるか…………」
どうやら、あれだけあちこちぶつかっていたのは平気らしい。
外で桶の水を浴びてもまだ眠そうなルークと連れ立って、何か割りのいい依頼でもないかと、組合に向かうことにした。
少し前に武器や装備を新調したばかりなのでできるだけ稼いでおきたい、というわけである。
「なんだとてめぇどういうことだ!!」
入り口の扉をくぐった途端、野太い怒鳴り声が聞こえた。見れば、受付カウンターに座る青年の胸ぐらを屈強な冒険者の男が掴み、持ち上げている。
「ですから、通達ですよ通達!上から、危険なので、夜間に輝にいくのをしばらくは控えるようにとの……」
「ふっざけんな!俺が受けたのは妖精の羽を持って来いってぇ依頼なんだよ。わかるか?妖精は夜にしか光らないんだよッ」
再び揺さぶられる前にと、淡い金髪だがどことなく地味な風貌の青年は、その細腕からは意外なほどの力で掴んでいる腕を引きはがし、
「あのね、もう少し落ち着いて、ちゃんと聞いてくださいよ。夜間にいくのを控えるように、というただの忠告ですよ、忠告。実際にペナルティとかはないんですから!」
「は、なんだそれを早く言えよ、怒鳴り損じゃねえか」
男は拍子抜けしたようにブンブンと腕をまわしながら、受付から離れていく。
「……もっとも、組合からの通達なんて稀だし、よほどの間抜けでない限り無視する奴はいないでしょうよ」
吐き捨てるようにそう青年が低く毒づくのが聞こえた。
「……例の、犠牲者が出てるっていうあれかにゃ」
「そうだろうな。あ~あ、せっかくやる気だったのにお預けかぁ」
がっくりと肩を落としてルーク。
その後ろから、
「あ、いたいた!ミーシャさんにルークさん、ちょっといいですか?」
ポニーテールを揺らしながら、メルリルが駆け寄ってきて、ひそひそと、
「パーティ希望者さんですよっ。話をしたらぜひにと!ハーフだろうとなんだろうと関係ないそうです」
きらりん、と効果音がつきそうな表情で親指を立ててみせる。
「可憐な女性ですよっ。よければお昼すぎに、もう一度こちらに来てくださいねっ」
パッチンとウインクをして去っていく彼女の後ろ姿に、
「うわ、どうする!?可憐な子だってよ!!やったなミーシャ!!」
「あたしに同意求めてどうするにゃ。ふつーに戦力外っぽいとか、他のことも考えて欲しいにゃ」
「何いってんだよ。会ってみないとわからないだろ!?」
浮き浮きと、ルークが言う。あまり気乗りはしなかったものの、その熱意に押される形で、軽食をつまんでからの昼過ぎ。二人は再び組合受付を訪れた。
「あ、待ってましたよぅ!こっちこっち!」
組合に隣接するバーの方で焦げ茶色のポニテが揺れる。周辺の男たちからは殺気を向けられたが、ルークたちは気にしない体で手を振るメルリルの傍へ寄った。
酒場の奥のテーブルには、今日は仕切りが立てられている。
「やっぱり、人が大勢いてじろじろ見られると緊張しちゃう人もいるんですよね。だから、今日は特別にパーテーションを借りてみましたぁ」
ランチタイムの酒場の奥のパーテーションは、逆に人目を引きつける気もしたが……今のところ他の客はそれぞれに食事やおしゃべりに没頭しているようで、見向きもしないでいる。
隙間からちらりと見えた蜂蜜色の髪の女性は、手を組み、何かを一心に祈っているようだった。……別に、ごちそうが前にあり、これから食事、というわけでもない。
「ちょっと待つにゃ」
ミーシャは足音を立てず近づいて、聞き耳を立ててみた。すると、小さな、小鳥の呟きのような声が聞こえ、
「………だいじょうぶ。わたしは、ぜったいだいじょうぶ。こんどこそぜったいだいじょうぶ……ぜったいだいじょうぶ」
彼女は、一心にずっと呟き続けていた。
こっそり近づいて一緒に耳をすませていたルークも、さすがにげんなりとメルリルに、物申したげな視線を向けた。




